第3話 適正テスト。そして初めての討伐依頼

 冒険者になるには適正テストがあった。


「なんだよ、誰でも冒険者になれるんじゃなかったのか?」


「なれるわよ。実はスイデンが強盗殺人とか性犯罪で逮捕された重い犯罪歴を隠してなかったら」


「そんなわけあるか!いやちょっと待って。軽い犯罪者ならなれるの…?」


 アメリカのアプリだものな。

 さすが犯罪大国アメリカ。

 少子化で暴力犯が極端に減った日本とは違って、あの国は今でも移民を受け入れて元気いっぱいに銃と薬物と暴力犯がニュースを騒がせているだけのことはある。


「いいから早くしなさいよ」


「ちょっと待って。規約を読むから」


 僕はゲームでもチュートリアルを偏執的に読み込む方なので――アンテナはその正反対だ――じっくりと規約を読みこんだ。


「合格率は98%か…高いな」


 トップ2%の犯罪エリートしか不合格にならないわけだ。

 これなら合格できそう。


「適正テストを開始します、と」


 適正テストでは幾つかの質問に答える必要がある。

 これは人格の傾向を調査して仕事を斡旋する際の依頼内容の参考にするらしい。


「SNSに連携をすれば多くの質問を省略できます、か…」


 意外とよく出来てる。

 僕は幾つかあるSNSアカウントのうち、進路相談アプリにも使っている外づらの良いアカウントを選択すると連携を許可した。


『経験値が+10!』


 アプリに小さくメッセージがポップされる。

 ますますソシャゲだ。


 とはいえ個人情報を黙って報酬なしで持っていかれるアプリよりはマシな気もする。

 そのうち詫び石をくれそう。


「で、晴れて冒険者レベル1になりました、と」


 登録完了のメッセージが飛んできて、僕は冒険者になった、らしい。


 冒険者になったので、とりあえず寝た。

 ベッドで寝ると冒険者レベルが上がるかもしれないし。


 ★ ★ ★ ★ ★


 冒険者とは何か?

 冒険者の仕事をする職業人である。


 冒険者見習とは何か?

 冒険者の仕事をしたことがない冒険者である。


 その意味で僕はいまだに冒険者見習レベル1だ。

 アンテナより低いのは何となく癪に障るので、さっさとレベルを上げたい。

 あとお小遣い欲しい。


 冒険者になると仕事が斡旋される、と規約には書いてあった。


 周囲30キロに碌な店舗もなく、高校生ができるネット上のバイトといえば、出所が怪しい個人情報転売系か、途上国の人件費と叩き合った激安案件のどちらかしかない。


 つまりは、バイト先もろくにない田舎の高校生にとって冒険者アプリが斡旋してくれるであろう仕事には相対的に金銭的な競争力がある。

 じっさい、実務経験のない田舎の男子高校生は安いのだ…。


 ★ ★ ★ ★ ★


 冒険者になった翌日、お財布の中身が哀しいことになっていたのでアプリの仕事依頼掲示板を探ってみた。


 グラフィックが木の板や羊皮紙を模していて無駄に凝っている。

 雰囲気大事だからね。

 開発はロマンがわかっている。

 このあたりもアメリカで人気が出た理由の一つだろう。


「仕事内容は…採取依頼、護衛依頼、討伐依頼…?ほんとに冒険者なんだな」


 採取依頼ぐらいならともかく、現代日本で護衛依頼だの討伐依頼なんてあるのだろうか?

 好奇心にかられてタップしてみると、ほとんどの依頼は見ることができなかった。

 どうも冒険者レベルが足りないらしい。


 そりゃそうか。


 僕は冒険者見習レベル1だもの。

 武器もなければ防具もない。

 装備:布の服、だけだ。


 弱い。


「おっ、討伐依頼でレベル1でも請けられるのがあるな」


 弱くても出来ることはある。

 男子なら討伐依頼にテンションが上がらないわけがない。


「ほうほう…って何だこれ?」


 緊急!と銘打たれた冒険者1レベル可能な依頼は「ゴキブリをやっつけて!」という依頼だった。


 討伐…まあ、たしかに…討伐依頼ではある、か?

