種まき

コアラ太

発芽

 私の知り合いのKさんは、周りの皆が認める程の美人。性格も良く、彼女は誰とでも話が出来るのが自慢と言っている。

 実際話も上手で、相手の話を引き出し、返事も早くて会話がはずむ。


 その彼女が結婚することになった。相手は30代で大手企業の課長。見た目もカッコ良く、まさに美男美女で優秀な組み合わせ。

 私を含めて皆が羨望する夫婦になりそうね。


「Kさんおめでとう!仕事も続けられるんですって?」

「ありがとう。そうなのよ。夫がそういうの気にしないって」

「やりたい仕事があるって言ってたから、良かったですね」

「本当に良かったわ」


 結婚式の挨拶で忙しそうなKさんは、次々と掛けられる声の対応をしていた。

 何度も声をかけても悪いから、ちょっと休憩しようかな。

 外に出ると、綺麗な西洋風の庭園。

 暖かくなってきたけれど、ドレスだと少し肌寒い。

 そろそろ戻ろうかと思ったら、別の参列者数人が話している。

 気にせず戻ろうとした時に、会話が聞こえてきた。

 聞こえてしまったという方が良いかな。


「Kさんのお相手は可哀想ね」


 一瞬耳を疑ったが、気になってしまった。


「そうなのか。もしかしたら似たもの夫婦かもしれない」

「まさかのお相手もそうだったの?」

「うーん。深くは入り込まない方が良いタイプかな」

「2人ともやめときなって、今日は結婚式だ」

「そうね」

「悪かったよ」


 嫌な会話だ。

 頭を振って、意識から離すと会場へ戻る。

 おいしい食事に、フルーツたっぷりのケーキ。

 ちょっと食べすぎちゃったかも。


「俺は小麦ダメだから、代わりに食べてくれ。」


 小麦アレルギーの彼氏から渡されてしまった。

 今日だけ、少しだけ。お祝いだから良いよね?

