第19話 増えた依頼の選び方

 赤井さんのお陰で、僕達は冒険者レベルが上がった。

 こんなペースで上がっていたら初心者を脱するのは直ぐだろう。


 僕達が中堅冒険者に?

 変化のスピードが速すぎて、どうもイメージが湧かない。


「まあ、僕達は自分のペースでのんびりやった方が良さそうだよね」


 夏休みも、もうすぐ終わる。


 そうしたら、せいぜい朝か放課後にする程度の短時間依頼をこなすのが精一杯になる。

 僕は無理のないのんびり放課後冒険者生活を送りたい。


 そんなわけで、夏休み明けもできるような軽い依頼を冒険者アプリで探しているのだけど。


「うーん…意外と依頼は変わらなんだよね。増えたは増えたんだけど…」


 僕のレベルは5。パーティーが組めるだけの経験あり。高校生男子。

 キャリアは…1カ月は過ぎたはず。

 先日「冒険者1カ月継続ボーナス」で冒険者ポイントを貰った覚えがあるから間違いない。


 冒険者としては本当に大したことのない駆け出しなので、高レベル依頼はそもそも見えないようになっている。

 その方針は運営ポリシーとして正しいのはわかるのだけど、前回のクマ騒ぎではそれで痛い目にあった。


「何か良い依頼はないかなあ…」


 掲示板の依頼をざっと眺めてみる。


 可能な依頼が増えてくると、依頼を選ぶ余裕が出てくる。

 僕が選ぶのは、時間帯が都合よくて危険が少ない依頼だ。

 報酬はちょっと少ないかもしれないけれど、まずは安全が大事だ。


「採取依頼は…っと」


 採取依頼を見ると、草刈りの依頼が物凄く多い。

 草刈りが採取かどうかは意見が別れるところだと思うけど、冒険者アプリの分類ではそうなっている。


 庭の草刈り、農道の草刈り、裏庭の草刈り、農地の草刈り、所有地の草刈り、耕作放棄地の草刈り…。


「前は役所がやってたんだけどなあ…これを全部僕1人でやるのは無理だぞ…」


 赤井さんと一緒に依頼をこなして思い知ったのは、事前準備と十分な装備が依頼達成の鍵、ということだった。

 彼女はキー・フォー・サクセス、とか言ってたっけ。

 KFSとか言うと、ちょっと頭良さそうに聞こえる。

 僕も真似して口にしてみたけれど、アンテナには思い切りバカにされた。

 まあ、そんなところを真似しても仕方ない。


 真似すべきは準備と装備だ。


『ねえ、アンテナは草刈りに興味ある?』


『ないわ』


『ああそう』


 いちおうアンテナにメッセージを送ってみたけれど、2秒で『ノー』と誤解しようのない返信が来た。


 パーティー結成という準備は失敗。

 もし草刈り依頼を受けるとしたら、パーティー依頼ではなく個人依頼になるわけだ。


「せめて装備は何とかしたいよね…」


 人数に頼れないなら、装備が必要になる。

 ときどき親に言われて自宅の庭の雑草取りを手伝わされるけれど、あれは腰と膝にくる。

 家にある草刈り鎌で他人の依頼をこなすのは無理だ。


 冒険者アプリの「装備調達」のタブを開くと、新規・中古の装備のマーケットがあって冒険者ポイントで購入ができる。

 前に、鼠の討伐依頼で罠一式を買ったことがある。


 ネズミ捕りはあまり向いてなかったし依頼が終わってすぐに売っちゃったから結果的にあまり儲からなかった記憶があるけれど、草刈り依頼は件数も多いから装備を買っても割が合うかもしれない。


「アメリカ製が多いな…当たり前か」


 アメリカでも草刈りのニーズは高いらしい。たくさんの草刈り装備が市場に出ている。

 製品の中心は、カート型の草刈り機だ。

 カートに乗って草を刈るのは楽しそう。


「でも高いんだよね…」


 エンジンカート。価格3000ドル。輸送費 2万円。届くのは3週間後。

 電動カート。4500ドル。輸送費。3万円。届くのは3週間後。

 電動カート。6000ドル。輸送費。5万円。届くのは3週間後…。


「高い!それに遅い!」


 値段もさることながら、輸送費が痛い。届くまでの日数も。

 たぶん船で運んでくるんだろうし、時間がかかるのは仕方ない。


 カートを諦めるなら、草刈り機という方法もある。


 エンジンもしくはモーター動力がついた掃除機のノズルのような形をしていて、地面近くを保持したカッターで草を払う道具だ。

 自分で使ったことはないけれど、以前は農家の人がよく使っていたらしい。

 最近は農家の高齢化が進んだのと農機具のドローン化が進んだので、使っている人は見なくなった。


「こっちは安いんだよね」


 新品。草刈り機。9980円。輸送費なし。2日でお届け。

 中古。草刈り機。6000円。輸送費1000円。3日でお届け…。


 これを買ったら草刈りの効率は上がるし、依頼もこなせる。


 どちらかを買う、ということであれば草刈り機を買う、のが正しいのだろう。


「だけど、別に僕は毎日草刈りしたいわけじゃないんだよね…」


 問題はそこだ。


 世の中で草刈りが必要とされていることは冒険者アプリに寄せられる草刈り依頼の数からしてもわかる。

 だけど僕は草刈り専業冒険者にいまいち魅力を感じない。


 どうしたものかなあ、と「草刈り」の依頼をざっと下に見ていくと同じ草刈り欄――依頼は50音順なのだ――で、少し毛色の違った依頼を見つけた。


「草刈りドローンの監視か…草刈りドローン、埼玉でも持っている人がいるんだ…」


 草刈りドローンは簡単にいうと自動掃除機の草刈り版だ。

 設定した地域を自動で定められた時間通りに自動的に草を刈ってくれる。


 けれど、多機能な分、普通のカートより値段が高い。

 草刈り機が云十万円の世界から、草刈りドローンは云百万円の世界だ。

 だいぶ値段は下がってきたけれど普通の家は草刈り機にそれだけの値段は出せない。

 なのでアメリカでは地域の近い複数の家でサブスク型で使用していることが多いとか。


 けれども自動草刈りドローンには自動掃除機と同じ弱点があって、イレギュラーな障害物に弱い。

 土地の極端な傾斜、段差とか、盛り上がった木の根、極端に密集した笹薮とか、センサーにかかりにくい金網とか。

 想定外の状況では事故防止のために簡単に止まり、そうして人間の助けを待つ。


 冒険者の僕には「人間の助け」部分の仕事が期待されているわけだ。


「ちょっと退屈そうだな…」


 草刈り専業冒険者より少しはマシだけれど、機械が動いているところを見守るだけの冒険者も退屈そうだ。

 とはいえ、楽な上に割のいい依頼に見える。


「…この依頼、何かおかしいな?」


 僕はクマ騒動以来、依頼の裏をチェックする意識を持つようになった。

 おかげで変な依頼には勘が働くようになってきている。


 考えろ、考えるんだ。


 この依頼の妙なところは何だろう。


 アメリカの家みたいに共働きの家なら草刈りドローン監視に人を雇うのはわかる。

 だけど、日本で草刈りドローンを買うぐらいのお金持ちの家が勤め人で共働き、というのちょっと考えにくい。

 勤め人ならもう少し交通の便が良い場所に引っ越すし、テレワークや地主のお金持ちなら家にいるので監視に人を―――しかも僕のような高校生のバイトを―――雇う必要がない。


 どうにも気にかかる。


 普通ならリスク有りの依頼として無視するところだけれど―――。

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