生徒会役員の章――Ⅲ




 生徒会室は極限の緊張状態に包まれていた。

 お互いが一堂に集結したのは事件後、初めてではないだろうか。いつ流血沙汰になってもいいよう、教室の後ろにはズラリと警団委員会のメンバーを取り揃えている。ある程度の、視覚的な抑制はできるだろう。

 それでも、長机の向こう側に着座している龍泉寺を見据えた瞬間、青沼の歯ぎしりする音がここまで聞こえてきた。後方に控える高梁が立ち上がりかけたが、そのまま青沼はパイプ椅子を引いた。

 私は行司役をするつもりはない。互いの見合った状態が続くようで、ホッとした。

 部屋が多少なりとも騒がしいのは、すべての政治系部活動の首長がこの場に集結しているからだ。『NGC』『左閣』だけじゃない、右と左、それから無党派。左右の垣根を越えて、リーダー同士が会話をしているところもある。融和さえキープできれば、ここでは問題ない。

 時間だ。

 私は隣の新見副会長へと目を合わし、それから高梁と雑談をしている安芸津に視線をやった。私に気付いていない模様である。いつもの笑顔を乗せて、いつもの安芸津であった。

 いけないな。私は、彼が目線を合わせようとしたそのタイミングで、前方へと首を戻した。

「えー、皆さま。始めたいと思いますので――」

 語り合う声が名残惜しそうに、段々と萎んでいき、やがて無音となった。いやに緊張してしまう。もう一度、咳払いをして、口を開いた。

「お忙しいところ、集まっていただき誠に感謝します。臨時会合を始めたいと思います」

 ざっと見渡した。龍泉寺は怠そうに姿勢悪く座り、青沼は隣の誰かと小声で言葉を交わしている。

「えーご存知のお方も多いと思いますが、ここ最近、学校外で華月高校の生徒が頻繁に暴力行為に巻き込まれることが多くなってきました。これは政治系部活に属する属していないにかかわらず、生徒の保安において多大な問題となっています」

 沈黙。私は続ける。

「昨夜も、飯田橋駅周辺で学生たちの小競り合いが発生しました。華月生は含まれていませんでしたが、赤いタオルを巻いたある学生が『左閣』の一員であると証言したそうです」

 一瞬にして、ざわっと雰囲気が揺らいだ。周辺の二、三人が口を動かし始め、ある一点の男へと集中される。当のリーダー龍泉寺は、

「華月じゃねえんだろ?」

と面倒くさそうに口を歪めた。

 ある男が声を上げた。

「下のメンバーまで統率が取れなくなっているのはリーダーの責任だろ!」

 龍泉寺の目玉がぎょろりと動かされる。近くにいた何人かは、恐怖のために顔を引きつらせた。『左閣華月支部』のリーダーは発言者である――生真面目そうな男に焦点を合わせた。確か――あれは、『セントラル』という中道的政治系を率いている者だったはずだ。

「お前、なんか勘違いしてないか。俺は『華月支部』のリーダーなだけだ。飯田橋? 知らねえよ、んなところ。『左閣』を名乗ってる奴なんて日本探してみればごまんといるぜ? ウチもその一つってだけだが」

 私から補足すれば、龍泉寺が率いる集団は『左閣』本部から公認されている。『左閣』の本元といえば、現在の左派系政党に大きな影響を及ぼしていると噂される、一大左翼団体である。

「飯田橋は文京区だが?」

「管轄外だ。どうせ、法政大の奴らが暴れてるんだろ」

「そんなこと――」

「おおい、会長さんよお」

 とびきり大きな声で、私に身体を向けた。

「変に話が絡まると、俺も黙っちゃいられねえ。ここでぐちゃぐちゃやるのは問題になりそうだから、とっとと用を終わらせてくれ」

 時間の無駄になるのは私も同感だった。互いに声が上がらないことを確認すると、咳払いをして続ける。  

「えー、このように華月及び文京その周辺は喧騒が激しくなってきます。生徒の保安を最重視するために――」

 龍泉寺、そして青沼と目が合ったのは、ほぼ同時だった。

 私は息を吸った。

「連続暴行事件の犯人が逮捕されるまで、全政治系部活の活動を停止することを、本日、生徒会執行部の会議で決定いたしました」

 静かだった。音という概念がまるで消失したような。

 龍泉寺は黙っていた。

 青沼も、黙っていた。

 どこかに着地点を失っているような空間であり空気だった。

 今だ。畳みかける瞬間だ。私は声を震わせた。

 その時。

「反対」

 どこからか、声が上がった。知らないところからだった。

「……僕も」

「私も!」

 小さく、けれど強固に他のメンバーへと伝播していった。一人がいえば、一人がつなぎ、ウェーブのように広まっていった。ポツポツがザワザワへと変わり、そして教室中で溢れんばかりの怒号と抗弁の輪が広まった。

「生徒会の独断だ!」

「なぜ私たちだけ? 他の部活はいいのに?」

「不当な権力の使い方じゃないのか」

「犯人が一生捕まらずに、未解決事件ってなったらどうするんだ!」

「その通りだ! 警察は何をしているだ!」

「そもそも生徒会が普段から防犯活動を注視していたら……」

「生徒会はダメだ!」

「生徒会を許すな!」

「生徒会の横暴に我々政治系部活一同は断固抗議する!」

 止められなかった。

 黙っていた。黙るしかなかった。「落ち着いて! ね!」と新見副会長はなんとか宥めようとしているが、ストッパーとなる物がなにもなかった。事態が流れるのを、一人ぼっちで眺めているしかなかった。

 思わず、後ろを振り返った。

 先ほどとなんら変わり映えのしない微笑みが、頷いた。何度も、何度も、何度も。お前は正しい。今のままでいい。大丈夫だというかのように。

 安芸津、これがお前のやりたいことなのか――?

 ふと、足元のゴミ箱が目に入った。

 昨日、鞄から捨てた大量の手紙が、回収されずにまだ残っていた。

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