第24話 お風呂クライシス 1

 白木との個人練習の成果もあって、あれ以降は取り敢えず、つっかからずに読み上げるくらいはできるようになった。全身を締め付けられるような気まずさから解放されて、ひとまず、胸を撫で下ろす。


 昼休憩を挟んで、午後の練習が始まる。今度は発声練習をしてから始めた。


 クーラーが入っているとはいえ、お腹の底から声を出し続けていたら結構、疲れる。夕方になって練習を切り上げたときには、室内にいたのにも関わらず軽く汗ばんでいた。


 うちの学校には数年前に建てられたばかりの宿泊棟というのがあって、届け出を出せばそこに泊まることができる。部活の合宿のために作られたものらしいけど、私達のように、文化祭の練習合宿などのその他の目的で使用することも可能だ。


 宿泊棟は二階建てで、比較的新しいこともあり小綺麗な印象を受ける。


 私達には四人部屋が二つあてがわれていて、私と京子と真鍋と日比谷で一部屋、もう一部屋に白木及びその他三人、という部屋割になっていた。


 部屋に入る前、白木が悔しそうな、名残惜しそうな瞳で京子のことを覗き見ていた。まあ、人生とはそういうものだ。何もかも都合よくいくことはない。


 部屋の内装には、これといった特筆すべき点もない。さして広くもない和室で、木製の座卓と座布団が置いてあるだけ。テレビもなければ冷蔵庫もないし、宿泊環境としては下の下といったところだけれど、文句は言えまい。無料で使わせてもらっているわけだし。


 宿泊棟にはキッチンもあるのだけれど、作るのが面倒くさいということで夕食はファミレスで済ませた。ところで、もしかしたら京子はファミレス入るの初めてなんじゃないだろうか、とか思ったりしたのだけれど、そんなこともなかった。慣れた様子で注文したり、ドリンクバーに飲み物を取りに行っていたりした。若干、残念だった。何がだ。


 夕食後の予定は入浴だった。宿泊棟にあるのは大浴場だけなので、必然的に複数人で一緒に入浴することになる。割り振りは、シンプルに部屋ごとになった。


 鞄の中からタオルと着替えを持って、四人で浴場へと移動する。


 さて。脱衣所では京子たちと一緒に脱ぐことになるわけだけど、私は無論、同性の裸に興味はない。だから別に、京子たちの着替え姿を観察してしまったりはしない……、のかと言われれば、そういうわけでもない。


 ……その、まあ、なんと言いますか。同性が恋愛対象であろうがなかろうが、同性故に気になるところがない、とも言えなくはないわけで。脚の細さとか、お腹周りとか、……あと胸の成長具合とか。私に比べて同年代の子達ってどのくらいなのかなー、とか考えてしまったりするお年頃なのであって。


 脱衣所の端っこの方に陣取って、コンタクトケースを探しているフリをしながら、さり気なく他の三人を観察してみる。


 冷静に考えると何やってるんだ、って感じだけれど、とにかく、ちょっとだけ盗み見てみる。


 私なんかは人前で裸になるのに躊躇してしまったりするタイプなのだけど、他の三人には気恥ずかしがる様子はなかった。パッパパッパと服を一枚、また一枚と剥ぎ取っていく。


 こういう感性、私からしてみれば不思議で不思議で仕方ない。個人的には、たとえ同性だろうがなんだろうが、他人の眼前で裸になるという行為自体に相当なハードルを感じてしまうのだけど。なんで、あんなに何食わぬ顔で素肌を晒せるんだろう。恥ずかしくないのかな。


 そもそも、ここは脱衣所だから脱いでいいって、何それ? 女しかいないからいいの? ちょっと壁に囲まれているってだけで、平然と裸になるの? ここ、学校の中なのに? 私達、学校で全裸になるんだよ? 非常にアレがアレでアレな状況じゃない? こんなふうに考えると、もう、何が何だかよくわからなくなってしまう。中々に哲学的だ。どこがだ。


