第16話 スマブラと家族関係

 ファミレスから出て白木と別れ、私は一人、帰路につく。


 季節は相変わらず梅雨の真っ只中で、今日も今日とて灰色の雨雲が天球を覆い尽くしていた。六月だし、それが自然なのだけど。


 でも考えてみれば、入学してからまだほんの二ヶ月強しか経過していないのか。もう半年くらいは経っている気分だった。そんなふうに感じるのは、ここ最近、やけに心労を感じさせる出来事が多いからだろうか。一日一日の濃度が、今までと比べて遥かに高い。


 雨が、透明なビニール傘をパラパラと打ち付ける。その音に耳を傾けながら、家路を辿る。


 自然と足が早くなるのは、靴下が湿らないうちにさっさと帰りたいからだろう。うちの両親は共働きだから、愛する家族が待っていたりはしないけど。


 ああでも、親はいないが猫がいる。昔から飼ってるのだ。それに、もしかしたら妹も家にいるかも知れない。この雨だと、外に遊びに行く気も失せてしまうだろうから。


「ただいま」


 玄関の扉を開けると、猫がととと、と小走りで出迎えてくる。いつも思うのだけど、どうやって勘づいているのだろうか。足音かな。耳いいなぁ、と感心する。


 なんにせよ、愛らしい生き物にお出迎えされて気分が悪くなる人間はいない。かがみ込んで頭を撫でようとする。が、逃げられた。姿を見たらそれで満足と言わんばかりに、ととと、と再び小走りで廊下の奥へと消えていく。まあ、猫とはそういうものだ。そこも可愛い。


「あ、ねーちゃんおかえりー」


「ただいま」


 荷物を置いて居間へ行くと、妹がテレビの前に陣取っていた。ガチャガチャと真面目腐った顔つきでスマブラやってる。グラスで水を飲みながら、しばし後ろから妹のプレイを鑑賞する。


「うわ、今の下手くそだなー」


「うるさい」


 妹の文句を無視しつつ、テレビ台の中からコントローラーを引っ張り出す。


「それ終わったら私もやるから」


「えー、やだよ。ねーちゃん強いから」


「格上とやらなきゃ上達しないでしょーが」


 そんなこんなで二人並んでテレビの前に陣取って、姉妹仲良くスマブラに興じる。お互い、割とガチでやってるので無言だ。ゲームの音声と、コントローラーのガチャガチャ音と、雨の音だけが大して広くもないリビングを埋め尽くす。


「はい勝ち。出直してきな」


 年甲斐もなく妹をボコす私。中々に痛快だった。雑魚め。


「あのさぁ……、ねーちゃんには手心を加えようとか、妹に接待しようとかいう気はないわけ?」


 妹がすげー不服そうな目で睨んでくる。なんだ、生意気な。


「生憎、私の気遣いポイントは外で使い果たしてきたところだから」


「うぜー」


 妹の文句を軽快に笑い飛ばしていると、当然のように二戦目が始まった。よし、またボコすか。私はここのところ、なにかと精神を摩耗して気疲れしてばかりなのだ。実の妹にまで気を使ってたら、私の心が持たないって。


 それにしても、こうして妹をゲームでボコボコにしてる私を京子が見たら、どんなふうに思うのだろう。意外って感じるのかな。それとも案外、驚かないのかな。


 人間が身を置く場所は一つじゃない。となると必然、環境に応じて性格というか、振る舞いを変えていかなければならないのであって。猫をかぶっているというわけではなく、そうでもして複数の自分を使いこなさないと、この世界を生き抜くことなんて不可能だから。アクションゲームで敵に合わせて装備品を変えるようなものだと思う。


 そんなわけで私は、学校ではクール系っぽい孤高の陰キャを演じているわけだけど、そのときの私と妹とスマブラやってるときの私は別物だ。だって、妹は家族だから。同級生と接するときほど、気を使う必要もないのだ。こうして手加減抜きにボコボコにできるくらいには、まあ、気軽に接することができる。私にとって、家族というのはそういう存在だった。


 そこまで考えたところで二戦目が終わる。当然、私の勝ち。愉快愉快。すぐに次が始まる。


 だけど、もしかしたら京子にとっては違うのだろうか。私からしてみれば家族というのは一応、肩の力を抜いて接することができる数少ない存在だ。でも京子は、どうなのだろう。


 あの日、京子の両親は京子が内心で嫌がっていることをわかってなかった。だから今こうして、まったくの部外者である私が気苦労で死にそうになっているのであって。


 本当、勘弁して欲しい。親なら、そのくらい察してあげたらどうなのだろう。


 けど、先日の述懐を鑑みると京子も京子で、何やら両親に対して壁を……、作っている? 感じている? ような気がしてならなかった。腹を割って事情を洗いざらい話したら、意外とすんなり問題が片付いてくれるような気もするのだけれど。


 でも、家庭の事情にまでとやかく言う資格は私にはないだろう。というか、そんな怠いこと絶対したくない。けど、どうにも、やきもきした気持ちになるのは確かなのであって。


 そしてなにより、白木に対する後ろめたさもグイグイと背中を押してくるわけであって。


 ……うーん。結論、人間関係は面倒くさい。


 そんなことをゴチャゴチャ考えていたら、操作をミスった。あ。やば、負けた。


「どうだ見たかこの雑魚めが! どぅわっはっはっは……! やべー、ちょー気持ちいいー」


「うざ」


 なんだこの妹。たった一回勝ったくらいで、水泳の金メダリストみたいなこと言いやがって。


 自然と四戦目が始まる。当然、ボコボコにしてやった。

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