4-8

 図書館に戻ったのは十二時三十分を過ぎた頃だった。思ったより実と話し込んでしまったので、予定より少し遅れてしまった。理緒はまだいてくれるだろうか――。もしかしたら家を抜け出したのがバレて、連れ戻されたのではないか。何度もそんな光景を想像しながらバスを降りて図書館まで走って飛び込むと、落ち着いた様子でメモ帳に何かを書き込む理緒の姿が見えた。

「ごめん、お待たせ」

「え? ああ……おかえり……」

 思ったよりも物静かな対応をされて、真は少し拍子抜けした。メモ帳を閉じて理緒が立ち上がる。

「お昼ごはんでも食べに行く? 夕方までまだあるし」

「あー。うん……」

 何だか浮かない顔の理緒に連れられて、近所のハンバーガーショップへ入った。もう慣れた様子で注文を終える理緒に次いで、真も注文する。番号札をもらって二階の二人席で待っていると、理緒がそわそわとリュックの中のメモ帳を触りながら口を開いた。

「あのね、私あの後冷静になって考えたんだけど」

「うん……」

 明らかにそわそわしているし今も冷静ではなさそうだ、と真は言わなかった。

「やっぱり夕方って言っても昼下がりだし、大荷物で交番の前をうろついても補導まではいかないかもしれない。でも私たち、確実に補導されなきゃじゃん。せっかく鷺岡君も大荷物作ってきてくれたんだから……」

「まあ、確かに……。じゃどうする? 交番の前で芝居でもする? 家出の場所どうしよー、とか人に聞こえるように話したり」

「そうじゃなくって!」

 理緒がリュックから出した手でテーブルを叩いた。

「人に通報してもらうんだよ。交番の前に家出っぽい子どもがいるって」

 通報してもらう――。確かに確実性のある良い手だ。でもどうやって? 誰に? 聞き返そうとしたところにスタッフがハンバーガーを持って現れたので口を閉ざした。トレイを置いて去るスタッフに、二人で軽く会釈してその背中が消えるのを見守る。ハンバーガーの包み紙を剥きながら理緒が話を再開した。今度は小声だ。

「私の叔父さんのこと、覚えてる? ショッピングモールで会った人」

「覚えてる。確か佐生の母さんに俺らのことチクったんだよな」

「そう、あの人のせいで失敗したんだよ。だから仕返しついでにこき使ってやろうと思ってさ、鷺岡君が家に帰ってる間にずっと作戦を考えてたの。叔父さんを上手いこと脅して、通報役を引き受けてもらう。大丈夫、我ながら自信あるからきっと上手くいくよ」

 仕返し――。なんだか穏やかではない響きに、真は驚くよりも先に笑ってしまった。「何?」理緒もつられて笑う。最初に会ったときは、理緒がこんなに好戦的だとは知らなかった。きっと会って話をしないと、今でも真は理緒のことを、塾で時々見かけるキツそうな私立の女子としか思っていなかっただろう。

「じゃあこれ食べたらさっそく作戦開始だな。佐生が叔父さんに通報してもらって、俺らが警察に補導される」

「補導された後は親の呼び出しだから、ここで私も鷺岡君も、お母さんの連絡先を伝える。これで母親同士の対面が成立するし、もしかしたらだけど終業時間の被ってる鷺岡君のお父さんにも話が伝わる可能性がワンチャンあるよ」

「本当にそうなれば、俺の親父はきっと俺が裏切ったことに勘付くだろう。あいつの性格的に、見て見ぬふりはできないはずだ。こうなれば俺んとこの両親二人と、佐生のお母さんを含めた三人が揃うわけだから……」

「卑怯なうちのお母さんは、きっと一人では戦いたがらなくてお父さんに相談する。お父さんだって終業時間が近いから、成功率は低いだろうけど、四人同時に鉢合わせられるかもしれない……」

 話しながら二人でから笑いする。本当に駄目で元々な作戦だが、所詮子どもの浅知恵。これぐらいしか対抗手段が思いつかないし、実行する他ないのだ。母親同士が鉢合わせるだけでも、きっと大事にはなるだろう。女性の方が感情的になりやすいといつか長沼も言っていた。見て見ぬふりは、できないはずだ。

「絶対に成功させようね」

 几帳面にハンバーガーの包み紙を畳みながら理緒が言った。これが終わったら、二人でこうして食事をすることはもうないかもしれない。真も理緒に倣って包み紙を畳みながらうなずいた。


 貝掛町の駅には少し大きな商業ビルがある。その中で先にトイレを済ませて、もう一度手順を繰り返し確認して、午後四時四十分を過ぎてから駅の前にある交番を目指した。

「今から叔父さんに電話で通報役をお願いするから、そしたら補導されようね」

 車道を挟んで交番の向かい側にある電話ボックスで、理緒がそう語った。なんだか文字に起こすとすごいセリフだ。真は正直言って理緒の作戦が少し心配だった。叔父をこき使うとのことだが、平気で告げ口するような小ずるい大人を、本当に小学生がこき使えるのだろうか。理緒があまりに自信満々で「大丈夫」と言うものだから、水を差すのも悪い気がして、真はその具体的なアイデアについて聞けていない。

 理緒の作戦がダメだったら、周りに聞えよがしに家出少年を装って一芝居打とう。引っかかってくれるおせっかいそうな大人を周囲に探しながら、理緒と一緒に電話ボックスへ入った。

 理緒が公衆電話に小銭を入れて受話器を取る。指がポチポチとボタンを押す。いよいよか――。なんだか真の方が緊張してきた。

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