 そして武器防具も不要だ。

 必要なのは強い精神力。


「意外と近いな…」


 ルート検索の補助によれば依頼場所まで自転車で30分。


「依頼料は500円、か…」


 微妙だ。だけどゴキブリをやっつけるぐらいなら妥当な金額な気もする。

 たぶん依頼者は女性だろうし、ヘタレ高校生の僕なら妙なこともしない、とアプリが判断したっぽい。


「とりあえず請けてみるか」


 タップすると「依頼を受領しました!」とメッセージが出てタイマーのカウントダウンが始まった。


「やばっ…時間制限つき依頼だったか」


 依頼の詳細を見逃してた。

 ゴキブリを翌日まで放置したい人なんていないから、当たり前か。


「ちょっと出てくる!」と家族に断ってから大急ぎでアプリのルート検索に従って自転車を漕ぐ。


 案内の仕方が少し前に流行っていた配達アプリっぽい。

 今ではAIのドローン車両が人に代って配達するので、箱を背負った人を見かけることはなくなったけど。


 あのアプリは料理、このアプリは労働力を配達するという意味で同じ機能だし、意外と同じ会社やエンジニアが背後にいるのかもしれないな。


「って、ここアンテナの家じゃん」


 二階建て建売で少し庭が広い、普通の田舎の家。

 必死に自転車を漕いできたら、たどり着いたのはアンテナの家だった。

 昔から何度も遊びに来ている。もちろん、その逆も。


「あー!来た来た!ねえミズタくんお願い!」


「こんにちは、アカネさん」


 アカネさんはアンテナのお姉さんだ。

 今は東京の大学に通っている。


 がさつで乱暴なアンテナと違って、肌も日焼けしてなくて白いし、髪も長くてなんかいい匂いがする。

 すごくお姉さんっぽい人だ。


「冒険者アプリ、やってたんですね」


「そうそう。エダナが冒険者になった!って朝から元気だったからインストールしてみたの」


「で、冒険者には…」


「ならないわよー。そんなのに夢見る年じゃないし―」


 ですよねー。

 ハハハハハ。


「でも依頼は便利そうだから出してみたかったの。それで、たまたまキッチンに出てきた大きいゴキブリにどんぶりを被せたんだけど自分で処理したくなくって。でも今日は誰もお家にいないから…」


「あ、アンテナは家にいないんですね」


「なんか冒険者の仕事だー!って朝から出て行っちゃったの。それで誰か冒険者に依頼してみようと思ったらリストにミズタくんが乗ってたから」


「あ、そういう風に見えるんですか」


 依頼者からすると冒険者の名前が見えるのか。

 そりゃそうか。名前も知らない相手に依頼とか怖くてできないよな。


「うーん…これ、女の子が冒険者やるのって危なくないか…?」


 おっさんが女性冒険者を呼び出して痴漢とか、危ない目に遭いそう。


「一応、そういう身辺チェック的なものするらしいわよ。SNSとの連携も要求されたし。危ない人は依頼が出来ないんじゃないかな」


「へー」


 最近のAIは凄くて、SNSの言動から本人の性格と行動ぐらいは診断できるようになってる。

 実名でなくとも一定期間の履歴が残ったSNSであれば実質的に本人特定は容易らしい。

 そもそも依頼遂行中はGPSとカメラと音声録音がオンになってるわけで。

 だから今も胸ポケットに入れたスマホはほんのりと温かい。


「そういえば依頼にも性別で制限がかけられた気が」


 自分には関係ないので性別チェックはスルーしていたけれど女性が依頼するなら女性の方が安心な場面も多いし、そういうものなんだろう。


「それと護身武器とか買ってたわよ。ポイントで」


「あー。そういう使い方するのか」


 冒険者向けの護身武器はポイントで買える。

 まあレベルが低いうちは護身グッズの類なんだけど。

 アメリカの高レベル冒険者になるとアサルトライフルと買えるらしい。


 ピピピッとスマホが鳴って依頼達成時間が迫ってきたことを伝えてくる。


「あっ、やべっ。失礼します!」


 玄関前ですっかり話し込んでしまったが、依頼達成時間が迫っていたのでキッチンまで案内してもらい、伏せた器の隙間に殺虫剤を吹き込んでゴキブリを無事に退治。

 遺骸は小さな再生紙袋に包んでコンポスターに投げ入れた。


「はいごくろうさまー」


 目の前でアカネさんがアプリをタップすると、こちらのスマホに依頼達成!とメッセージがポップされた。


 こうして僕の「初めての討伐依頼」は終わった。


 冒険者アプリに依頼者から1ポイント、つまり500円が振り込まれ、最初の依頼達成ボーナスで6ポイントと経験値+5がついてきた。

 総計6+1ポイントはお金として使える。

 ということは、だ。


「ゴキブリ退治で3500円ってまじか…」


 冒険者アプリってすごいぞ。


 やったことと言えば、単に知り合いの家でゴキブリを退治しただけなのに、ポイントが入って経験値が入ってお金まで貰えた。


 アメリカのアプリで、日本の片田舎の高校生の僕が仕事をして、報酬が振り込まれた。


 なんだか、僕はそのときに閉じられた世界が少しだけ広くなって、広い世界とつながった気がしたことを覚えている。



★がほしー

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