第9話 譲らない者達とツンデレ男

 誉という青年が、簡単に説明してくれた話によると、どうも『闇の金曜日』の事件で家族を亡くしたと言うことらしい。

 当時、まだ子どもだった誉は、死者となって戻らない家族を何日も一人で待ち続けた、とのことだ。

 壮絶な過去である。


 誉はその出来事を、淡々と説明して言ったのだ。

 そのときの心細さを覚えているので、十年も、戻らない家族や知人がどうなったのかわからないまま待っている人のために何かをしたい、と。

 誉は、言葉も表情も感情の起伏に乏しいが、真摯な気持ちは光夜にも伝わった。


「やめておけ」


 それでも、光夜はきっぱりと言った。


「そんな同情やボランディア精神でやるようなことじゃないぞ、迷宮探索は」

「どの口が言うのか……」


 光夜の言葉に、速攻花鶏あとりがツッコミを入れる。

 光夜は無視して続けた。


「しかも大事な仲間の命まで、そんな甘っちょろい感情で道連れにするつもりか? 普通のダンジョンでモンスターを減らすのも、俺達の世界を守る大事な仕事だろうが」

「他人事ならそんなふうに言えちゃうんだ……」


 今度は真逆が呆れたように言う。

 

「お前らいい加減にしろ! 言いたいことがあるなら後で聞いてやる!」

「うそ。光夜はいつも聞いてるふりしてるだけ」

「右から左に抜けてるよな」


 花鶏あとりと真逆が光夜の口約束を全く信用せずに更に文句を言った。

 光夜とて自覚がない訳ではない。

 だが、自分がバカをやっていると自覚があるからこそ、他人をそこに巻き込みたくないのだ。

 抗議の気持ちを込めて、光夜は真逆と花鶏あとりをギロリと睨む。


「ふふっ」


 その様子に、亜沙子という女性が思わずという風に笑った。


「仲がいいんだね! だけど! 仲のよさではあたし等も負けてないからね!」


 ババンッ! と大きな胸を張り、親指を立てて主張する。

 いつの間にか論点がズレているようだ。


「あの……」


 すると、それまで大人しく話を聞いている感じだった女性がおずおずと口を挟む。

 姫島ひめじま望結みゆと紹介された相手だ。


「私達は、あなた方にご迷惑をおかけするつもりはないんです。ただ、迷宮に潜るときに、注意するべきことがあるかどうかを聞きたいと思って。……探索者協会で、迷宮の注意点を尋ねたら、あなた方を紹介されたので……」


 遠慮がちだが、しっかりとした口調だ。

 上目遣いではあるのもの、その視線はしっかりと光夜を見ていた。


「あんた達が最近大活躍しているのは俺も知ってるさ。だが、迷宮は普通のダンジョンとは違う。俺に言えるのは止めておけ、ということだけだ」


 光夜は頑固に譲らない。

 探索者協会も余計なことをしてくれるものだと思っていた。

 どうせこうやって光夜が止めることなどわかっていての紹介だろう。

 ならば、協会側で止めればいいのだ。


「……わかった。邪魔をした」


 誉青年がぺこりと頭を下げる。

 話は終わりだ、ということだろう。

 だが、その様子は諦めたという風には見えなかった。


「おい!」


 光夜は思わず声をかける。


「……貴重な、あなた方の時間を無駄にさせて、悪かった」


 違うだろ! と、光夜は叫びたかった。

 そうじゃない。

 光夜が本当に言いたいのは、死ぬからやめろ、ということだ。

 探索者というのは、職業であって、命を賭けて無茶をやる博打ではない。


 だが、光夜の仲間達が口を酸っぱくして無茶をするなと言っているのに、無茶を止めない光夜の言葉など、決意を固めている相手に届くはずもなかった。


「待て!」


 だから、光夜は誉の腕を掴んだ。

 まだ学生っぽさの残るこの青年の身の内にある空虚は、光夜にも痛いほど馴染み深いものである。


「ったく。灰島、渋谷迷宮の資料を渡してやれ」

「……いいの?」


 言葉では確認しているが、花鶏あとりの口元が少し緩んでいるようだ。

 言って止まらないなら、データがあったほうが生き残る確率が上がる。


「口で言ってもわからないなら、実際に体験するしかない。だがな、いいか、これだけは覚えておけ。迷宮に挑戦して、やっぱり無理だと言っても、誰もお前達を腰抜けとか言いやしない。なぜならそれが当たり前だからだ。迷宮に潜り続ければマトモではいられなくなる。せっかく生き残ったのなら、……家族のためにも、お前はもっと堅実に生きるべきだと思うぞ」


 誉はびっくりしたように光夜を見ると、少し照れたように微笑んだ。


「ありがとう」

「よせ。礼を言われるようなことは言ってない。俺がクレイジーだってのはみんなが言ってることだ。俺だって自分がマトモじゃないことぐらいわかってる。そういう場所に他人を巻き込みたくないだけだ」


 光夜は突き放すようにそう言ったが、誉青年は深々と頭を下げるだけだった。


「ツンデレね……」


 少女のような声がボソリと言うのが聞こえて、光夜がその声の元を探すと、誉の肩に乗っているおもちゃのようなロボにたどり着く。


「……まさか、な」


 光夜も知識としてDAというロボットの性能は知っているものの、今のはさすがにロボットにしては人間的すぎる。

 光夜は幻聴だと思って頭を振ったのだった。

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