新聞部員の章――Ⅷ
サイレン音が靡いている。
陽気な日中の切れ間に暴れまわるような赤いランプの数々。交通規制でも行っているのか、運転する車はなかなか進まなかった。三原のお姉さんは「なんなのよ、もう!」とか罵詈雑言を連発して、僕らの
福山からすでに連絡はきていた。高梁桃弥は警察に連れられ、瀬戸内倖汰は一命を取り留めたものの、大事を取って病院に送られたという。衝撃さはまだ拭えない。顔見知りの人が死ぬかもしれなかった事実を受け入れるのに、多少の時間を要した。
混雑の原因は、すぐに分かった。流れてきたラジオのニュースで、華月高校の名前が出てきたのだ。廿日市が見せてくれた動画には、校門前に集結した何百もの学生たち。歩道から溢れ、警察が必死で車と人を誘導している。
「多いね」
僕の感想である。よくよく見れば、ちらほらと大人たちも群れに参加していた。華月外からの参加者も混じっているのだろう。
助手席の律さんに総評のお伺いを立てると、「妙な動画」と一言。隣のドライブ狂に釣られて毒されたんだろうな、とこれ以上のコメントは求めなかった。
車は脇道に入っていった。パトカーが蟻の群れのように何台も並んでいる。それに同調するよう、並んで車を止めた。
「ここでいい?」
三原のお姉さんが聞いてきた。
「はい! ありがとうございます!」
「あの子らをよろしくな」
誰のことだろう。それを問う暇も惜しく、僕たちは車を飛び出した。顔の近くで手を振るお姉さんを横目に、僕らは先を目指した。降りてみて分かるのは、野次馬が意外と多い。皆スマートフォンを片手に、近くの人と眉を潜めながら語り合っている。新聞部としては格好の取材相手だが、どうも感情論しか聞けなさそうである。
複雑に入り組んだところである。
「こっちじゃない?」と律さんの指示に従い、坂を上っていく。いい天気なだけ憎らしい暑さだ。廿日市の額には汗が溜まっていた。
「もう現場に規制かかってるかな」
僕は何気なしにいった。
「どうなんだろうな」廿日市が返す。
「江田君の友達から次の連絡はきたの?」
律さんの問いに、僕は首を縦に振った。
「現場の近くにいるとか……でも、どうだろう。僕らが入れるか」
こんな狭い路地に、人だかりができている。そして歩けば歩くほど、比例関数的に人の数は増えていった。目的地は近い。
一方通行の角を曲がる。警官の数がどっと多くなっている。右側にそり立っているのは身長よりはるか高い壁だ。おそらく、ここが例の高台なんだろう。
そして、左側の一軒家やアパートを掻き分けた間に立つ一本の木。その根元に、よく知った顔がいた。携帯電話を耳に当て、口を動かしている。
「なあ――二人とも」
僕は彼から視線を逸らさずに頼みを入れた。
「近所の人に取材をしてくれないか。事件の詳細を」
廿日市は僕の視線まで頭を落とした。「お前はどうすんだ」
「奴と、タイマンを張る」
「だったら」
「一人でいったほうがやりやすい。ここは任せてくれ」
背後で二人の気配を感じる。背中がむず痒かったが、ものの数秒で律さんから返答がきた。
「分かった。頑張って」
うん。深く、まっすぐと頷いた。
二人に顔を向けなかった。受け入れてくれるところに戻ってしまいそうだったからだ。今、ここで彼と決着をつけないと。
スニーカーで灰色の道を蹴っていく。人の波を抜けながら、木の根元で着座している彼のもとへと近寄った。
「――こっちはもう大丈夫ですよ。警察もいますし――」
さして驚きもせず、安芸津は微笑みを向けながら会話を進めた。
「――ええ、副会長から集まってる皆様に発表してくれれば。騒ぎは収まるかと。はい、じゃ、そういうことで」
一方的に電話を切った。
「『犯人逮捕まで』が部活動禁止期間だったかな」
「そうだよ。あれだけ暴れてもらっちゃ、学校も破壊されかねないからね」
