第13話 冒険者の装備とパワードスーツ

 僕とアンテナは赤井さんに下山ルートを先導されながら、いろいろと話をした。


 たぶん、赤井さんからすると僕達の精神的ケアや遭難要因の調査なんかも兼ねてのことだったのかもしれない。

 だけどその時の僕達はそんな彼女の意図には気づかずに、ただただ赤井さんという高レベル冒険者の存在に圧倒されて、好奇心のままに質問を重ねた。


 なかでも、最初に話題になったのは彼女の相棒である、黒い外骨格のことだ。


 強化外骨格。パワードアシストスーツ。動力骨格。


 今では軍から民間まで広く使われている「それ」には性能も呼び名も様々なバリエーションが存在している。


 多くの外骨格で共通することは背中と腰での重さを地面に伝えることで人体が背負う荷物の負荷を軽減させる構造になっていることであり、動力式のものはさらに体や荷物を持ち上げる際に筋肉の動きをセンサーでトレースして動きをサポートする機能がある。


 まあ、このぐらいは僕のような一般人でも知っていることだ。


「軍用…ですか」


「外骨格を見るのは初めて?」


「いえ、農場の手伝いで装着したことはあります。その…民生品で安物ですけど」


 実は、僕もドローン農場のアルバイトで農作物の積み込み補助をしたときには外骨格を装着したことがある。

 動きが制限されるけれど重いキャベツ入りの箱を軽く持ち上げられた際には、自分が力持ちになった気がして興奮した覚えがある。

 最も、果てしなく続く単調作業のせいで、その興奮は30分も続かなかったけれど。


 高レベル冒険者の赤井さんが装備しているのは、本人の言を信じるなら軍用のものだろう。

 どうやって日本に持ち込んだかは知らないけれど。


「あら、スイデンくんは高級品の見分けがつくの?」


「だって…自転車と同じですから」


 赤井さんは僕の答えに少しだけ笑ってくれた。


 そりゃあ、農場で僕が使ったことのある外骨格と赤井さんが身に着けているものは何もかも違うもの。


 まず、フレームが細い。遠目からでは気がつかなかったぐらいだ。

 これはフレーム素材に炭素繊維なんかの高級品を使用していることを示している。

 自転車といっしょだよね。細くて軽くて強いフレームは高いんだ。


 次に関節部のモーターが大きい。いかにもパワーがありそうだ。

 僕が使ったことのある農場の外骨格では走ることができないよう制限されていたから、それとはソフトウェアも違うんだろう。


 バッテリーも小さくて軽そうだ。バッテリーもフレームと同じで素材がものを言う世界だ。

 小さくて軽くて性能が良いものは高い。

 それに加えて発電用のガソリンエンジンも積んでいるみたいだ。

 ハイブリッドの車と同じ理屈だと思う。


「頭の後ろでエンジンがブンブン回ってるのはわたしも気に入らないのよ。けど便利なのよね。都市圏で冒険者活動する分にはガソリンならどこでも手に入るし。これがあると野外での活動時間が3倍に伸びるの」


「すごいですね」


 これが赤井さんが一直線に僕達のいる場所へ山裾から一直線に登ってこれた秘密だ。

 エンジンで充電しながら外骨格のモーターアシストをフルパワーにして、持ち前の持久力と運動神経でバランスをとりながら、無理やり山道を登ってきたわけだ。


「あとはドローンのアシストもあるわね。ドローンで撮影しながらルート作成もしたの。登山家向けの登頂ルート作成に使われてるアプリでね、地形図をざっと写真撮影すると、条件つきで登山家向けのルートを割り出してくれるの。今ではウルトラマラソンなんかのコース作成にも使われてるわね。今降りているルートを作成するにも使ってるのよ」


 そのルート作成アプリがあれば、僕達もこんな危ない目には合わなかったのかも。

 でもドローン撮影と組み合わせないとルート作成できないのか…ちょっと高校生の懐具合では手が出る感じがしない。


 情報端末。外骨格。ドローン。アプリ。

 登山のために一生懸命に装具を揃えたつもりだったけれど、高レベル冒険者と僕達では装備も情報も違い過ぎる。

 ファンタジー世界のラノベでモブキャラが主人公達を見るときも同じような気持ちを抱いたのだろうか。

 仕方ないことだけど、どこの世界でも頂点はあまりに遠い。


 僕が少し哀しくて下を向いた隙を狙って、わかりやすく憧れの目をたたえたアンテナが赤井さんに話しかけていた。


「ところで、ウルトラマラソンって何ですか?」


「ううんと、エクストリームスポーツの一種で何百キロも道なき道を地図だけを頼りにチェックポイントを目指して走る過酷なレースよ。アルプス山脈を200㎞以上も縦走したり、アマゾンのジャングルを横断したり」


「…過酷すぎませんか?」


「そうね。少し前に中国で行われた大会では十人以上の犠牲者が出たこともあったわね」


「レースで人が死ぬなんて…」


「人間はそのくらい無謀な冒険に挑まずにはいられないってことよ。わたし達冒険者も、世間から見たら似たようなものよ」


 僕とアンテナは顔を見合わせて口をつぐんだ。

 田舎で冒険者なんてやっていると感謝もされたけれど、同じくらい批判的な視線は何度も感じた。

 夏休みのアルバイト感覚で活動しているから見逃されている風もあるけれど、専業冒険者として生きていこうとすると世間の目の厳しさは比較にならなものがあるのだろう。


 きっと、こんなにも颯爽として主人公みたいで格好いい赤井ソニアさんにも。


 ★ ★ ★ ★ ★


 下山ルートは少し険しかったけれど、2時間もしないで麓の国道につくことができた。

 ここからであればドローンタクシーを捕まえられれば15分もしないうちに帰宅できるし、べつに歩いても帰れる距離だ。


 幸いなことに、まだ日は沈んでいない。

 一時は山で夜明かしを覚悟していたことからすると、嘘みたいな時間だ。


 それぐらい、今回の救助は信じられないスピードで行われたわけで。

 高レベル冒険者の実力をわかりやすく見せつけられた形だ。


「はい、救助完了!」


「「ありがとうございます」」


 僕は冒険者アプリの『依頼達成』ボタンをタップした。

 ピコン、と赤井さんの情報端末からも音がしたので完了の通知が行ったらしい。


「さて、救助依頼の費用のことだけど…」


「はい」


 そう。

 冒険者は国の機関でもなければボランティア組織でもない。

 冒険者という技能を売るフリーランスなのだ。

 彼女は高レベル冒険者に相応しい技能により素晴らしい成果を上げてくれた。

 なので、こちらは成果に相応しい支払いをしなければならない。


 高校生に過ぎない僕とアンテナに支払いはできるだろうか。

 いや、冒険者の道を選んだのは僕達なんだから責任をとらなければいけない。


 僕とアンテナは固唾を飲んで赤井さんの言葉の続きを待った。

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