第14話 冒険者救助の費用は
「一応、法律で説明の義務があるから内訳を説明するわね。内訳は冒険者アプリに規定されたオプション及び冒険者組合に定められた報酬基準に基づいて算出されています。もしも救助費用の内訳に疑問や反対があれば弁護士に依頼したり訴訟することも可能です」
「弁護士!」
「訴訟!?」
赤井さんの最初の説明に、僕とアンテナはひっくり返りそうになった。
「弁護士」とか「訴訟」なんて単語は、法廷ものドラマでしか聞いたことがない。
本当に今日は画面の向こうの言葉が現実に押し寄せてくる日だ。
「そうね。まあアメリカでは訴訟は普通のことだから」
「訴訟が普通のこと…」
どうしても感覚が追い付かない。
さすがアメリカ。
それと、もう一つ聞き逃せない単語があった。
「冒険者組合?現実に存在するんですか?」
なんだそのファンタジーな組織名は。
冒険者組合とはひょっとすると、あの「冒険者ギルド」というやつだろうか。
酒場にあって初心者を歓迎したりもめ事があったらギルド長が出てきたりする、あの冒険者ギルド!
赤井さんの答えは、僕の期待に反してとても普通だった。
「アメリカにはあるわよ。組合がないと報酬がダンピング合戦、つまり値引き低価格競争になるじゃない」
「ああ、なるほど」
今は亡き出前配送のアプリも初期は賃金優遇しておいて、十分に市場シェアを取るとサービスは値上げ、配達者の報酬は値下げとえげつないことしてたものな…。冒険者アプリでも同じことが起きないよう、アメリカの冒険者たちは自衛のために組合を作った、ということらしい。
合理的だけど、ちょっと夢見ていた組織とは違った。
「じゃあ盗賊ギルドとかあったりは…」
「ないわよ。そんな組織があったらFBIが黙ってないわ」
ですよね。とはいえ、もしも盗賊ギルドが存在したら取り締まるのはFBIなのか。格好いい。
「…じゃあ僕達も組合員なんですか?」
何となく僕の「組合」のイメージは、ときどき大通りや公園でプラカード持って政権を打倒するとか憲法を守れとか主張している政治色の強い人達、で固定されている。貴重な休日に、変な政治活動に参加させられるのは嫌だな。
「ちょっと日本法人の入会規定を詳細に見てみないとわからないけれど、たぶん違うんじゃないかしら。私も詳しいわけじゃないから正確なことは言えないけれど労働法は国ごとに違うから」
「労働法!聞いたことある!」
アンテナがあまり賢くない発言をしたけれど、僕は彼女を笑えなかった。
僕も同じように「たしか社会科か歴史の産業革命のあたりで習ったかな」と思い出しているところだったからだ。
そうか。冒険者活動は労働か。だから労働法なのか。
「そんな法律が自分に関係してくるんだ…」
小賢しく世の中の仕組みがわかったつもりでいた僕は、ハッキリ言って自分達の無知さ加減に呆然としていた。
実際に体を動かして冒険者をやってみたら、世間は知らないことばかりだ。
世の中の大人たちは、こんなに色んなことを勉強して仕事をしてるんだろうか。
「まだ高校生なんだから知らなくて当り前よ。これから勉強すればいいのよ」
「…はい」
赤井さんは慰めてくれたけれど、それも悔しい。
僕は、大人じゃない、とより強く思い知らされただけだった。
★ ★ ★ ★ ★
僕達が落ちついたところで、赤井さんは中断した説明を再開した。
「それで救助費用のことだけど、結論から言うとそこまで高額にはならないと思います。冒険者アプリの方でも補助がありますし、今回の依頼はいろいろと先方の過失もありそうだから」
「過失?」
「その点は後で説明します。では内訳からね。まず、アメリカ冒険者組合の規定で20レベル以上の高レベル冒険者はレベルに応じた最低時給が定められています。なのでこの金額を下げることはできません。具体的にはレベル×10ドルになります。これは本当の最低金額です。通常は技能手当や危険手当がつきますから、もっと高額になります。今回は3時間の活動ですから27レベルをかけて810ドルね。本当に短時間で救助出来て良かったわ。これで総額が2週間とか長引いたら凄い金額になっていたもの。ヘリを飛ばしたりしたら破産しちゃうところだったわね」
「そ…そうですね…」
「ハハハ…」
僕とアンテナは金額を想像して乾いた笑い浮かべざるを得なかった。
そうなったら親に怒られる程度じゃ済まなかったな…。
今後は山では遭難しないようにしよう…。
