第8話 提案

「あ、いたいた」


 光夜にとっては、休日の迷宮探索のための資金稼ぎ、という位置づけにあるダンジョン探索を行っていると、何やら声を掛けて来る者がいた。

 声を掛けて来たのは、光夜よりもやや年長っぽい女性だ。

 光夜はその相手に特に見覚えがなかったので、首を捻っていると、隣にいた真逆が反応した。


「あ、亜沙子さん。お久しぶり!」


 どうやら真逆の知り合いらしいと納得する光夜だったが、その女性の背後から現れた者に記憶を刺激される。

 先月だったか、探索者緊急アナウンスが発動され、危険なモンスターが地上近くまで迫ったことがあった。

 モンスターを絶対に地上に出してはならない、というのは、探索者なら誰もが抱いている気持ちだろう。

 そのなかでも、光夜は特にその気持ちが強い。

 いや、光夜はモンスターを見ただけで、怒りが湧いて来る分、気持ちがはやりやすいと言えるだろう。


 光夜がほかの探索者から死にたがりと呼ばれるのは、迷宮に挑み続けるだけでなく、普段からモンスターに対して無謀と見える攻撃を仕掛けてしまうからだ。

 

 先月、緊急事態で出現したモンスターに対してもまた、無謀な単独攻撃を仕掛けてしまい。

 真逆にさんざん叱られた。

 そのときに、光夜を助けてくれたとして、礼を言うように促された相手が、亜沙子と呼ばれた女性の後ろにいたのだ。


 光夜からしてみれば、少々バツの悪い思いがある。


 そしてもう一人、恩人の隣に年若い青年がいた。

 こちらの青年に関しては、光夜にも戦闘中の記憶がある。

 探索者のなかでも珍しい、獣化ライカンスロープ持ちだ。


 光夜は、変異率の高い人間に対して複雑な思いがある。

 深淵世界ダンジョンを激しく嫌っている光夜にとって、人の体がダンジョンに侵食される変異という現象はおぞましいものだ。

 だが、その力があるからこそ、ダンジョン内で戦えることもわかっている。

 とは言え、頭ではそう理解出来ていても、心情的に受け入れ難いものはあるのだ。

 光夜は、変異率が高い人間を嫌うということはないが、変異率の高い人間を見ていると不安になってしまう。

 いつか彼らがダンジョンの闇に呑まれてしまうのではないか? と、いたたまれない気持ちになるのだ。


「光夜ちょっと……」


 そんなことを、少し離れた場所で考えていた光夜だったが、真逆に呼ばれてしまう。

 光夜は、すっかり自分は関係ないものとして、離れて待機していたのだが、どうやらそうではないらしかった。


「迷宮に潜りたい?」


 問い返した光夜の声には、いささかの動揺がある。


「危険だぞ? 通常のダンジョンと同じに考えていたら、すぐに死んじまう」


 光夜がそれを言うのか? と、一笑に付されそうな言葉だが、相手は、笑い飛ばすこともバカにすることもなく、真剣な表情でうなずいた。

 真逆の紹介では、彼女は『前田亜沙子』というらしい。


「迷宮に閉じ込められた人の……帰りを待っている家族が、いる、んだろう?」


 そう言ったのは、獣化ライカンスロープ持ちの、どこか表情の薄い青年だ。

 真逆の紹介では、『岸谷誉』と言う名前らしい。

 誉の肩には、探索者に人気が高く、高値で取引されている初代型のDA小型ロボットが見えた。

 金持ちの道楽か? と、眉を顰める光夜だが、それにしては、様子が変だ。

 DAが、ダンジョン災害に伴う心的障害を負った者のケア用に開発されたという歴史を思えば、本来のマスターなのかもしれない。

 もしそうなら、金持ちの道楽よりもさらに厄介だ、と光夜は思った。


「見つけて、やりたいんだ」


 その誉青年と同じパーティらしい、光夜の命の恩人である『姫島ひめじま望結みゆ』が、誉青年の言葉にいたましげな面持ちになるのを見て、光夜は、自分の想像が当たっていたことを知る。

 そして、面倒なことになる予感が当たったことを確信した。


 心に負った傷の反動で何かを志す人間ほど、翻意ほんいさせにくい相手はいない。

 今は仲間となっている花鶏あとりがいい例だ。

 そう考える光夜自身がその最たる者だということは棚に上げて、光夜は顔をしかめた。


「俺は犠牲者を増やすつもりはないぞ」


 だから、光夜はあえて冷たく突っぱねたのだ。

 だが……。


「ありがとう……」


 なぜか誉青年に礼を言われてしまう。

 そして光夜は確信した。

 この連中は、真逆や花鶏あとりと同じタイプの人間だ、と。

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