第2話 僕も今日から冒険者!
冒険者アプリ。
この厨二心をくすぐるアプリがいつ頃から日本で使えるようになったのか、僕はよく知らない。
ネットの流行にやたら敏感な
「アメリカで大流行の冒険者アプリがついに日本上陸!」というPV稼ぎの大仰なタイトルに反比例して関西のうどん出汁よりも薄い内容ぐらいしか触れていなかったのを覚えている。
そのぺらぺらに薄い「調べてみました!いかがでしたか?」系の記事の中で、アメリカではこのアプリのおかげでハンターとか冒険者っていう職業が出来るぐらい流行っていて、SNSのインフルエンサーとかみたいになって豪邸をバンバン立てたり、元軍人のPMCの人達がドラッグの売人達を追い出してダウンタウンのストリートをクリーンにしている、とか書いてあった気がする。
まあ、なんというか映画とか別世界の話でピンと来なかった。
へーそう、それで?という感じだ。
僕やアンテナが住んでいる街と来たら、そんな劇的な事件が起きるアメリカはロスアンゼルスやニューヨークシティーとはまるで違って、少子高齢化も進むところまで進んで、今や街から村、村から群や集落へ格下げされるのは待ったなしのど田舎だし、周囲30キロからはパチンコ店ですら消え去って、お店といったらほとんど無人のコンビニと、店員ロボと物流ドローンが運営する無人ショッピングモール(ゴーストモールと僕は呼んでる。夜に行くとちょう怖い)ぐらい。
地元の仕事も全然ない。役所もオンライン中心で人はいないし、せいぜいドローンが管理する巨大農場と、それをメンテする仕事ぐらいしかない。
学校だってオンライン授業が中心でスクーリングが週に2回もあればいい方で、それも無人タクシーで送ってもらうから電車通学とかいう昔のアニメで見たイベントも体験したことがない。
僕が最後に電車に乗ったのは東京に行った2年ぐらい前だったか。
人も減り、どうしようもなく停滞して、死にかけの、日本のどこにでもある、超臨界限界集落。
それが僕とアンテナの住む街だった。
小学校も中学校も高校も同じ面子。
転出する奴もいるから、むしろ減っていく。
通学中に誰か知らない人と会うこともないし。
放課後に店によって買い食いとかもできない。
僕の人生も同じくらい同じところに留まってどこに行くこともできないで。
乾いていく水たまりに生まれてしまったオタマジャクシみたいな気分で毎日を過ごしていて。
つまりはどうしようもなく閉塞して、どうしようもなく停滞していたわけで。
いったい冒険なんて、どこにある?
だけど、アンテナはそうは思ってなかったんだ。
きっと頭にピンと跳ねたアホ毛が何かの電波を受け取っていたに違いない。
★ ★ ★ ★ ★
「…つまり、この点Pが円に沿って動くとき…」
左手のタブレットでオンライン授業を受けている振りをしつつ、右手のスマホでチャットをするのは学生の基本スキルだったりする。
視線を外すと映像通信アプリに内蔵された視線管理機能(余計な機能つけやがって!)にバレるので、あくまで教師の目を見つつ机の下のスマホをブラインドで高速フリックするのがコツである。
『ねえスイデン、あんたも冒険者にならない?』
『あんたも?』
午後一の数学で眠りを堪えているとアンテナから聞き捨てならないメッセージが飛んできた。
「あんたも」ってどういうことだ。
『まるで冒険者になってみたいな口調だ』
『だってあたし、冒険者だもの』
まさか。
『ひょっとして、アンテナはもう冒険者なのか?冒険者になっちゃったの?どうやって?』
『そうでーす!あたしはもう冒険者!先輩冒険者と呼びなさい!』
まじか。
『どうやってなったの?』
『ふふふ。それはもちろん、あたしの素質を見込んだエージェントがスカウトに』
『うそだよね』
『わかる?』
エージェントって。
黒スーツとサングラスの記憶を消しに来る人だっけ?
それは大昔の映画の話か。
そもそも、最近の人材マッチングはAIとかアプリの仕事で人間の仕事じゃない。
僕のスマホにも進路相談アプリなんてものがデフォで入っているけれど、これだって昔は先生と相談していたらしい。
アンテナの答えはシンプルなメッセージだった。
『簡単よ。このリンクをタップしたら、あなたも今日から冒険者!』
『うさんくさい…』
スタンプと共に送られてきたリンクをタップしたら最後、個人情報を吸い上げられた挙句に僕の貧しい銀行口座が空になりそうだった。
★ ★ ★ ★ ★
詳しい話が聞けたのは、眠い午後の授業を2つ耐え抜いた放課後になってからだった。
「で、実際のところどうやったの?」
「送ったリンクをタップして質問に少し答えたら冒険者になれたのよ」
なんだそのソシャゲっぽいお手軽資格は。
「で、紹介するとあたしに紹介料が入るわけ」
「ソシャゲだ…」
思った以上にソシャゲっぽい仕組みだった。
「登録だけしてみればいいじゃない?別に活動しなくたっていいわけだし」
「会費とかかからないの?」
「冒険者レベルが高くなったら義務があるみたいだけど、低レベル見習いのうちはただみたい」
「レベル…」
レベルってなんだ。
高くなったら呪文やスキルでも覚えるのか。
「そう!あたしはレベル1!あんたを紹介して登録されたらレベル2に上がるの!」
そんなお手軽にレベルがあがっていいのか。
藁人形を棒で殴るとか、薬草を刈ってくるとかしなくてもいいあたり、MMORPGよりはソシャゲ寄りの仕組みっぽい。
「いいから、さっさと登録しなさいよ!」
まあいいか。少しはこの退屈な日常がまぎれるかもしれない。
つまならければさっさと削除すればいいわけだし。
その程度の軽い気持ちで、僕は「冒険者アプリ」をスマホにインストールしたのだった。
★がほしー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます