第7話 取り残された者達の叫び
(……予想はしていた)
光夜はそう思ってため息をこらえる。
オフィスの出入り口の鍵はオートロックで、電気で制御されていた。
そしてダンジョンに呑まれた時点で電気は切れ、深淵世界との融合が始まる。
このオフィス用のオートロックは、停電時にはロック状態で固定されるタイプのものだった。
普通ならばすぐに電気が復旧するか、業者がロック解除に訪れて、たいしたことにはならなかっただろう。
だが、外からの助けは来ない。
マニュアルを探し出してロックを解除しようとする頃には、扉は変質して操作を受け付けなくなってしまっている。
「ここは確か、休日シフト制で、会社からも確認依頼が出ていたところ、だな」
いつもは陽気な真逆が、鎮痛な声で言う。
もっと上層階でもあった光景だ。
オフィスに閉じ込められた人々が、助けを待ちながら絶望のうちに死んでいった。
その痕跡が残っている。
無念の死者の痕跡は、何度見ても慣れることがない。
光夜はダンジョン化の理不尽さに改めて怒りがこみ上げるのを感じた。
突然の暗転と、自分が生き残るために下敷きにした存在を知ったときの気持ち。
絶望から前に進むには、怒りを感じ続けるしかなかった。
人々は、最期まで何が起こったのか理解出来ないまま、生きようとあがいていたのだろう。
「遺品を集めよう。全部の遺骨を持ち帰るのは今日は無理、だろうな」
「写真撮る、ね」
光夜の指示に、
まずは全体の写真を撮り、各遺体と遺品の場所を個別に写真に撮っていく。
光夜が遺品を届けたときには、声も掛けられないぐらい泣き崩れていたものだ。
それだけに、
たとえ残酷であろうと、亡くなった人達が生きた最期の様子を出来るだけ詳しく記録に残す。
実のところ、このオフィスのように密閉状態となっていて、死者の痕跡が荒らされずに残っている場所は少ない。
落下の衝撃で命を落とすのと、モンスターに殺されるのと、絶望と飢えと乾きで死に至るのと、どれがマシか、などと優劣はつけられないが、遺族にとっては、亡くなった家族が最期にどうしていたのかがわかるほうがいいのは確かだ。
だが、どの世界にも無粋な奴はいるものである。
扉が開く音がして、巨大なスライムが押し入って来た。
「ち、俺達がいるせいだろうな」
「モンスターは死体に興味を持たないからな」
真逆が舌打ちをする。
光夜は真逆の言葉に同意してうなずいた。
実はもっと上のほうの階で、密閉されていたはずの扉が破壊されて、内部が焼け焦げ、ほぼ残骸しかない、という場所があったのだ。
モンスターは生命力を探知して襲って来ると言われている。
飛行型の強力なモンスターが、人が多いオフィスを探知して襲って来たのだろう。
「そう考えると、このスライム共が入り込んだのはだいぶ後になってからなんだろうな」
単に隠れ家として適しているから入り込んだのかもしれない。
とは言え、この現場を荒らされる訳にはいかないと光夜は思う。
「俺はあいつらをなんとかする。お前らは記録と遺品回収を頼む」
「あ、おい光夜! 全員でやろうぜ!」
「お前らの武器じゃ無理だろうが」
「むぐっ」
一人打って出ようとする光夜を真逆は止めたが、にべもなく拒絶される。
「今回は光夜が正しい。バカ真逆は先のことが見えないからバカ」
「バカバカ言うな!」
いつもの漫才を始めた二人を置いて、光夜は扉を押しのけて入り込もうとしている赤黒いスライムに向けてショットガンを向けた。
ガシュッ! という音を立てて大きなスライムが押し出される。
光夜はスライムを追うようにオフィスから躍り出た。
ロビーには、オフィスの入り口へとスライム達が集まって来ている。
「やれやれ、俺達も人気だな」
光夜の口元に暗い笑みが浮かぶ。
「間違っているって言う奴もいるがな、俺は、お前達を殺すときが、一番幸せなんだ。そのために、生かされたと思っているからな!」
不思議そうに口を半開きにしたまま、目を見開いた女の子の物言わぬ亡骸。
あの子どもだけではない。
ダンジョン発生時に犠牲になった全ての人の叫びが、光夜には聞こえる。
「許さない、絶対に!」
魔法を施された特殊弾をショットガンに装填。
押し合いへし合いしているスライムの群れに向けて発射した。
ガシュッ! ガシュッ! ガシュッ!
撃ち出した弾には、『氷結』の魔法が刻まれている。
強力な魔法を使ったせいで、
だが、効果はてきめんだ。
シュウウウッ! という音を立ててスライムの群れが凍りついていく。
「砕けろ!」
止めにショットガンの空撃ちで、
バラバラになったスライムだったものを足で踏みにじりながら、光夜は
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