 その後も美しい2人を中心に、幻想的な式が終わった。




 あれから互いに忙しくて数年会えてなかったけど、久しぶりに見かけたKさんは変わらず綺麗。

 だけど、やつれてるように見える。


「Kさんお久しぶり!」

「あぁ、お久しぶり。元気だった?」

「全く変わらないわ。仕事もパートナーもね」


 それなりに安定してきたから、そろそろ言うかと思ってたが、全然話出さない。

 それなら、自分から言ってやろうかと友達に愚痴ることが増えた。


「Kさんは元気してました?」

「えぇ…。元気してたわ。仕事も一歩ずつね」

「良かった。少し疲れて見えたから」

「そう?…Yちゃん、種って知ってる?」

「え?種?」


 いきなりのことで、うまく返事出来なかった。


「あ、ごめんね。そろそろ行かなきゃ」

「あ、はい。それじゃあ」


 手を振って別れたが、暗い表情が気になる。

 それにしても種って何だろう。

 家に帰ると、彼が居たので話してみた。


「そっちには話行ってなかったの?」

「何のこと?」


 Kさんの夫の知り合いには、流産したという話がまわってきたらしい。何で言ってくれないのかと尋ねたが、良く無い話を言いふらすのも悪いと思ったらしい。

 彼はKさんの夫と友人で、と言ってもそれほど濃くないようだけどね。

 その関係から連絡が回ってきたらしい。

 彼は情報が回ってきたことにも不信感があって、その繋がりも今は切っていると言ってきた。

 そんな話は全く聞いてなかったので、驚いたわ。

 しかも、結構しつこい連絡もあったらしい。


「こっちは刺激しないようにやるから、Yも気をつけた方が良いよ」

「わかったわ」


 数年経っても私の知り合いには、怪しい話は来なかったけど、それでもまだ注意している。

 そんな折に、街で再びKさんを見かけると、1歳くらいの子供を抱いていた。

 表情も良く、顔色も良くなっている。


「Kさん!元気してました?」

「あぁ!Yちゃん久しぶりね」

「お子さんですか?」

「そうなの。女の子よ。Aって名前にしたの」

「わぁ。Aちゃんかわいい…」


 私が覗き込むと、しかめっ面だったのが、一瞬で笑顔に変わったように見えた。


「私が言うのもおかしいけれど、かわいいでしょ?」

「えぇ。良い笑顔ですね」


 時計を見ると、そろそろ待ち合わせの時間だ。


「ごめんなさい。待ち合わせがあるので!」

「またね」


 赤ちゃんは気のせいだろう。

 だけど、隣の人は結婚した相手だよね?あんなに無表情だったっけ。

 友達との待ち合わせに間に合って良かった。


「ちょっと知り合いに会って話こんじゃったけど、ギリギリ」

「珍しく私が先だったから、間違えたかと思ったわ」

「たまには良いじゃ無い。それよりKさんに会ってね。子供が生まれてたのよ」

「…へぇ」

「どうしたの?友達じゃないの?」

「いや、最近は全然連絡してないのよ。会っても無いし」

「あ、そうなの」


 これ以上話しても、盛り上がらないだろうから、別の話にしよう。




「久しぶりに思いっきり楽しんだわ!」


 心地よい疲れと満足感がある。


「私も楽しめたわ」

「次は何ヶ月後かしらねぇ」

「お互い忙しくなってきたからね」

「じゃあね!」


 帰ろうとしているところを止められた。


「ねぇ」

「どうかした?」

「Kさんとはもう関わらない方が良いと思う」

「え?」

「ごめん。変なこと言った。じゃあね!」

「え、うん」


 友達が去り際に『種』と言ったように聞こえた。

 以前聞いたことがある。疲れた表情のKさんも言ってた『種』って何?

 帰りの最中ずっと頭の中をグルグル回っている。


「そこの方。落とし物ですよ」


 気づけば手に持っていた荷物が落ちてしまっていたみたい。


「あぁ、すみません」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 下げた頭を上げると、そこには何もいない。

 だけど、一瞬しか見ていなかったのに、記憶には鮮明に残っている。

 1人の髪の長い少女。

 綺麗な顔立ちで、にこやかな表情だけど、ちょっと怖かった。




 ここ数日は、ずっと種のことを考えている。

 ネットで調べてみてもありきたりな情報だけ。

 今日は休みだったのに、種を考えて一日が終わりそうだ。


「ただいま」

「おかえり」

「悪いけど、すぐにまた行ってくる」

「え?どうしたの?」


 ものすごく言いづらそうにモゴモゴしていたが、やっと言葉に出すと驚愕する。

 Kさんの夫が亡くなった。

 数日前に会ったばかりなのに。


「私も準備する!」

「待って!来ない方がいい!」

「なんで?」

「変死だと聞いている。俺は招待されたから行くが、Yに見せたく無いし、向こうの家族も多人数に見られたくは無いだろ」


 あまり強く言えなかったので、結局行けなかった。

 そこで、ふと遊びに行った時のお土産を、開けてないと思い出す。

 一度落としてしまったから底が少しスレている。


「焼き菓子にしておいて良かったわ。生だったらダメになってた」


 見た目が良くて買ってしまったクッキーアソート。

 今は食べる気にもならないな。

 蓋を見ると小さな豆のような物がついている。

 気になって手に取ってみるが、よくわからない。

 集中してたのか喉が乾いてきた。


「冷蔵庫にお茶は…切らしてる」


 コンビニで買ってくるか。

 お茶を買って帰ってくる時、手が冷えたのでポケットに突っ込んだ。

 手先に当たるものがある。


「これってさっきの豆」

「お姉さん面白いね」

「え?」


 目の前に荷物を拾ってくれた子がいる。


「その子私のなんだ」


 そう言って私の持つ豆を指す。


「これ?荷物に紛れたのね。返すわ」

「ありがとう。お礼に面白いの見せてあげる」


 少女が受け取った玉を握りつぶすと、煙が吹き出して私を包む。


「それは記憶。ある人にとっては、楽しい楽しい思い出だよ」


 映る情景はどれも暴力や暴言、とても言葉で表せない。


「こんなのヒドイ」

「よく見て。あなたの知り合いにもいないかな?」


 Kさんと亡くなった旦那さん。私の友達や彼氏もいる。

 みんなそれぞれに何かを傷つけている。

 その対象が人間か動物か。


 旦那さんは花が咲いている。

 Kさんは芽が出ている。

 友達と彼氏は種が少し大きくなった程度。

 私の胸にある種は、まだ小さい。


「これは、これが『種』」

「そう。その種が大きくなると」

「大きくなると?」

「将来良いことが起こるよ!」


 それだけ言うと、少女の体から何かの植物が生えてくる。

 目鼻口、皮膚を突き破っているのに、高笑いが耳で木霊する。

 そのグロテスクな光景と音波が膝を砕いていく。


「Y!大丈夫か!?」


 気づけば見慣れないベッドに寝かされていた。


「起きたか!?何があった?」

「少女が。種が。」

「見たのか!」


 あぁ、彼も知ってたんだ。


「何の種だった?」

「わからない。小指の爪くらいの豆みたいだった。」


 あとで調べると私が見たのは大豆だった。

 あれ以来、人の胸に種が見える様になり、大豆は見るだけで嫌悪感を感じる。

 私の胸には大豆、彼の胸には小麦がある。

 毎日互いに確認し、大きくなってないと安堵する。


 Kさんは旦那さんが亡くなった5年後に、事故死した。

 死因は圧死。

 倒れた戸棚に挟まれていたという。


 5歳になっていた彼女の子供は、胸に枯れかけたスノードロップを残していた。

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種まき コアラ太 @kapusan3

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