第30話 ゴロゴロカーンといかなくて 2
「さーさー、お次は柳の番だよ。あ、ガター防止のバー出したほうが良い?」
「……馬鹿にしてる?」
ボールの穴に指をはめながら、思わず京子の方を見る。
「いや、割と真面目なんだけど」
「……別に必要ない。私も、京子と同じでいい」
なんか、そういうのはズルしてるみたいで嫌だった。どうせなら私も、京子と同じ条件で勝負したい。それに京子には散々馬鹿にされているけど、やってみたら意外と才能あるかも知れないし。いきなりストライクを出した私に、京子が目をひん剥いて「えー? 柳上手くない?」とか驚いている姿を想像する。そんな表情も可愛い……、じゃなくて!
脳裏に浮かんだ謎の妄想を振り払うべく、ぶるんぶるんと首を振る。集中しろ、集中。
まあ、何にせよ一投目。何事も最初が肝心だ。私は気合を入れてキッとピンの方を睨みつつ、見様見真似で勢いよくボールを転がした。ごろごろごろー……、ガタッ。
「あう」
ガターだった。
どうでもいいけど、溝に落ちるとき、ガタッていうからガターなのだろうか。絶対違うな。
「ほら、だから言ったのに」
「ち、ちが……っ! 今のはその、手が滑ったというか……!」
苦しい言い訳をする私を、京子がはいはい、と穏やかな顔つきでなだめてくる。
うー、なんか、すごい納得いかないなぁ……! 見てるぶんには簡単そうなのに……!
「やっぱり、バー出した方がいい?」
「……いや、いい。私も京子と同じがいい」
ぷるぷる、と力なくかぶりを振る私。自分だけハンデありにする気にはなれなかった。
「まあ、ならいいけど。もしかして柳って、意外と負けず嫌い?」
「え? そんなこと……、ない、と思うけど」
反射的に否定してしまったけれど、どうなのだろう。少なくとも、妹とスマブラやるときなんかは割と本気でボコボコにしているし、もしかしたらそういう一面もあるのかも知れない。
でも、そういうのって自分じゃ中々わからないっていうか、意識することが少ないから気づきにくい。何気ない癖とか性格とかって、その人のことを意識的に注視してみて初めて気がつくものだから。
あれ? でもこの理屈でいくと、京子が私のことをある程度、意識してくれているということになるけれど……、うへへ。いや待てうへへってなんだ、うへへって。
脳内に突如として表出した謎の反応に私が一人で混乱していると、京子が唐突にレーンの手前まで上がってきた。どうしたのだろう、と思って振り向くと、いきなり私の背後から両の手首を軽く掴んできた。そのまま、私の手の上に自分の掌を添えてくる。
「ちょ……⁉ きょ、京子……⁉」
思わず、ピクッと全身が震える。京子の繊細な掌の感触をもろに感じて、あっという間に頬が紅潮するのがわかった。
「あ、もしかして嫌だった?」
「い、嫌ってわけじゃ、ないけど……」
身長差のせいで、京子が言葉を発する度に耳朶に温かい吐息がかかる。その感触にゾクリとしてしまって、なんだか変な気分になる。……なんなのよ、急に。というか京子、近いって!
「だよね。なんか合宿のとき、やけに甘えてきたし」
「え……っ⁉ いや、そのときは、その……っ!」
何か言い訳をしようとしたけれど思い浮かばず、唇をごにょごにょさせるだけになってしまう私。我ながら情けない。
「とにかく、私が投げ方教えて上げるから。ほら、こうやって……、こうするの。わかった?」
「……う、うん」
まるで京子の操り人形にでもなったみたいに、京子の動作に合わせて身体が動く。五回ほど反復練習させられてから、京子がすっと私の背中から離れた。
「まー、とにかく今教えた感じでやってみなよ」
「わ、わかった。……頑張る」
京子にわざわざ教えてもらった以上、無様な結果を出すわけにはいかない。若干の緊張を覚えながらも、身体に残っているさっきの動きをなぞるようにして、二投目を放つ。
ごろごろごろー……、カン。
二本倒れた。……微妙、だよね?