安芸津は肩をすくめる。僕の内側で荒唐無稽だと嘲笑ったことに、果たして気付いているだろうか。
「時に、進平君。こんな土曜の昼間から、健気にも取材かい?」
「……安芸津」
「僕も、ついさっき来たばっかりでね。噂でいろいろと耳には入ってるけど、実際どうなんだい? 新聞部、いや江田進平の考えからして」
よくもまあ、スラスラと言葉が並べられるものだ。深く感心してしまうよ。
僕の口元は、呆れの感情を起因として笑っていた。
「全部……知ってたくせして」
「うん?」
「安芸津。他の新聞部にも聞かせてよかったんだぞ」
「へぇ。二人に聞かせられないのか。進平君の隠してる秘密でも教えてくれるのかい? とんでもない説話が聞けそうだね」
ふぅー、と落ち着かせる。OK。怒らない。怒らない。
「残念。安芸津に関わること」
「僕のかい? まさかそ――」
「『革命』のことだよ」
すっ、と安芸津の顔から笑顔が消えた。
深い、深いため息。
「……はぁーあ」
またいつも通りの笑みが復活していた。
「ま、バレてるならしょうがないね。でも、それを話すなら――」
安芸津が視線を向けた。
坂の上から下ってくる長身。眠たげな瞼には、僕たちを見据える強い眼力が宿っていた。
「――彼も一緒のほうが、いいよね?」
安芸津は「ね?」のタイミングに合わせ、首を傾けた。
ポケットに手を突っ込んだままの福山は、神妙に口を結んでいた。
〇
「三原の姉貴は時間通り来たようだったな」
「うん。おかげさまで」
僕はそう返す。「あ、でも三原自身は……」
「いずれここに来るだろ」
「そうだな。いや、それよりも、よりもってことはないが、本題に入る前に一ついいか」
福山が真顔のまま、一歩後ろに下がる。
「なんだ」
「『ABC』の法則だよ。『C』が瀬戸内だなんて、どうやって導くんだ?」
「ああ、それか」
そんなことかと言わんばかりの平然さに、僕は鬱憤が溜まった。
「もったいぶらすなよ」
「そんなつもりはない――いいか、江田。『ABC』っていう時点で『C』から始まるなんて誰がいったか」
「……は?」
「悪い。俺の説明が下手だった。まず、『ABC』の発音をカタカナに直し
てみよう。そうなると、『エービーシー』だよな」
「そうだが」
福山の横へと動く口元を見て、カタカナだと認識する。
「それは、英語の場合だよな」
「うん?」
「別に犯人は、『英語のABC』とは一言もいってない。もっといえば、アルファベット順は英語だけじゃない。他の言語でもある。それを知っていれば、おのずと正解は分かる」
待って。僕は俯いて、福山の発言を噛み砕く。
「……じゃあ、どこの言語っていうんだよ」
「ちゃんとヒントは示されていた」
福山は肩をすくめる。「お前のメールにも送った、例のチラシだ」
「えぇ! あれが……」
慌ててスマートフォンを取り出し、保存されたファイルの中から写真を探す。相変わらずにやにやしてる安芸津が視界の毒になったが、気を散らさぬよう留学奨励チラシを画面に映した。
「……カナダか、フランス?」
「どちらも、フランス語を公用語としている国だ」
えっ、と声にならない驚愕が漏れた。
「さっきと同じことをしよう。……ネットの受け入りだぞ、元々知ってたわけじゃない。フランス語をカタカナで読むと『ア ベ セ』なんだそうだ」
知恵の輪がスパッと取れた感覚になった。そうだったのか。『ア』の青沼、『ベ』の紅林、『セ』の瀬戸内――。
「しかも、だ」福山がいう。「そのチラシにまっすぐ線が入っているだろ? 青沼によれば、そのところが折られて現場に置かれていたそうだ。
要は、フランスとカナダを表に二つ折りにした状態だったんだな」
そうだったのか。逆の面の国は、アメリカとニュージーランド。それを隠すよう提示されたヒントは、もう僕らの手の内に転がっていたんだ。
パチパチパチ、と鳴り響く拍手。
「さすが涼亮だね。僕の見込んだ通りだよ。やっぱり君ほどの逸材は他にいない」
「お前に褒められて気分がよくなった経験はこれまで一度もない」
「ひどい言い草だよ。まったく」
安芸津はわざとらしく手の甲を腰に付けた。
沈黙の間が、少しだけ流れた。
「……モノローグを君たちは聞くつもりかい?」
「僕らが知らないことをボロ出したら、とっても困るんじゃないの?」
「はは。そこまで二人を下には見てないさ。きっとすべての事実を知った上でこの場にいるんだろう。そう信じているんだから」
乾いた笑い。安芸津のまつ毛で隠れた瞳は、うっすらと重みを孕んでいた。何かを疑うような。何かを貶めるような。
やがて、安芸津は口を開いた。
「僕は、楽しいことが好きなんだ」
「え?」
「楽しいことをしてみたいし、面白いことをやってみたい。それ以上でもそれ以下でもない。僕はそれだけでしかない」
静かな風が頬に当たる。上部の木々がザザッと鳴って、暑さに一点だけ差す恵みのオアシスであった。
安芸津の求めるものは己の愉快さ。ただそれ唯一。信じられないと同時に、僕の中で、ふつふつと湧きあがっていく感情があった。
「……それが動機?」
「端的にいえば、ね」
「ふざけんなよ!」
喉の奥から叫んでいた。そんなんで、そんな自己中心的な感情で人が傷つき、殺されかけたんだ。許せるはずもなかった。歯ぎしりの音が脳みそから流れ出てきた。
「なんで、お前は――」
「進平君。いっただろ、端的にいえばって。人の感情なんて一面的に決めれるものじゃない。複雑矮小化して、自分でさえこれだっていうものはないんだ。だから、本当の動機なんて誰も分からない」
「てめえ!」
「そのことは」
動かしかけた身体を、強い口調で止められた。
「……データ主義、客観主義で売る君が良く知っていなきゃおかしいけどね」
ちくしょう。拳をどこかに殴りつけたかったが、ちょうどいい物体がなくて、
「江田」
鋭い呼び声だった。冷たさを持っているが、身を預けてもいいような。よくよく見ると、福山の目下には深いくぼみができていた。ああ、なんというか、僕らだけじゃないんだな、と知れた気がした。
「……安芸津。5月10日昼休みの会合で集まったのは、土尾、森吾、そして高梁だな」
「どうせもう知っているだろ? そこまで僕は野暮天じゃないさ」
「まあ、いいさ。僕らは最初、その会合で『左閣』に喧嘩を売るよう森吾に働きかけたんだと思った。お前が左右の対立を観たいがためにな。でも、土尾と高梁の二人がいることで様相は大きく変わるんだ」
僕は考えた。考えた、というか想像力を働かせた。今までにないくらいに。
その想像は、先程の森吾の証言で、真実と化した。
「安芸津はいったらしいな。『下克上』だと。僕は『革命』と表現したいけど、どっちも同じようなもの。二人のいるH組は学力で振り分けられたクラス基準で最も低い。それに加えて、一年だ。悪い言い方をすれば、華月の内部での底辺だ。もし生徒会に対してその革命戦争を起こそうとしていたのなら、高梁がいる理由もよく分かる」
脅迫をしたのか、はたまた高梁自らが計画に賛同したのかは分からない。それでも、革命への意思はマイナスに傾いていなかっただろう。生徒会を見捨てる、つまり瀬戸内を――。
「でも、『革命』は失敗した。いざ実行するときに森吾も土尾も尻すぼみしたんだな。責任を擦り付け合って、しまいには喧嘩になった。その時にやられた傷が、今の森吾にある」
安芸津は静かに、頷きも首振りもしなかった。まるでそれが正解だといわんばかりに。
「最初の事件は、右派やら左派やらの抗争は一切ない。ただの痴話喧嘩だった。それをここまで大きくしたのは――安芸津、お前のせいだ。
