新聞部員の章――Ⅴ




 廿日市の友人であり新聞部の情報屋は、怖々した様子で入室してきた。名を西本にしもとというらしい。廿日市が手招きして、両端に座る僕らの間へと埋め込む。

 開口早々、西本君がクレームを不安げにいった。

「本当に……大丈夫なんですか、ここで。周りから丸見えじゃないですか!」

「静かに」

 廿日市は、唇に人差し指を当てる。「ここは図書室だぞ。静粛にしないと」

「にしたって――」

「まあまあ。木を隠すなら森っていうだろ? 変に空き教室を使ったら、余計目立つ。でも、ここなら……」

 あたりを見渡す。受験生であろうか、中間考査が終わったばっかりだから高一・高二である可能性は限りなく少ないけれど、高三生が机にかじりついてカリカリと鉛筆の音を鳴らしている。僕らも来年の同じ時期に、ああなるのかな。想像が難しいかも。

「本当に……気を付けてくださいね」

 西本君がファイルをきつく胸に押さえながら、再度警告する。

「これがバレたら……生徒会はおろか、下手したら退学ですよ」

「生徒会も人間の集まりだし、そんな未来を閉ざすよう真似はしないだろ」

「それが怖いんですよ! 逆に!」

 あ、まずい。ヒートアップしてしまったら、止まらないタイプのコだ。司書でも飛んできたら最悪。僕も加勢し、「いざとなったら、僕らのせいにすればいいさ」と宥め、落ち着かせ、ようやくファイルを机の上に置かせた。

 僕は廿日市と目配せし、ありがとう、と拝借する。黒い表紙には、「教室利用確認表」と印刷されたシールがあった。一ページ目を開くと、各教室が利用された日付・用途・人数・代表者の名前が記されている。もちろん、ここ二、三週間のものが肝だ。どこからか、証拠がうわっと浮かびだすかもしれない。

 廿日市の友人であり情報屋であり生徒会執行部の一員でもある西本君は、「廿日市さん。『例の約束』絶対忘れないでくださいね」と詰め寄った。同級生なのに、敬語である。

「ああ、分かった分かった。安心しろ。『例の約束』は必ず果たす」

「本当ですよね?」

「安心しろ」

「なにその『例の約束』って?」

「江田、お前は集中しろ!」

 怒られた。聞きたかったのに。

 ズラリと並ぶ名簿は、目を疲らさせる。昨日も一昨日おとといもそうだ。しまいには、文字がすべて脳の中をグチャグチャにして、何も入らなくなっていった。ゲシュタルト崩壊、ってやつかもしれない。

 そして、また文字の羅列だ。まあ、僕が懇願したものなんだ。責任取るのは当たり前。しかも、今の僕には、1000を超える名前を照らし合わせた経験から、自信も生まれている。

 やがて、それは見つかった。

 大声を出さなかったところは、褒めてほしい。トントンと指で叩いて、廿日市たちに教える。

「どこだ?」

「特別教室Ⅱで、日時は10日の昼休み。名前を見てくれ」

 西本君が座る席にファイルを置き、廿日市と共に覗き込む形となる。5月10日は、事件の起こる二日前。特に代わり映えのない一日に思えるが――。

「いたな」

「ああ」

 僕も深く頷いた。

 安芸津忍――用途の欄には、「右の人物が代表として、テニス部員に連絡を行います」と書いてある。人数は四人だ。

「ずいぶんと、細かく書くんだな」廿日市が感心したふうにいう。この疑問には、西本君が答えてくれた。

「政治系部活が原因ですね。普通の部活は教室の違法占拠を疑われたくありませんから、こうして長々と書くのが伝統みたいになってます」

 過去に安芸津の名が記載されたことは、ない。通常はテニス部の部長が引き受けていたようだが。果たして、ただのテニス部の会合と見ていいのだろうか。

 穿った形で見えてしまうのは、客観性を失ってることになるかもしれない。しかし、証拠がなければ僕たちは動けない。調べて、それでなかったら新聞部の中で黙殺すればいい。また、新しい鉱脈を掘ることとなる。