むむぅ、と軽く唇を窄めながら振り返る。と、京子は嬉しそうな顔つきで「当たったじゃん」と軽く拍手などしてくる。京子と比べたら下手くそなんてものじゃないと思うんだけど。
「ありがと」
でも今はそのお世辞に、素直に乗っかってみることにした。
最初は下手くそだった私だけれど、一ゲーム目が終わる頃にはボウリングにも慣れてきて、ひとまず京子と同じくらいの本数を倒すことができるようになった。
二ゲーム目が始まり、ごろごろかーん、と二回ずつ交互にボールを投げ続ける。
私と京子なので、やっぱり、会話はそんなに多くない。でも、それが心地よかった。沈黙が訪れる度に何か話さないとって焦ったり、或いは絶え間なく質問を投げかけられ続けるよりかは、よっぽど居心地がいいし気楽だ。隣にいるのが京子だからこそ味わえる、充足感。
こうして少し余裕が出てくると、自然と頭の中に浮かんでくる事がある。白木のことだ。
今、私は何食わぬ顔で京子とボウリングに興じているけれど、本来、京子と一緒にいるのは私じゃなくて白木だったはずで。私があのとき白木のことを裏切って、京子を遊びに誘ったりなんかしなければ、こんなことにはなっていなかったわけで。
白木には合宿の二日目に、京子はどの日も用事がある、と伝えてそれっきりだ。そのときの白木の残念そうな顔を思い出すと、今でも強い罪悪感に苛まれる。私は一体、何をやっているんだろうって、どうしてあんなことを言っちゃったんだろうって、深い悔恨の念に襲われる。
謝ろう、と素直に思ったことはある。でも、できなかった。もし、そんなことを伝えたら白木はどんな表情をするんだろう。私は白木からどんなふうに思われるんだろう。そう考えると怖くて、とても言い出すことなんてできなかった。
……でも、もしかしたらその方がいいんじゃないの? 知らぬが仏って言うし。
この事実は私の胸の中だけに秘めておくのが一番良いんじゃないだろうか。私にとっても、白木にとっても。白木としては、知らなければ傷つくことなんかないわけだし。私としても、失望されずに済むわけだし。明らかな正当化だけど、そんなふうに考えてしまいそうにもなる。
合宿が終わってからというものの、私と白木は顔を合わせていない。そのことにホッとしている自分がいて、我ながら最低だな、と嘲笑がこぼれそうになる。不誠実にもほどがある。
……本当に。私は一体どうして、京子を遊びに誘ったりなんかしてしまったのだろう。これじゃ、まるで白木に対する当てつけみたいじゃないか。
改めて、どうかしていたと思う。私は、馬鹿だ。大馬鹿だ。
「柳? 次、柳の番だよ?」
レーン後ろのソファに座り込んでいた私に、京子が声を掛けてくる。それで我に返った。
「あ、ごめん。……ちょっと、ボーッとしてた」
京子は何を考えているのかよくわからない面持ちで、レーンの手前から私のことをじっと見つめてくる。落ち着いた足取りでこっちまで戻ってくると、私の隣にぽす、と腰を下ろした。
「ちょっと休憩する?」
「休憩? んー、じゃあ、そうする」
実際、腕が疲れ始めているところではあった。休息を入れるには、丁度いい頃合いかも知れない。肉体的にも、精神的にも。
そのまま特に何かを話すわけでもなく、ぼうっと天井の辺りを見つめる。お爺ちゃんお婆ちゃんが豪快にピンをなぎ倒す音が、小気味よかった。
「もしかして……、文化祭のこと?」
京子が少しだけ決まりの悪そうな表情で、そんなことを言ってきた。
「いや、なんかちょっと、元気なさそうな顔してたからさ。そのこと考えてるのかなーって」
「……そういうわけじゃ、ないんだけど」
まさか、本当のことを京子に伝えるわけにもいかないけれど、嘘を吐く気にもなれなかった。
曖昧な物言いでお茶を濁して、誤魔化す。私の常套手段だ。
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