お前は『革命』の事実を隠そうとして、連続暴行事件のストーリーを描いた。『ABC』もその時に思いついたんだろうな。チラシもそれぞれ準備して、ね。利用したのは、高梁警団委員長。『B』の紅林を襲ったのは彼だ。なぜなら、徒党を組んで集団リンチできるのは、彼ほどの権力を持った人間だろ。
そして、復讐心を煽られた高梁は、瀬戸内を殺すことによって、すべてのピースが完成する」
安芸津は黙ったままだった。福山は、上の空を向いていた。釣られて見上げた天の色は、話の内容にはそぐわない、美しい水色だった。人の心がこれほど透き通っていたら、なんてメルヘンなことをいうつもりはないけど。
やがて、安芸津は口を開いた。
「野暮天だけどね、一応、悪あがきはしておくよ。動いてくれた人に申し訳ないからね――まず、高梁先輩が会長になんの恨みを抱いていたんだい?」
それは――といおうとした瞬間、右の身体が動いた。
「俺がいうべきだな」
「涼亮か」
「このことは江田が知らなくてお前が知っていたのは少し不思議だったが――『新世代クラブ』ってのがあるはずだ。『NGC』の前身団体だな。三年前に名称が変わっているんだが、表向きには脱退者が多くなった『新世代クラブ』を一新するためとなっている」
そういえば――僕はそこの変動にはあまり気にかけたことはなかった。福山ならではの着眼点だろうか。
「まあ、そうは問屋が卸さないわけで。ある抗争が起こった時期とちょうど重なるんだ」
「抗争?」
「ああ。表沙汰にはなっていないがな。俺は藤田っていう『新世代クラブ』の残党から聞いたんだがな」
あ、と声を出す。僕が取り次いで廿日市に依頼した人か。
「なんでも、『新世代クラブ』に左派系の人間が押し寄せてきて、その場にいた高梁の妹に危害が加えられたらしい。まあ、命は助かったみたいだが」
「反撃は……できなかったのか」
「考えろ。当時の青沼も含め、メンバーはほとんどが中学生だ。敵は大学生。勝てる戦いじゃない。しかも、だ。最悪なことに、その襲われた場で高梁自身は不在だったようで、後でその事件を知ったらしい」
すると福山はおもむりに携帯電話を取り出して、「物的証拠は持ってきた」とサイトの画像を示した。駅前には人が群がって、その中心にはまだ未成熟な青沼兼吾がいる。これだけ若いうちから自分の意見を持ち続け、それを世間に伝えるってのもなかなかできることじゃない。
「藤田によれば、これが撮影された日の夜に襲われたらしい。ちなみにこの写真には、青沼と瀬戸内しかいない」
写真は二枚しかなかった。しかも中心となる被写体が駅の建物であって、中学生たちは背景にしかなっていなかった。それでも、若かりし青沼と瀬戸内、さらにセーラー服を着た女の子も目に入った。
「これをネットの海から探し出したのは、しゅうただ」
僕だけじゃない。安芸津もかすかに反応を見せた。
「元々、街の風景画をテーマにしていたからな。とてもじゃないが、これが限界だ。他に物的証拠はない。しゅうたに頼んだわりには、実のある収穫とはいえないな」
それでもな、と福山は続ける。
「現行犯で捕まえた以上、高梁はすべてを語るだろうよ」
「かっこよくないねぇ。いつもに増して」
安芸津の甘ったるい声。「無理くり現行犯で縄かけるなんて」
「苦肉の策だ。犯人が分かっている以上、取り逃しはしない。だが、証拠もない以上、そいつはグレーのままだ。こうするしかなかった」
ふふん、と小さく笑った。
「進平君にずいぶん影響されたみたいだね」
「かもな」
福山の返事は、ぶっきらぼうに空へと消えた。
「それとは逆に、進平君はずいぶんと頭を働かせてたんじゃない」
「いつもといってほしいんだけど」
「それはある意味君に失礼だからね。それで『革命』を気付けたのは直観だというつもりかい? 最終的には森吾君の証言があったわけだけど」
あーそのことか、と頭を搔いた。
