第15話 救助後の冒険者
長かった一日も夕暮れを迎えようとしている。
ミンミンゼミに代ってヒグラシが鳴くようになり、茜色に染まった空の夕焼けが山肌と僕達を照らしている。
下山があと2時間遅ければ、僕達はあの山肌でクマに怯えながら夜を過ごす羽目になっていたかもしれない。
本当に救助されて運が良かったのだ。
汗と草で汚れ登山用の荷物と疲労で重い脚で歩いて帰宅する元気はなかったので、ドローンタクシーを呼んだ。
ちょっとした出費が出来るようになったのは、冒険者仕事のおかげだ。
この場所は少し街からは離れているけれど、10分もすれば来るだろう。
その間、僕はどうしても心に引っかかっていたことがあったので赤井さんに尋ねてみることにした。
「あの…気になっていたことがあるんで、質問してもいいですか?」
「どうぞ?答えられることなら」
「じゃあ、教えてください。赤井さんは、なぜ僕達をあんなに早く見つけられたんですか?もちろん僕達のスマホのGPS信号追跡はしたんでしょうけど、赤井さんが僕達の依頼に応えるまでの時間が早すぎたと思うんです。いくら高レベル冒険者でも不自然だと思います」
赤井さんは僕の目を真っ直ぐに見返して笑みを浮かべた。
「偶然そこにいた…という可能性は?」
「もしもここが東京都か大都会ならそういう可能性もあるんでしょうけど、この片田舎で偶然居合わせるのは難しいと思います」
僕は自分が物語の主人公でないことをよく知っているし、一介の田舎の高校生でしかない自分に都合の良い偶然が起きるなどとは信じられない。
「なるほど、なかなかの推理ね、スイデンくん」
とだけ僕を誉めて、赤井さんは口を閉じた。
僕も何か具体的な証拠があっての発言ではないので、映画の探偵のようには追及できない。
会話はそこで止まり、不自然な沈黙が落ちた。
「あ、タクシー来たわよ!スイデン、帰ろうよ!」
その気まずい時間を打ち破ったのはアンテナの呼びかけだった。
視線を向けると、街から続く道を黒いドローン車「空車」表示で静かにこちらへ滑るように走ってくるのが見えた。
「…スイデン君、乗らないの?」
「…いえ、帰ります。赤井さんは…まだ、依頼が終わってないんですね?」
「そうよ。ちょっと熊狩りをね」
そう答える赤井さんは疲れ切った僕達とは反対に、これからが本番とばかりに精気を漂わせていた。
僕達の救助ぐらいは、ほんの軽い準備運動に過ぎなかったのだろう。
「すぐに夜になりますよ?夜の狩りは危険ですし、第一違法です」
「あら、よくお勉強してるのね。大丈夫、夜になる前に片が付くわよ。もうドローンでクマを見つけて追跡しているの。赤外線カメラなら体温が高いから見失ったりしないしね。あとは飛行時間が残ってるうちに少し走って追いかけて、ズドンと撃てば終わり。装備もあるしね」
バックパックから取り出した装備で固め始めた赤井さんは、僕達を救助した時とは見た目からして戦闘力が全く違った。
頭部を覆うHUDは僕が使うVRゲーム用と外見似ているけれど、赤外線や光を増幅する軍用のナイトビジョンだろう。
最近のものは情報表示と視界表示を最適に調整して、まるでFPSゲームのような視界を提供する、とネットで読んだことがある。
そして、何よりも「銃」を両手で持っていた。
黒い鉄と磨かれた木で出来た無骨な銃は、赤井さんによく似合っていた。
たぶん散弾銃だったと思うけれど、初めて本物の銃を持つ僕にはよく見分けがつかなかった。
「またね!スイデン君にアンテナさん!」
僕達は、赤井さんが格好よくウインクして敬礼するや身を翻して山の藪の中に駆け込んで行くのを呆然と見守ることしかできなかった。
「…すごい人だったね」
「うん」
あれが高レベル冒険者、か。
僕はこのまま依頼を受け続けて、いつかあんな冒険者になれる日が来るのだろうか。
★ ★ ★ ★ ★
