第16話 高レベル冒険者の依頼
数日後、僕はアンテナと一緒に夏の日差しを避けて無人コンビニで涼みつつ赤井さんの到着を待っていた。
「あーあー。どうしてこの街にはスターボックスもタルーズもエクセンシオールもないのかしらー!」
「そりゃあ、人がいないからね。お洒落コーヒー店ができても1月で潰れる」
この田舎では都会のようにプレミアムコーヒーのカフェで待ち合わせ、などと洒落たことは物理的に不可能なんである。
今、僕達がしているようにせいぜい、イートインコーナーで飲むコーヒーを洒落たブランドのコーヒーにする(30円高い)ぐらいが背伸びしたお洒落なのである。それだって、冒険者活動をする前の経済状態であれば不可能な贅沢だ。
「あー!東京でスターボックス飲みたーい!」
不意に大声で叫んだアンテナが、スターボックスコーヒードリンクをずずっと行儀悪くストローで飲み干した。
「大宮まで出れば、お店で飲めるよ」
東京ほどではないけれど、大宮駅前は十分に栄えているし、スターボックスもタルーズもエクセンシオールもある。
「スイデンはわかってないわね!東京と大宮じゃ味が違うのよ!」
「チェーン店だし、そんなことはないと思うけど…」
アンテナのキッとした視線で僕の反論は自然と声が小さくなった。
気分の問題を論理で説得するのは無益だし、アンテナが納得したからといって、この街の住所が千代田区になるわけじゃない。
僕は会話を諦めて視線をガラス窓の方に向けると、ちょうど駐車場に大型のピックアップが入ってくるところだった。
こんな田舎へアメリカ車に乗ってくる知り合いは1人しかない。
★ ★ ★ ★ ★
赤井さんが店内に入ってきたので、僕とアンテナは立ち上がって挨拶をした。
今日の赤井さんは迷彩柄のカーゴパンツにブーツ、それと白いTシャツで見た目でわかる冒険者装備はつけてない。
せいぜい情報端末の太いバンドを左腕にしているぐらいだ。
頭にはキャップを被り大き目のサングラス。豊かな金髪は後ろでまとめている。
オフの軍人さんと言っても通じそうなスタイルだ。
「「こんにちは!」」
「あら、早いわね。感心感心。それと2人とも制服似合ってるわよ」
「はあ…」
「あの…本当に制服じゃないといけませんか?」
今回のお手伝いの条件。
それは、僕とアンテナが制服を着てくることだった。
アンテナは女子高生という付加価値があるのかもしれないけれど、僕みたいな男子高校生の制服に何の価値があるのだろうか。
あとは、冒険者と言うフリーランスに従事しているのと、せっかくの夏休みに制服を着ることには何だか抵抗感がある。
「制服だからいいのよ!日本の高校生冒険者を取り上げるなら、一目で高校生と判らないとね!」
そう。
赤井さんのチャンネルコンテンツの一つとして「日本の高校生冒険者に密着取材」すること、が今回の依頼なのだ。
ちゃんと赤井さんから冒険者アプリに依頼が出されていて、僕達も依頼を受注している。
だから、この依頼を達成すると金銭と冒険者ポイントと経験値が入る。
とはいえ、何だか照れくさいことには違いない。
「じゃあ、さっそく今日の依頼者の方に行きましょうか!」
赤井さんの先導で僕達は駐車場へ歩き出した。
★ ★ ★ ★ ★
赤井さんの運転で、さっそく「今日の依頼者」の高橋さん宅へ向かう。
僕達、日本の高校生冒険者が実際に依頼を受けるところを取材するそうだ。
普通はアプリでタップして済むところだけれど、それでは「素材にならない」そうだ。
そりゃそうだ。
赤井さん愛車のピックアップトラックはアメリカ人に人気のSUVで、すごく大きくて車高が高いことが特徴の車だ。
僕がときどき使っているドローンタクシーとは視線の高さが全然違う。
いつもの田舎道が、まるで違う景色に見える。
一方でアンテナは車にはあまり感銘を抱かなかったらしい。
退屈そうに手元のスマホを弄っている。
ロマンのわからないやつだ。
「この車、すごく大きいですね。やっぱりアメリカから運んできたんですか?」
「そう?わたしからすると日本の車が小さくて不安なのよ。後ろに荷台があると便利なのよね。冒険者装備とかドローンとか嵩張るし」
「やっぱり装備の運搬は大変ですか?」
「そうね。わたしは個人でやってるからこの程度で済んでいるけれど、チームでやっているパーティーだと専門の人員を雇ったり、民間の運送会社と提携しているパーティーもあるわね。普段はamozon倉庫に預けておいて、依頼があったら現地まで配送してもらうの」
「…それでちゃんと届くんですか?」
「軍の方でも似たような方式だもの。今や前線で機関銃の弾薬が不足したらamozonミリタリーサービスで注文したら届く時代よ」
民間企業の軍隊の補給を任せてるのか…アメリカ軍が進んでいるのか、それともamozonの存在の大きさに驚けば良いのか。
もし日本の自衛隊が戦争することになったら、amozonで銃やミサイルを注文することになるのか。
日本政府は、ちゃんとプライム会員になっているかな。
予算をケチって戦争中に配送が2日遅れとかにならないといいれど。
冒険者依頼の金額を眺めていると、いかに役所が予算をケチっているかが身に染みて理解できるわけで。
なんとなく僕は、日本政府は決してプライム会員にならないだろう、と思った。
★ ★ ★ ★ ★
埼玉は高橋さんという名字の人が多い。
鈴木、高橋、佐藤、小林あたりの名字はたいてクラスに2人以上いる。
依頼者の高橋さんも、昔からこのあたりで農家をしている方で、今は70歳を超えている一見頑固そうなお爺さんだ。
それでも冒険者アプリを使いこなしているあたり、とても柔軟な人だと思う。
「それで農業用水の出が悪いので上流を見てきて欲しい、ということですね」
「そうそう。たぶんこないだの台風でどっか崩れたと思うんだけどね、ちょっと落ち葉詰まっただけなら掃除してもらって、手に負えない感じなら重機だすんで写真だけ撮ってもらえば」
「わかりました」
「頑張ります!」
僕とアンテナが制服姿で農家のおじいさんから依頼を受ける姿を、赤井さんがカメラで斜め後ろから撮影し、飛行ドローンが横から撮影する。
ものすごく落ち着かない。
「はいもっと笑顔でー!スマイル―!」
「無理を言わないでください。それにどうせ顔は差し替えますよね?」
プライバシーの問題で僕とアンテナの顔は映像ソフトで差し替えることになっている。
一昔前に流行ったディープフェイクとかいう技術の応用だ。
今では少し高級な映像編集ソフトには標準機能として付属している。
「顔は映像処理で他人と差し替えるけれど、表情は元の顔に沿ってモデル出力されるんだから。もっとスマイル―」
笑顔でカメラをずいずいと寄せてくる赤井さんの様子に、僕はうかうかと依頼を受けたことを少しだけ後悔し始めていた…。
★がほしー
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