第11話 青空

彼女は長い髪を整えて

こちらに目をやる


「桐山くん

あの日

剣道場の裏での事覚えてる?

雪が降った日」


もちろん

覚えている

三年間で同級生と過ごした

唯一の時間だったから


僕は頷く


「よかった

あの時

あの時、私ね

悩んでた

親にも友達にも言えない

悩みがあった

苦しくて苦しくて

呼吸をするのも辛くて

逃げ出したかったの

でも

あの日

桐山くんがそばにいてくれて

ただ

一緒に居てくれて

私は

君の横で泣くことができて

そうしたらね

それまでの悩みが

スーッと軽くなってね

楽になってね

っでね

笑えるようになったの」


いつもみんな囲まれていて

人気者で

キラキラしていて

楽しそうに笑っているように見えていたけど

彼女は

笑えていなかったんだ


気が付かなかった


「ありがとう」


彼女は

大きな瞳を潤ませた


そんな素直な顔で”ありがとう”なんて言われても

むず痒い


だって

あの日

僕はただ

雪を見ていただけだから

そこに

彼女がいた

ただ

それだけだから


風が強く吹いた

彼女の長い髪がなびく

慌てて髪の毛をおさえる


彼女が手に持っていた

赤い風船が手から離れる


「あっ」


僕と彼女はそれを見上げる


赤い風船は風にあおられて

フワフワと

遠く遠くへ行ってしまう


晴れ渡った空は

青すぎて眩しい

僕らは、目を細めながら見ている


「知らなかった…

空ってこんなに広かったんだ」


僕が言うと

彼女は、はにかんでこちらを見る

僕も彼女の方を見て微笑む


暖かい風が二人を包んだ春


昨日までとは

まるで違って見えた








僕は歩き始めた

彼女は後ろ手で卒業証書持ち

スカートの裾を抑えながら

ピョコピョコと僕の横を歩く


「上靴のまま帰るの?」


僕がそう聞くと

彼女は足元を見て慌てる


「直ぐに戻るから

ここで待ってて!

絶対に待ってて!」


そう言うと

全力で下駄箱へ走っていった


早っ


少し笑える


僕はバス停のベンチに腰かけ

彼女が戻るのを待った


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さぼり 成瀬 慶 @naruse-k

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