第15話 弁明
「――と、いうわけなんだけど」
京子と一緒に文化祭劇の主役を務めることが決まった私は、説明というか弁明というか言い訳を試みるべく、前回と同じファミレスに白木とともに赴いていた。
説明の筋道は昨夜のうちに何度も何度も吟味をしておいたから、簡潔かつ明晰な話にはなっていたはずだ。けど、話が理解しやすいからといって相手が納得してくれるとは限らないわけで。項垂れがちに説明を続けていた私は、恐る恐る首を上へと上げていく。
「へぇ、そういう経緯が」
白木が真面目くさった面持ちで小さく首肯した。反応が薄いせいでいまいち内心でどう思っているのか掴みきれなくて、不安になる。
白木のことだから正面切って批判してきたりはしなさそうだけど、裏で何を思われてるかはわからない。そんなふうに思考を進ませていくと、胃の痛みも二割増しになる。私はいつも、物事を悪い方面に考えてばかりだ。こんなことだから気苦労ばかりが大きくなっていくのかも知れないけれど、そういう性格に生まれついたのだから、今更どうこうできるはずもなかった。
取り敢えず改めて謝罪しようと思い、ごめんなさい、と口にして頭を下げる。
「いやいや、謝らないでよ。元々、私が無理やりお願いしてたんだし。気にしてないよ」
やはり、白木が私を直接的に糾弾してくることはなかった。ひとまず安堵しつつも、気まずさが完全に払拭されることはなかった。しばらくの間、お互いに黙り込む。
「でも、意外だったな」
沈黙を嫌ってか、ちびちびと飲み物に口をつけていた白木が話を切り出してきた。
「話の流れとはいえ、まさか本庄さんが白雪姫役をやるなんて」
「うん。……正直、自分でも戸惑ってる。なんであんなこと言っちゃったんだろうって」
私って、実は結構、直情的に行動するタイプなのかな。いくら変に熱くなってたとはいえ、他に言いようというか、やりようはあったと思うのだけど。
あはは、と白木が不器用な愛想笑いを浮かべる。
「でも、本当に意外だな。本庄さんでも、そんなふうに勢いで動いちゃうことってあるんだ。基本、常に冷静に生きてる感じがしてたんだけど、案外そうでもないんだ」
「それ、京子にも似たようなこと言われた」
というかそもそもの話、私ってそんなにクールな人間として見られているのか。
ある程度は意図的にやっている部分もあるから当然かも知れないけれど、こうして面と向かって言われるとなんとも不思議な心持ちになる。私にとっての自分は、いつも内心で余計なことばかり考えて、一人で勝手に消耗してるような滑稽な人間なのだけど。
「ところで本庄さん。一つ、訊いてもいいかな?」
と、白木がいやに改まった様子で、それでいてどこか不安げな表情で言ってきた。
それで内心、うげ、と思う私。また面倒事でも押し付けられるのだろうか。そうした心の機微は適当に隠しつつ、まあいいけど、と続きを促す。
「本庄さんと西宮さんって、どういう関係なの?」
恋人(偽)だよ? なんて言えるわけがなかった。一瞬の硬直の後、友達という非常に当たり障りのない回答をする。というか、それ以外にどう答えろと?
「ああいや、そういうことを訊きたいんじゃなくて……。その、二人ってさ、なぜか名前で呼び合ってるでしょ? ちょっと前までは、親しげにしてる様子なんて全然なかったのに。もしかして、どこか学校の外とかで会ったりしてるのかなって思って」
なんとも返答しにくいことを訊いてきやがる。うわ面倒くせー、という反感がぬっと頭をもたげる。そんなに気になることかな? いや、気になるか。だって、京子のこと好きなんだもんなぁ、白木は。しかし、となると余計に事情を話しにくくなるばかりなのであって。
「……まあ、ちょっとね。色々と」
「色々?」
白木が不審げに小首を傾げる。そのまましばし、じっと私に視線を向けていたけれど、それ以上の回答は得られないと悟ったのか、そっか、と話を切った。白木の表情がどこか憂いを帯びているような気がするのは、私の考えすぎだろうか。
……しかし、今更気づいたんだけどさ。私と京子の偽りの恋人関係って、白木からしてみれば凄まじく問題があるんじゃないか? もし白木がヤンデレ属性持ちだったら、即座に刺し殺されて然るべきレベルの由々しき問題だぞ、これは。
むぅ……。やっぱり、なんとかしなきゃ駄目だよね。別に頼まれたわけじゃないけど、それはそもそも、私が白木にこのことを打ち明けてないからなわけだし。
しかも私は、白木からの一つ目のお願いを無下にするどころか、なんだかんだで京子と主演をやることになってしまったのだ。文句を言われたわけではないけれど、白木の心中は穏やかではないだろう。白木に対する義理を果たすという意味でも、これは急務のように思える。
だけど、関係を解消するにしても、京子になんて言えばいいの? 今更、もう嫌になったからやめる、なんて言えるわけない。となると、どうにかして根本の問題、つまり京子のご両親に許嫁のことを諦めて貰う必要がある。
そういえば京子、言ってたっけ。両親からは特に何も訊かれていない、って。だから親が何を考えていないのかわからない、とのことだったけれど、それは多分、逆も然りだ。京子の親だって、京子が何を思ってあんな行動をとったのか、はかりかねているのだと思う。
そもそも京子があんな奇行を取ったのは、許嫁に対していい心象をもっていないということを打ち明けられなかったからだ。今となっては、なぜ京子がそれを言えないのかが、わかる。わかるのだけど……、でも、本当にそれでいいの? だって、そういうことを遠慮なしに伝えられるのが家族なんじゃないの?
ここにはいない京子に対し、心の中でだけ訴えてみる。勿論、そんなことには何の意味もない。口に出さない言葉は、いずれ頭の中で勝手に薄れて、消えていくだけなのだから。
「なんにせよ、ごめん。こんなことになっちゃって」
「あ、こっちこそごめん。私のせいで、本庄さんに大役やらせることになっちゃって」
改めて頭を下げた私に対し、白木が恐縮した声色で言う。
「私のことは気にしなくていいから。最上の形ではなかったかも知れないけど、西宮さんが役をやってくれることになったんだもん。話す機会はできると思うから。夏休みの合宿とかで」
「え? なに?」
私は目を瞠った。今、白木、なんて言った? なんか、合宿とか聞こえた気がするんだけど、聞き間違いだろうか。愕然とする私を見て、胡乱げに首を傾げる白木。
「だから、合宿。夏休みに学校で合宿して練習するって、言ってたでしょ?」
……初耳だった。私の人の話を聞かない悪癖、本格的に直したほうがいいかも知れない。
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