「『下剋上』の話から、もしかしてと思ったんだ。下の者が上を潰すっていうのを安芸津はポリシーにしているのかと」
安芸津は首を縦に動かす。さしてとるに足りない論理の導き方だったようだ。
「僕からも質問していいか」
「なんだい?」
「なぜ、5月10日の会合を『教室利用確認法』に記載した? あの絶対的な証拠がなかったら、安芸津や土尾が関係していることも掴めなかった。あれさえなかったら……」
語尾が小さくしぼんでいった。僕らが辿った限りない細い糸。その先に見つけた、唯一の証拠。素直に喜ぶことよりも、敵の失敗に興味が湧いた。
「そうだね……」
腕を組んで、答えを言い淀む安芸津。
「木を隠すなら森、だからね。華月の全校生徒は千人だ。外の喫茶店で開いても、どのみち見られるリスクは上がるし」
生徒会が保存している『教室利用確認法』なら、僕ら新聞部に渡されることもないと踏んだのだろうか。情報を横流しした西本とかいうコの人間関係も、把握してないわけがない。よほど信用してたのか、それとも多少の危険を冒しても会合を開きたかったのか。
すると、唐突に福山が声を発した。
「華月が騒がしいようだが、お前の仕業か」
にんまりとした、安芸津の笑み。
案の定、か。
「安芸津――お前は、何がしたいんだ」
乾いた問いだった。
甚だしくおかしげな声色だった。
「さっきからいっているだろ。僕は面白い、楽しいことが好きなんだ。下の者が上を倒すなんて、僕だけじゃない、一般に通じる快感じゃないか。
この大集会もそうだ。敵も味方も思想も関係ない。様々な立場にいる者が一堂に集結することこそに、身体が
60年安保闘争、安田講堂……。再現できている思えないさ。だけれども、現代日本で僕は見たかった! この目で! 最高なほどに……」
眼球が開かれたところから、安芸津の興奮状態を直接的に表していた。奴の本性は、ここにある。しかし、衝撃さは与えられなかった。恐怖でもない。なんともいえない、一人の男の行く末を垣間見ている感じた。
それとは反対に、隣の彼は虚ろだった。さっきまで持っていた目の力は、消えていた。本人の口から語られた動機に、右も左もない安芸津の意思を食らったのか。
福山は、何かをいおうとした。口が開いた。パクッと金魚のように空いた唇からは、音声が出てこなかった。
代わりに、近づいてくる足音が、僕たち三人の感覚を誘った。振り向くと、猪突猛進とばかりに勢いよく飛び込んでくる少女がいた。
三原の顔は、汗だけじゃない、くしゃくしゃに髪が暴れていて、異様な姿だった。
「カナ……?」
「忍ちゃん……あんたってほんと最低ね」
震えた声に、喉から強さを滲みだしていた。
「なんで……なんで、いつも自分勝手に行動しちゃうのよ! ちゃんと考えてよ、馬鹿!」
ピシャ、と跳ねる音がした。
安芸津の顔は奥に動かされ、頬が突き出されていた。
一発だけの平手打ちに、三原の感情のすべてが表れていた。
「もう……馬鹿! 忍ちゃんの馬鹿!」
そして、大股で歩き出していった。一瞬の出来事だった。
だけど、安芸津の表情は、感情が抜けたみたいに、焦点が合わなくなっていた。衝撃派で襲われた気分だろうか。
「……しょうがねえな」
福山がそっと呟く。「安芸津……もう、大人しくしてろ」
それだけ残し、三原の行った道を辿っていった。
築かれていたものが崩れるのは、傍から見れば脆いものなのか。
「福山は、何か守ろうとしているみたい」
僕はいった。。
「進平君。素晴らしい観察眼だよ」
叩かれた右頬をさすりながら、再び笑みを浮かべる。
「もしさっきまで、君がしゅうたに変幻でもしたら……彼は狂喜乱舞するだろうね」
はて。意味を聞こうとするタイミングで、制服警官が近づいてくるのが、目の端で捉えた。
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