第5話 冒険者の仕事を探してみた

 幾つかの依頼をこなした甲斐があって、僕は冒険者レベル2になった。


 経験値がたまった!スイデンはレベル2になった!というやつだ。

「ちから」や「かしこさ」のステータスが上がった気はしないけど、アプリからの「しんらい」は上がった気がする。

 仕事経験を積み重ねて社会的ステータスが上昇したわけだ。


 そうしてレベルが上がると、冒険者アプリで受けられる依頼の幅が少し増える。

 掲示板に貼られている羊皮紙のグラフィックが増えるは見ているだけで楽しいし、冒険者気分が盛り上がってくる。


「なにか良い依頼はないかなあ…」


 ふと、自分の口から洩れ出た言葉が思ったよりもゲームの冒険者っぽいことに気がついて、耳にすれば絶対にからかってくるだろうアンテナが近くにいなかったことに感謝したりもした。


 ★ ★ ★ ★ ★


 近所をボロ自転車で走り回り、汗と日焼けと筋肉痛を友としながら、どうにかこうにか一通り低レベル依頼をこなしてみると、だんだんと金銭的に割の良い依頼と割の良くない依頼が判ってきた気がする。


 普通なら割の良い依頼だけに人が集中しそうなものだけど、そこは冒険者アプリの仕事配分AIも賢く出来ていて、報酬的に割の良い依頼は経験値が少なくて、割の良くない依頼は経験値が多い、という形で調整されているように感じられる。


 レベルが上がれば金銭的に割のよい依頼にアクセスできる可能性が高いから、短期的には損しても経験値優遇で長期的に得をするよう誘導しているわけだ。

 アプリかしこい。実に良く出来ている。


 他に気になったこととしては、冒険者になると学生の時とは世の中が違って見える、とSNSで言っている人がいた。

 冒険者視点、というやつらしい。

 胡散臭い話ではあるけれど、一応根拠はある、と思う。


 例えばSNSでも「冒険者」というタグや言葉に敏感になり、webのニュースも気になるキーワードが違って見えてくる。


 最近のニュースサイトは僕の検索履歴や関心事にフィットしてニュースをカスタマイズしてくるので、僕がスマホで見聞きする情報はますます冒険者だらけになる。


 そうした情報認知の冒険者化が、冒険者視点というやつの正体なんだろう。


★ ★ ★ ★ ★


 アメリカの流行に後れること数カ月、日本でもぼちぼち「冒険者として売り出すインフルエンサー」という人達が出てきていて「冒険者として稼ぐ10の方法」だの「投げ槍器で猪をハンティングしてみました」とかのサムネで釣る系動画が目につくようになってきている。


 気になって幾つか見て回った感想としてはイマイチ、だった。


「意識高い系冒険者の話はちょっと参考にならないかな…」


 冒険者の社会的地位が上がるのが良いことか悪いことかは判らないけれど、僕の冒険者生活はせいぜい高校生の間の小遣い稼ぎに過ぎないわけで。


「君は冒険者として稼ぐ覚悟はあるのか?冒険者のハイコンテクスト・キャリアマネジメント」とか「毎朝6時に起きて冒険者ルーチン(3マイルランニング+15minヨガ)を欠かさずやることが成功の鍵だ!」とか意識高いこと言われても「無理です。勘弁してください」としか言えない。


