生徒会役員の章――Ⅵ




 意識ははっきりとしていた。

 大事を取って連れられた私は特に重病というほどでもなく、診察はテキパキと済まされた。担架の上で運ばれ、救急車の道中に進車の列へ迷惑をかけたのは、一度は経験しておくべきものだっただろう。

 私への怨恨を、高梁がずっと持っていたのは驚かない。

 あの日――まだ中学生だったあの頃。演説を終え、アジドの廃工場で打ち上げをしていた。メンバーにいた高校生が、お酒を勧めてきた。私はさすがに遠慮したが、何人かはキラキラした目で缶を受け取り、胃に収めていた。ジュースじゃんこれ、とか。そんな戯言を交えながら、今日の反省点を述べていた。

 青沼は炎天下での長時間に及ぶ演説が祟ったか、早退していたはずだ。思えば高校生が酒などを持ってきたのは、鬼の居ぬ間に洗濯をしたってことなのだろう。見た目とは裏腹に、ルールと規範にめっぽう厳しい男だ。そこには年齢も問わないから、高校生からしたら癪に障るリーダーに違いなかったはずだ。

 高梁の妹は――私の近くにいたと思う。正確には覚えていない。そもそも、名を知らなかった。あまり目立たないコだったから、名を呼ぶ必要もなかったのかもしれない。

 そして、彼らが突如として訪れた。

 一目見て、私は「勝てない」と心の内で叫んでいた。無理だ、と。

 でかい身体、占めて十人ほど。鉄パイプを片手に、ニヤニヤと舐めるように僕らを眺めていた。

「リーダーはいるか!」

 集団の中の、一人が叫ぶ。心臓に悪い、恐怖を呼ぶ声だった。恐れおののく私たち数人は、全力でかぶりをふった。

「じゃあ、副リーダーは!」

 副リーダーという役職はなかった。それでも、皆の視線が私に向いていた。

 違う。違うんだ。必死に否定した。度胸も、意地さえも、なかった。足がガクガクと尋常ないほど震えていた。たぶん、死ぬのかな――。

 その時だった。後方から、大きな木の断片がスピードに乗って飛んだ。私たちの中を突っ切って、相手集団の一人へと当たった。

 痛ってぇ……。そう、被害者は唸った。

 戦闘開始のサインだった。

「逃げろ!」

 高校生が、叫んだ。途端、悲鳴と怒号が屋内中に広がって、鳴りやまないゴングの鐘が耳をつんざいた。ゴンゴンゴンゴン、と私の心臓は動き続けていた。

 足の方向を転換すると、高梁の妹が――小さくうずくまっているのが目の端で捉えた。

 危ない。逃げろ。そう叫ぼうとした。

 でも、できなかった。名前を知らなかったからだ。

 私は泣きながら、背中から受ける絶望を浴びながら、夜の街を逃げていった。

 それから私が『新世代クラブ』を抜けたのに、時間は要さなかった。

 


         〇



 病院の待合室で、私はボーッととしていた。テレビでは、華月政治系部活の事件の集結を見せていた。情報が右から左へ流れ、頭に残ってくれなかったが。

 疲れているに違いない。

 先ほど警察が来て、私は過去の事件も含めすべてを伝えた。隠し立てするつもりはなかった。結局、あの襲われた左翼集団がどこの人間かは突き止められなかった。近くの大学で組まれた非公認サークルとか、そのあたりだろうと勝手に想像してるが。

 青沼が廊下からやってきた。スポーツドリンクを渡し、隣にドカリと座る。

「もう……終わったみたいだね」

「すべての因縁も」

 ヘリコプターからの情景では、色づけされた集団が一つ、また一つと華月の校門から散らばっていく。一日にして巻き起こった大集会は、数時間で終焉を迎えた。

「君には礼を改めて言わないといけないですね」

「その言葉は福山っていうコにとっとけよ。彼が呼んでいなかったら、会長はここにはいねえんだし。まあ、森吾と新聞部を引き合わせてくれと頼まれたのは、正直ビビったが。そこまでするんかって」

「そうだな……」

 不思議なことだ。福山と青沼は、前もって犯人を知っていたかのように、私と高梁の乱闘のさなかに割ってきた。もしかしたら……と考えるまでもないが、もしそうだとするならば、福山涼亮に礼をいう義理はないだろう。

 助かったからいいものを。危ない橋を渡ってまで、高梁を捕まえようとした。おそらく、この男がした「依頼」のために。

 高梁の復讐心を傍らに、私はのうのうと生活していた。肝心の妹は、今も車椅子での生活を強いられているとは以前から知っていた。それすらも見ないものとしていたのは、私の人間としての醜悪さを表している。

「『左閣』はどうなっているんですか」

「知らんよ。まあ、大人しくはなるんじゃない? 俺らの無実が証明されたわけだし。むしろ、紅林を襲った警団委員会及び生徒会に矛先が向きそうだけどね」

「高梁が集めたメンバー全員、『新世代クラブ』の残党らしいですよ。協力しなかったら、高梁の妹の件がおおやけになると」

「おいおい、昔のメンツにまで俺に監督責任が問われるのか? 勘弁してくれよ会長さんよー」

 そうか。会長か。私は会長なのか。思えば、遠くまで来たものだ。バドミントン部で、あの人懐っこい男が向かってきたあの時から。

「先輩は、生徒会長に立候補しないんですか?」

 


         〇



 その日、私は華月高校生徒会会長を、辞した。

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