 私がそんな下らないことを頭の中でぐるぐると考えているうちに、他の三人はとっくに着替え終えてしまっていた。


 ……うわ、やっぱり真鍋って、運動部だからか凄く引き締まった身体してるな。こうして一糸まとわぬ姿を見ていると、よくわかった。真鍋の筋肉のついた肉体と比べたら、私なんてちょっと小突いただけで折れてしまいそうで、不健康な印象を受ける。


 私も、少しくらいは筋肉とかつけたほうが良いのかな。ちなみに胸は……、少し大きめ? いや、あのくらいが普通なのかな? よくわからない。


 対する日比谷は肌も白くて、全体的に女性らしい体つきをしている。髪の毛を巻いているせいか、傍から見ていると大人びた雰囲気があった。太っているというわけではないけれど、柔らかそうな感じとでも表現すればいいのだろうか。太ももとかが程よくふっくらとしていて、女の子っぽい。ちなみに、胸もそこそこあった。


 ……むぅ。もしかして、いやもしかしなくても、私の胸って小さめだったりする? 前々からなんとなく勘づいてはいたけれど、こうして同年代女子の胸を目の当たりにすると、ちょっと複雑な心持ちになる。牛乳とか飲んだら、もう少し成長するのだろうか。


 そして、問題の京子はというと――


「柳? 着替えないの?」


「え⁉ あいやっ、そのこれは……っ⁉」


 頭が捻れ飛ぶんじゃないかってくらいの速度で、首を九十度回転させる。


 バ、バレた⁉ もしかして、見てたのバレた⁉ いや今の絶対バレたよね⁉ ヤバいヤバいどうしよう……! なんて言い訳すればいいの……⁉


 どっどっ、と速くなった心臓の鼓動をこめかみの辺りで感じる。うぅ……、京子、知らぬ顔して先に行っててくれないかなぁ……!


「あ、もしかして柳って、人前で裸になるの恥ずかしいタイプだったりする?」


 が、どーしよーどーしよーと焦ってばかりの私とは対照的に、京子は落ち着いた声色でそんな文言を口にしてきた。それで、脳みそが少しずつ冷静になってくる。心臓が落ち着きを取り戻して、急かすみたいに喧しかった心拍音がフェードアウトしていく。


「……ま、まあその、うん。……そんな、ところ」


「そっか。そういうことなら、わたし達、先にお風呂場行ってるよ。心の準備……、って言い方も変だけど、落ち着いたら来てね」


「あ、うん……、わかった」


 それだけ言うと、京子は真鍋、日比谷の二人と共に、一足先に浴場の方へと入っていった。


 そうして一人、脱衣所に取り残される。気を使ってくれたのは嬉しいけれど、一人だけ後から入るのもそれはそれでやりづらい。どうしたものだろう、と小さくため息を漏らした。


 中学の修学旅行のときも、同じように裸になるのを躊躇してしまってたっけ。でもあのときは浴場がもっと広くて、人数も多かった。確か、クラス全員で一斉に入浴していた。それで多少なりとも気が紛れて、なんとか裸になることができたのを覚えている。


 でも今は四人という中途半端な人数だし、しかも全員が顔見知りなのだ。となると余計、変なふうに思われないかとか気になって、全裸で前に出るのが躊躇われてしまうのであって。


 だがそのとき、浴場から京子たちの話し声が聞こえてきた。京子が、あの二人と一緒に仲良く談笑している。それはまあ、いつものことだ。教室でもよく見かけるし。


 ……でも今は、裸なんだよね? 京子は、あの二人の前で裸になってるんだよね?


 自分でも理由はわからないのだけど、急速に対抗意識というかここにいては駄目だみたいな衝動がむくむくと湧いてきた。どうしてだ、なんであいつらだけが裸の京子と話してるんだ、そんなのおかしいだろずるいだろ、いや待てずるいって何がだ、まあなんでもいいや、今はとにかく一秒でも速く京子のところに行かないと――!


 謎の使命感に強く背中を押されつつ、今までの逡巡が嘘だったみたいに一瞬で全裸になった。


 そのまま、早歩きで浴場の中へと足を踏み入れる。

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