探偵たちの章――Ⅷ
乗り込んだ後部座席の先客に、顔を抑えている三原がいた。よっぽど泣き顔を見られたくないのか、小さな両手で頑として顔面を覆っている。どうしようか、と対応の仕方に迷っていると、
「涼亮君ダメだってえー」
と三原姉にやっぱり冷やかされた。ただそのニヤケ顔もすぐに消され、黙ったまま車が動かされた。
最悪なタイミングで、俺はふと思い出した。
ああ、そうだったのかと霧が晴れた。
写真を撮られていたあのセーラー服の少女。あれだ。水曜に、『ポーカロコーヒー』の店先で見かけた車椅子の人だ。
悔しいという感情はなかった。キーマンとすれ違った事実などもうどうでもよくなっていた。
横で、かすかな声が漏れる。上と下の歯を強く食いしばっていた。
囚われの身だった。
自分が思っていたよりも、俺は心が弱いようだ。笑ってしまう。こんな俺が、過去に、あいつらに、縛られているなんて。
「三原」
「見ないで」
「見てない」
俺は車窓に視線を固定させる。涙は止まったようだ。ゆっくりと、話し始める。
「安芸津は変わった」
自らに示すように、注意を促すように。
「俺らが中学時代に関わっていた安芸津忍は、もういない。あいつは別世界にいってしまった。俺らとは、違うところに」
「……あんたに忍ちゃんの何が分かるっていうのよ」
「そうだな、俺には分からない。お前も、な。しゅうたにだって無理だろう」
安芸津は怖くないのだろうか。自分が何者でもいられなくなる瞬間が、ふとした拍子に浮き上がることはないのだろうか。いや、違うか。あいつは「面白さ」だけが生きがいであり、「楽しいこと」をするだけが安芸津を安芸津をたらしめているのだろう。
俺には、そのようなものがない。
高校では部活も入らず、ろくに友人もつくらず、充実さとはかけ離れている。
でも、俺には帰るべき場があったはずだ。『文麗四天王』っていうアットホームが。
そこで生きていたことに、俺はよっぽど救われていたんだろう。高校が別れても、生活できるだろうと。寂しさを覚えても、しゅうたを除けば同じ文京区に住んでいるんだ。電話さえかければ、いつでも集まれる。
高をくくっていた。一度、日常生活を乖離した人間と再集結することは、非常に難しいことだと。電話をかけることが、こんなに重いものなのだと。
そうこうしてるうちに、「安らぎの家」は消失した。
しゅうたは文京から去り、安芸津はコミュニティから巣立ちした。
だから。だからこそ――。
「三原。お前には……今のままでいてほしい」
変に捉えられたら困るが。うまく、表現を考えながら。
「お前は……変わらないでほしい。そのままで」
姉がいたな。笑われてもいいや。気持ち悪がられても。
三原のかすれ声が耳に入った。
「馬鹿じゃないの」
笑った。俺は、笑った。
最低だ。
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