 もっともその場合、時間制限的には第三の事件を止めることはできないのだが。

「廿日市。宮島ちゃん、まだ学校にいるよな」

「ああ、いるぞ」

「テニス部の部長に確認できるか訊いて」

「分かった。俺たちは?」

「二年F組に行こう。特別教室Ⅱの隣だ。まだ人がいるかもしれない」

「OK」 

 二人共々、西本君に多大なる感謝の言葉を浴びせた後、すぐさま図書室を去った。廿日市は電話を掛け、そして僕の携帯電話は鳴る。なんだなんだと画面を開くと、三原だった。何かのどさくさで番号を交換していたのだろうか、とにかく開く。

「はい」

「あ、江田? あたし、三原」

「うん。どした?」

「あ、今、時間ある?」

 僕は、電話口で必死に説明している廿日市を見る。

「悪い。ちょっと今、立て込んでて。あとで折り返し電話するから」

「分かった。ごめん、忙しいときに」

「全然いいよ。じゃ、あとで」

 切り終わってすぐ、廿日市が報告する。

「律、いけるって。相手はまだいるらしい」

 僕は頷きと同時に、扉を開ける。連絡通路からは、グラウンドで戯れる少年少女がちらほらと垣間見えた。



         〇



 三階まで上って、廊下を進む。ちょうど二年F組から出てきたのは、くしくもラケットを持った少年二人だった。すかさず、声をかける。

「こんちは。ちょっといいかな」

 怪訝そうな顔でありながら、立ち止まってくれた。ありがたい。質問内容は頭で固まっている。本題へと、すぐに切り込んだ。

「新聞部なんだけど、ちょっと訊きたいことがあって。覚えてないかな、二週間前の木曜日の昼休み。君らの隣で、何か会議があったと思うんだけど……」

「うん、覚えてるよ」

 あっさりと、Tシャツ姿の片方が答えた。なあ、と長袖ジャージを羽織ったもう一方に確認する。そちらは、いやあと顔を歪めた。

「あったかもしれねえけど、ちゃんとは覚えてない」

「ほら、あっただろ。安芸津が廊下を通り過ぎるのが見えて、テニス部の集まりあったっけ、俺らは呼ばれてないよなあ、みたいな」

「うーん」

 ジャージのほうは記憶が薄いみたいだ。無理もない。ある一日にやったミーティングなんざ、覚えているほうがおかしい。逆にというか、Tシャツは自分らが呼ばれてないからと不安になったおかげで、頭に残っていたのだろう。責任感があるんだなあ。

 廿日市が訊く。「安芸津以外に、あと誰いたか」

「……えーっとね……二人知らない人がいて、もう一人はテニス部の一年だったかな。土尾っていうんだけど……」

 土尾。僕は廿日市と目を見合わせた。ビンゴ。

 声が大きくならないように、僕は質問を重ねた。

「知らない人が二人いるっていったね。特徴とか覚えてる?」

「それは……」さすがに、自信がなさそうな顔となる。「でも、その内の一人は一年生かと。背が小さかったし」

 さすがに、求めすぎた。ただ、安芸津があの土尾と繋がった時点で大収穫といえるだろう。 

 僕は彼らにまたもや多大なる感謝の言葉を並べ、「部活頑張れよ」とエールまで送った。内心は、緊張と興奮が両立してままならなかった。ついでに一階下の一年H組を覗きに行ったが、人っ子一人いなかった。

「遅かったな」僕は呟く。

「ああ。でも明日になったら逃がさねえぞ」

「そうだ。5月10日の会議には、何かがある」

 すると、廿日市の携帯電話が鳴り響いた。僕も耳を澄ませる。律さんの透き通った声が、少し慌てた感じで耳に入ってきた。

「もしもし。テニス部の部長に聞いてきたんだけど、そんな会議まったく知らないって――」

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