 世の中を意識の高低で分類するならば、たぶん僕は山すそがなだらかになっているあたりの「意識低い系冒険者」なのだ。


 そんな訳でキラキラしたSNSからの情報摂取は諦めて、どちらかというと意識低い人達の匿名SNSを探ってみると幾つか参考になる冒険者の仕事が見えてくる。


「なるほどね…草刈りか…」


 ちょっと面白いな、と思ったのは海外の冒険者の話。

 アメリカが本場だけあって、中高生で冒険者になる人も増えているのだ。


 彼・彼女らの冒険者依頼で割が良くて人気な依頼が「草刈りドローンカートの再起動」らしい。


 アメリカの住宅の庭は広い。

 特に郊外の家の芝生はべらぼーに広い。


 そして庭の広い綺麗な住宅地に住むからには、庭を綺麗な芝生に保つ義務があるとか。

 なんでも芝生を刈っていないと近所の人に指摘されたり、酷い場合は通報されたり訴えられたりするそうだ。


「草刈りサボると訴えられるのか…」


 さすが訴訟大国アメリカ。怖い。


 そういうわけで、アメリカでは草刈りカートがよく売れる。

 日本の手持ち草刈り機と違って、ゴルフカートみたいな小型車に草刈り機能がついた代物だ。


 週末になるとアメリカのパパは草刈りカートを運転して庭の芝を整備して回るのが仕事だという。

 さらに草刈りカートが好きすぎて愛好家達による改造カートレースがあるとか。


 そうしたパパ乗りカートの事情も最近は変わってきたそうだ。

 ドローン技術の発達で無人草刈りカートが増え、カートも個人で所有するのでなくサブスク型の地域レンタルサービスで近所の庭を毎日自動運転で刈って回っているらしい。

 アメリカ人、ほんとサブスク好きだよね。僕もamozonのサブスク入ってるけど。


 で、ここからが冒険者の仕事の話だけど、自動のドローン草刈りカートが結構スタックするらしいんだ。


 低速で移動するから人や車にぶつかることはないのだけど、庭に置きっぱなしになっている遊具を巻き込んだり、木の根に引っかかったり穴に落ち込んだりして止まってしまうこともある。


 サービス約款的にはレンタル先の家庭が対処すべきことなんだけど――登録メールに「Help!」とメッセージが来るらしい――昼間は両親とも共働きで自宅を空けている人も多い。


 そうした「困っている草刈りドローン」を助けるのが低レベル冒険者の定番の仕事だとか。

 だいたいは現地に人の手があれば解決できる些細なトラブルだからね。


 現地に到着すれば5分で終わる依頼。1回1ポイントだから5ドルくらい?時給で60ドル、とはいかないだろうけど、楽な仕事には違いない。


 人助けならぬドローン助け。


 草刈りを頼んだ人は時間が節約できる。ドローン派遣元は人件費が削減できる。低レベル冒険者は小遣いが稼げる。ドローンを助けるとみんなが助かる。


 アメリカの冒険者と言えば銃を撃ったりギャングと戦ったり、といったハリウッド映画的でヒロイックな活躍をイメージしていたから意外な発見だった。


 ★ ★ ★ ★ ★


 日本でも面白い冒険者仕事をしている人を見つけた。


 なんと「猫助け」専門の冒険者だ。


 日本では子供の数よりも飼い猫の数が上回るようになって久しい。

 そして田舎ではネズミ避けのために猫を飼うけれど、都会では愛玩目的で飼う人が多いとか。

 少子化のせいで住宅は空前の借り手市場ということもあって、ペットオーケー物件が多いことも傾向に拍車をかけている、らしい。


 遠隔で自宅猫に餌をやったり声や姿を見せるサービスはあるけれど、猫は生き物なので人間の子供のように思いもよらないことをしでかす。


 そうした緊急の際に依頼者の自宅に駆けつけて、猫の危機を救うのを専門にしている冒険者なのだ。


 当然、本人も猫好きで動画サイトに自分と飼い猫のチャンネルも持っているし、依頼解決の動画もたくさん載せている。

 なんと獣医さんの資格も持っているとか、本人のスキルもすごい。


 駆けつけられる範囲が決まっているので、都会のあるエリアを基盤にしていて依頼者も絞り込んでいるとか。


 世の中には面白いことを考える人がたくさんいる。

 そんな人の仕事を支える冒険者アプリってすごい。


 そして僕はすごくない。

 僕も冒険者として少しだけすごくなりたい。




 ★がほしー


★ ★ ★ ★ ★


「こんなSF技術あったら仕事や社会はこんな感じになるよね」というお話を書くアプローチを「SFプロトタイピング」というそうです。アメリカではそうした仕事や地位CSFO(チーフ・サイエンスフィクション・オフィサー)もあるとか

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