第17話 プロ冒険者としての仕事


 これから農業用水路に沿って山に登る、と思いきや。


 赤井さんはピックアップトラックに戻り「えいやっ」と大型のドローンを引き出してセッティングを始めた。


 さっき撮影で横から映していたものよりもずっと大きく回転翼も大きい。


「これって、救助のときに僕達をみつけたドローンですか?」


「そうよ。最大離陸重量20㎏以上、8枚翼のマルチコプター。山間部の作業者や救助隊の業務用ね。大抵の機材は運べるし便利なの」


「プロ用ですか…」


 なるほど、里山で遭難した高校生を見つけて無線機を運ぶぐらい朝飯前なわけだ。


「さっきの撮影用に使ったのは…」


「あれはまあ、主に撮影専用ね。小物を運ぶぐらいはできるけど、基本は撮影機材って位置づけ。カメラマンを雇うよりドローンに撮影ソフトを積む方が融通が利いて安いの」


「ははあ…」


 僕は冒険者というと、己の身一つと最低限の装備、例えば散弾銃や大型ナイフ一つで山に分け入って依頼を果たす、ようなイメージを抱いていたのだけれど、どうもオールドファッションなアクション映画の見過ぎだったらしい。


 実際に見る高レベル冒険者は、高度機材を用途に応じて使いこなす特殊部隊かエリート警察っぽさが強い。鋼殻機動隊とかに出てきそう。

 ひょっとすると赤井さんのような人達が20年ぐらいすると実際にアニメやコミックのようなサイボーグ軍人になるのかもしれない。


「よし!点検終了!少し離れて。飛ばすわよ!」


 今日は僕達にも画面が見えるように大型のスクロール―――紙のように薄い有機ELとバッテリーを組み合わせた巻物型の情報端末―――を持ってきてくれたので、アンテナも僕もドローンカメラが映す空からの光景を見ることができた。


「すごいわね…あれ?ひょっとして今日の依頼の用水路確認って、ドローン飛ばしたら終わりじゃない?」


 たしかに、そうだ。

 アンテナの指摘は正しい。


 ドローンに映る光景は精細でよく現地の状況が理解できるので、実際に飛行する必要はない。

 用水路に沿って5分も飛ばせば終わってしまうだろう。


「そうね。ただ今回の依頼はそこがスタートだから」


「スタート?」


 アンテナは不思議そうに小首をかしげた。


 ★ ★ ★ ★ ★


 整備された山を登るのって、こんなに楽なんだ。


 というのが、先日の登山と比較し僕が抱いた感想だった。


 農業用水路は、山上の水源からコンクリートの水路を通って田圃に流れ込んでくる。

 そのために水路を整備するために人が通った獣道が水路に沿って存在するため、前回の山登りのように道なき道を切り払いながら進む必要はない。

 基本は水路に沿って歩けば良いために迷う心配はなく、また斜度も水が流れるよる緩やかに計算されているため、無茶な勾配はない。


 おまけに赤井さんが先導して邪魔な枝や藪は大型のナイフでざざっと刈りはらってくれる。

 僕達は制服に運動靴の軽装だったけれど、ほんとうにただ歩いているだけだった。


「あと10分で現地到着ね!」


 頼りになる大人が的確な指示と情報を与えてくれる有難みを感じる。


「…僕達、こないだは無謀だったね」


「…そうね」


 一流冒険者の仕事の仕方と比較すると、僕達の行為はあまりに無謀だった。

 準備が足りず、機材が足りず、経験が足りず、思慮が足りなかった。

 あれで遭難しなかったのは、本当に運が良かったのだ。


「あのドローン欲しいね」


「たぶんすごく高いんじゃないかな…」


 僕達は青い空の一点に留まっている小さな影を見上げて羨んだ。


 ★ ★ ★ ★ ★


 僕とアンテナは用水路が詰まった場所でスコップを持ち、じっと作戦を考えていた。


「おおう、水路が落ち葉と枝で完全に詰まってしまっているな。これは深刻なトラブルだ。そうだろう?」


「どうすべきかしら?このままじゃ水が届かないで田圃が枯れてしまうわ」


「そうだね。日本の農家の危機を救えのは僕達冒険者なんだ。立派にやり遂げてヒーローになろう」


「そうね。私たちは冒険者だものね。それにヒーローじゃなくて、ヒロインもいるわよ」


「「ようし、やろう!レッツロール!」」


 僕とアンテナはハイタッチをしようとしてタイミングが合わず、両手は空しくすれ違った。


「ちょっとー!2人とも表情硬いわよー!もっと自然に笑ってー!」


 たまらず、赤井さんから演技指導にNGが入った。


 ★ ★ ★ ★ ★


「いやいや、無理ですって。あれは無理!」


「そうですよ、ちょっと無理があります!」


「どこが無理なの?脚本通りにやってくれないと」


 赤井さんの指導に、僕とアンテナは反論する。


「あんな喋り方する日本の高校生なんていませんよ!ヒーローになろうとか、レッツロールとか!ハリウッド映画とアメコミの読み過ぎです!」


「そうです!やらせです!日本の女子高生は男子とハイタッチとかしません!」


 しかし赤井さんは僕達の指摘にも譲らない。

 何といっても依頼の発注者、つまりはクライアントなのだ。


「いいのよ、それもわかりやすくする演出のうち。視聴者はアメリカ人なんだから、ものすごく理解しやすい台詞まわしじゃないと理解されないし視聴回数も取れないの。それぐらいで恥ずかしがってたら冒険者になれないわよ?」


 そう。赤井さんには見抜かれている。

 僕達は単に思春期特有の過剰な自意識のせいで恥ずかしがっているのだ。

 仕事なのだから、それぐらい目をつぶってやり遂げないといけない。


 僕は両手で頬をばちばち叩くと、観念して意識を切り替えた。


「…アンテナ、頑張ろう」


「…そうね。冒険者の依頼だものね」


 アンテナの頬も赤い。



 結局、用水路整備作業は15分で終わったにもかかわらず、撮影は5回のリテイクを出して1時間以上もかかったのだった。

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