第26話 スマブラと人間関係
「――よし皆、スマブラやろうぜ!」
真鍋が唐突にそんなことを言ってきたのは、私が一人でぼうっとペットボトルのお茶を飲みながら、髪を乾かす京子の姿を観察していたときのことだった。
一つ断っておくと、これは、白木からのお願いを果たすために京子と二人きりになるタイミングがないかと思案していただけなのであって、他意はない。相変わらず髪の毛綺麗だなー、とか思ったりしてしまったけれど、それは不可抗力だから問題ない。……問題ない。
真鍋がスイッチのコントローラーを掲げながら、全員のことをキョロキョロと見回す。本体についている一組と、追加のが一組の、計四つ。丁度、人数分だった。
「おー、スマブラ持ってきてたんだー。準備いいじゃん。私はやるけど、西宮と本庄さんは?」
「……あ、えっと。じゃあ、私も」
折角、用意してくれたのに断るのも野暮だろう。それに一応、スマブラは経験あるし。
「よし、二人確保。京子は?」
「え? わたし? ……うーん」
即答せずに思案顔を浮かべる京子。こういうときに断るイメージがないので、意外だった。
「じゃあ、どうせならやろうかな」
「おっし、全員参加ね! 今用意するから、ちょっと待って!」
かくして、四人で座卓に置いたスイッチの周りに集まって、スマブラ大会が始まる。なんか、本格的に修学旅行じみてきたな、これ。
だが、一戦交えてみたところで早速、一つの大きな問題が浮かび上がってきた。
「……待って。もしかして西宮って、スマブラ未経験?」
京子のあまりにも辿々しいキャラの動きを見て、真鍋が一旦プレイを止める。
「あ、うん、ごめん。わたし、家にゲーム機とかなくって……」
「マジかよ」
真鍋が目をひん剥く。そういえば、初めて京子の部屋に上げてもらったとき、特に遊ぶようなものがないって言っていたっけ。今どき、ゲームに全く触ったことがないというのも珍しい気はするけれど、京子ならば納得できる。
というわけで一旦、勝負は置いておいて、京子に一通り操作を教え込むこととなった。
ゲーム経験が皆無なせいでだいぶ不慣れな手付きだったけれど、こんなふうに何事かに悪戦苦闘する京子を見るのは新鮮で、これはこれで面白かった。
ある程度は動かせるようになったところで、再び試合に戻る。何戦かすると強さの序列が見えてくるものだけど、意外なことに一番強いのは日比谷だった。本人曰く、弟にねだられて相手してあげてるうちに、いつの間にか上達していたらしい。それ以降は二番目が私、三番目が真鍋、そして四番目が京子と続く。
……しかし、こんなふうに一人ひとりの強さに差があると、何かと気を使うことが多くて疲れる。格下相手に本気を出すのも悪いし、適当に手加減しなければならないから。しかも、あまりあからさまにならないように、さり気なく。
妹とやっているときはこんなことに気を回す必要もないのだけれど、今、一緒に遊んでいるのは家族じゃない。となると、ちゃんと皆が楽しめるように意識する必要があるわけで。真鍋や京子を全力でボコボコにして、「ははは雑魚め!」とかやるわけにもいかないのであって。
そうこうしているうちに、先生から消灯時間だからもう寝ろとのお達しを受けて、スマブラ大会はお開きとなった。言い出しっぺの真鍋もなんだかんだ根は真面目らしく、素直にゲームを切り上げて就寝準備を始めた。私もそれに倣う。
スマブラだし、楽しいことは楽しかった。でも……、正直な感想を言ってしまうと、楽しいというよりかは、疲れた。気を使わなきゃいけない部分が多くって。
娯楽はあくまで楽しむためのものなのに、それで気苦労するなんて。なんだか本末転倒だな、などと、軽く自嘲してしまう私なのだった。
「それじゃあ、電気消すね」
パチリ、と京子が壁際のスイッチを押して、部屋の明かりが消え失せる。さっきまでの明るさに慣れきっていた瞳では、何も視界に捉えられなくなる。けど、次第に瞳孔が開いてきて、自分の布団に向かって歩いていく京子の姿が目に入った。
皆、なんだかんだ練習で疲れていたのだろうか。特に夜更けまで雑談に興じるということもなく、電気を消してからは大人しく横になっていた。頭の方から寝息らしきものが聞こえてくる。真鍋と日比谷は、もう寝たのだろうか。
京子は、と思って身体を九十度回転させて横向きになる。……寝ているのだろうか? 眼鏡を掛けていないから、全然見えない。寝息みたいなものは聞こえてこないけど。
結局、上手いこと京子と二人きりになれる場面はなかった。合宿は明日で終わりだ。それまでに、どうにかして白木からのお願いを果たさないといけないのに。
スマホで訊くという手もあるけれど、予定を訊くだけ訊いておいて何もない、というのも不自然だ。雑談の流れでそれとなく尋ねるのがベストだと思うけど、明日、その機会はあるのだろうか。
そんなことを考えながら、布団に入った京子のことをじーっと見つめる。
すると突然、京子がぐいっとこちらに身を乗り出してきた。
「え……⁉ 京子――」
「しーっ。声が大きい」
思わず驚きの声を漏らした私の唇に、京子が人差し指を押し付けてくる。それでドクン、と心臓が力強く脈打ったのがわかった。
ま、待って。私……、今、京子の指にキス、してるってことだよね……⁉
意識した瞬間、心臓が破裂しそうになった。自分の布団から乗り出した京子の顔が、私の枕のすぐ側にある。これじゃまるで、京子と添い寝しているみたいだ。恥ずかしさで顔を逸らしそうになって、でも間近で見つめる京子の顔はやっぱり綺麗で、見入ってしまう。
黄金色の長い睫毛が、暗闇の中で淡く光る金髪が、清らかな湖面みたいな瞳が、薔薇色のぷっくらとした唇が、毛穴一つ見当たらないきめ細やかなほっぺたが、私の目を釘付けにして離さなかった。
「それで、どうしたの?」
京子は指を私の唇から離すと、囁き声で話を切り出してきた。
「ど、どうって……、何が?」
高鳴る心臓の鼓動が京子に聞こえないよう祈りながら、私も声を潜めて言葉を返す。
「さっきから、何か言いたそうな顔でこっち見てたからさ。どうしたのかなって」
「それは、えーっと……」
訊きたいことは、確かにある。あるけど、こんなに顔が近くにあってドキドキしてる状態じゃ、まともに会話したりなんか出来るわけがなかった。
「大丈夫だよ。二人とも、寝てるっぽいし。訊かれたりしないよ?」
京子が平然と言ってくる。でも、そういう問題じゃない。単純に、こうして至近距離に京子の顔があることが問題なのであって。
「もしかして、ここじゃ話しにくい?」
「……その、まあ、うん」
目をくるくると泳がせながら、歯切れ悪く答える私。
電気が消えててよかった、と安堵する。赤く紅潮した頬を京子に見られなくて済むから。
京子がうーん、と顎に指を当てながら思案顔を浮かべる。さっきまで、私の唇に触れていた、あの指だ。意識するとまた恥ずかしくなってきそうだったので、慌てて目を逸らした。
「じゃあ、二人でちょっとだけ、イケナイことしちゃう?」
冗談めかして笑う京子に対し、私は両頬を焼けるような朱色に侵食されながら、コクコクと首を縦に振ることしか出来ないのだった。
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