「それと機材使用の費用もかかりました。具体的にはドローン使用料5万円。無線機の使用料1万円」
どちらも今回の救助の肝となった機材なわけで、僕達は肯くしかなかった。
レンタル費用の相場とみても、危険地帯で使用する前提のプロ用機材なわけで、そのぐらいの値段な気がする。
「また救助が要請からごく短時間で達成できたことによるプレミアムが、今回は40%つきます。冒険者アプリの救助は時間との勝負なので短時間で救助するとボーナスがつく契約になっているの。まあ、これは冒険者アプリの方への請求であって被救助者には請求されません」
「…助かります」
話をメモしつつ、手元の電卓アプリで軽く請求費用の計算をしてみる。
ここまでの金額を足すと、810ドル+5万円+1万円か…。
ちょっと高いけど、僕とアンテナで夏休み残りの冒険者活動を頑張れば払えない金額じゃない。
「さらに」
「さらに?」
まだあるのか…いや、そうだな。
命が助かったんだから安いもんだ。冬休みもバイトすれば済むことだ。
ぐっと顔を上げた僕に、悪戯っぽく赤井さんは告げた。
「低レベル冒険者救助割引きで、10レベルに達しない冒険者は10レベルから現在のレベルを引いた数を10倍したパーセントの割引きを受けることができます!つまり、5レベルのアンテナさんは50%、3レベルのスイデンくんは70%のディスカウントです!」
「「えっ」」
そんな仕組みがあるのか。
なんかソシャゲのキャンペーンみたいな仕組みだ。
いや、実際同じ理由なのかもしれない。
初心者優遇で顧客を増やして継続率を高めるための施策なのだろう。
この割り切った仕組み、実にアメリカだ。
ここで赤井さんは少し厳しい表情と口調になった。
「あとは…さっきの先方の過失のことだけれど、あなた達のような未成年の駆け出し冒険者に危険がともなう依頼発注をしたのは明らかに冒険者アプリ日本法人の審査ミスです。今回の罠の調査依頼を出した依頼者をわたしの方でも調べてみたのだけれど、この依頼者は以前にも2回、同じように依頼内容と異なるリスクの依頼を出して冒険者の方で依頼を途中破棄しているのよね。今回の依頼を受ける、と決めたのはどちら?」
「あの…わたしです…」
アンテナがおずおずと手を上げた。
「いい?冒険者アプリの依頼、特に日本の依頼はまだまだ事例が蓄積されていないからAIの判断も十分に信用できるとは言えないの。今後の依頼を受けるときは、最低限、依頼者の過去の依頼履歴をチェックしないとダメよ。本当に危険な目に遭うことだってあるんだから」
「はい…」
「なので、先方の過失割合を主張して割り引けると思います。ちょっと冒険者アプリ本社と交渉してみるから待ってね」
「交渉?そんなことできるんですか?」
「本社にはそういう人員がいるから大丈夫よ。冒険者アプリだって日本でのプロモーション活動に影響するようなスキャンダルは避けたいはずでしょ?」
赤井さんは悪戯っぽく笑うと、本当にその場で本社に電話を始めた。
当たり前だけど、ぜんぶ英語だ。
「…すごいね…」
「うん…」
僕とアンテナは圧倒されるばかりだった。
赤井さんの英語は物凄く流ちょうなアメリカ英語で、英語の成績がちょっといいぐらいの僕にはほとんど聞き取れなかったのだけれど、何度も「No!」と強く主張したり、軍人っぽくFワード連呼で罵って交渉してくれて、最終的にはすごく良い笑顔で電話を切った。
「…どうなりました?」
「相手方の過失も認めて、救助費用の負担分を1;9でいいところまで負けさせたわ。本当は全額払わせたかったんだけど、こっちにも依頼を受けたこと自体の過失はあるから、そこが限界ね。裁判をしたら全額払わせられるかもしれないけど。どうする?」
僕とアンテナは慌てて首をぶるぶると左右に振って否定した。
この上、裁判なんてとんでもない!
「すると…最終的には総計1万5千円を2人で割って、アンテナさんは7500円の5割引きと、スイデンくんは7割引きね。5000円と3750円。冒険者ポイントで払うのも大丈夫よ」
「それだけ…でいいんですか?」
救助の費用としては安すぎないだろうか。
「わたしには冒険者アプリから割り引かれる前の報酬とボーナスが入るもの。気にしなくていいわよ」
赤井さんは実にアメリカ人っぽい仕草で、軽くウインクしてみせた。
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