結局、僕達がほとんど遭難したことは家族にも誰にも気がつかれることはなく、僕達は日常の暮らしに戻ることができた。
それと、遭難と救助騒ぎのあった依頼のあとで、僕達は2人とも冒険者レベルが上がった。
依頼達成の経験値が想像よりも多かったからだ。
「困難を突破したことを称えて…ってわけじゃないよね」
「こんなの決まってるでしょ?アプリのおわびポイントよ!通販でもあるでしょ?」
「…そうだね」
わび経験値でレベルアップか。
ますますソシャゲだ。
★ ★ ★ ★ ★
僕達と赤井さんは、ときどきメッセージを送り合う仲になった。
赤井さんがクマを狩った後で「僕達を救助した映像を使わせて欲しい」と依頼があったからだ。
僕もアンテナも顔や声が映るのは困るので躊躇したのだけれど、赤井さんによれば最近の映像処理技術を使えば声と顔を他人に差し替えた上で暗号化することも可能だ、という。アメリカの映像編集ソフトすごい。
「赤井さん、動画のチャンネル持ってたんだね」
「英語圏向けの動画みたいだね。気がつかなかった」
赤井ソニアさんを動画投稿サイトで検索すると、個人のチャンネルがヒットした。
会員数は23万人。かなりの数だ。
サイトに掲載されている赤井さんの経歴委が凄い。
父はアメリカ人。母は日本人。アメリカ育ち、高卒では有名なサッカー選手。奨学金で大学進学するものの怪我で競技引退。大学を中退して軍人の道へ。陸軍に入り兵站部門に従事。外骨格専門家。除隊して冒険者になる。現在は日本在住。
なんかもう、お腹いっぱいな感じだ。
「あの人、有名冒険者だったんだね」
「あの高レベルだものね、そりゃそうか」
アップされている動画の内容は、よくあると言えばよくある冒険者の活動報告的な内容が中心で特徴は薄い。
ただ、赤井さんの場合は容姿と経歴と語学力を生かして、日本の冒険者事情や文化を英語圏に紹介する内容が多いみたいだ。
冒険者の中でも海外事情紹介系の動画投稿者、ということだろうか。
競争者の少ないうまい立ち位置だ。
わりと高い頻度で投稿されている動画の中から、目当ての動画をタップする。
「ああ、あった。これこれ」
僕とアンテナが探していたのは、まさに僕達が映っている回。
まあ映像処理をした後のものだから正確には本当の僕達の声も姿も映っていないのだけど。
動画は、赤井さんの気合を込めた宣言から始まった。
「それでは人名救助スピードラン、行きまーす!(字幕)」
「っと、これくらいの斜面、NINJAなら余裕余裕!(字幕)」
「ロッキー山脈からすれば裏庭みたいなものよ!(字幕)」
「少年達、待っててね!ヒーローが今すぐつくわよ(字幕)」
どうやって撮影したのか―― たぶんドローンからの映像だろう―― 見下ろしの映像と主観カメラを上手く切り替えてスピード感を演出しつつ、軽快で燃える音楽のBGMと画面に表示されるタイマーが否応なく視聴者を盛り上げる。
彼女は映像の中で軽やかに走って、走って、走り続けて。
やがて。
「ゴール!はい!記録はジャスト34分28秒!なかなかじゃない?」
彼女は現地の要救助駆け出し冒険者2人(僕達のことだ)へたどり着き、動画には彼女を称える賞賛のコメントが溢れた。
「…ちょっと感動して損したね」
「うん」
実際にあったことなのだけど、裏側を見てしまうと少し感動が薄れた。
それにしても、冒険者は大変だ。
強く、スキルがあり、コネがある。
だけでは十分に稼げない。
容姿、演出、プロモーション、マーケティングが必要なのだ。
現代冒険者として稼ぐ道は、なかなかに多様で険しいらしい。
そんな僕達に赤井さんから新たなコンタクトがあった。
自分の仕事を手伝わないか、というのだ。
「ぜひ!」
ぼくはノータイムで返事をした。
★がほしー
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