第11話 お家訪問をもう一度
翌、火曜日。ホームルームが終わるや否や、早々に教室を後にした京子を追って私は下駄箱に急いだ。追いついたのは、校門前の坂を下り終えた辺りだった。
昨日のことがあった手前、若干の気まずさはある。あれきり、特に何も話してないし。でも躊躇っていても仕方がないので、「あのさ」と素直に声をかけてみる。
内心の憂慮とは裏腹に、京子は至極平然とした面持ちで振り向いた。
「ん、どうしたの?」
「えっと……、今日さ、これから時間あったりする? 話したいことが、あるんだけど」
訊くと、京子はごめん、と謝罪の言葉を述べながら、小さくかぶりを振ってきた。
「わたし、今日は習い事あるから」
「あ、そうなんだ。ならいいや。ごめんね、引き止めちゃって」
ううん、と言いながら再度かぶりを振る京子。そのまま、横並びとまではいかずとも斜めくらいになりながら、二人一緒に通学路を歩んでいく。
何か話……、は別にしなくていいのかな。多分。京子の家に行ったとき、そんなことを言われたばかりだし。京子の方も、会話がないのを気にする素振りはない。ならこのままでいい、かな。そう考えると、少しだけ気分が楽になった。昨日、白木との会話で消耗した精神を、回復とまではいかずとも温存させるくらいのことはできそうだ。
「柳。……あの、昨日はごめんね。人前で変なこと言っちゃって」
しばらく歩いたところで、唐突に京子が切り出した。話題が話題なので少しドキリとしながらも、うん、と端的に相槌を打つ。
「いや、大丈夫。気にしてない。……こっちこそ、ごめんね」
「え? どうして柳が謝るの?」
京子がキョトンとした表情で、私のことを見つめてくる。一瞬、逆にどうして訊き返してくるのかと疑問に思ったが、考えてみたら確かにそうだ。私は別に、京子に対して何かしたわけではない。勿論、その何もしなかったところが大問題というか、悪かったわけだけど、京子にとっては謝られても身に覚えがないのは当然か。
「んーと……、まあ、色々とね、色々」
結局、曖昧な返事で誤魔化した。内心の機微や葛藤を仔細に語るのは憚られたし、かといって撤回する気にもなれなかったから。取り敢えず、謝るだけ謝っておこうかと思って。
「よくわからないけど、いいよ。赦してあげる」
京子が微笑する。特段、色々の中身を追求してきたりはしなかった。
私は、京子のこういうところは結構気に入っている。意外とわきまえているというか、興味本位でズカズカと人の内情に踏み込んでこないところは、京子の美徳だと思う。私みたいな人間でも比較的リラックスして接することができるのは、そういう気遣いがあるからだろう。
「あ、じゃあ私、こっちだから」
「うん。じゃあね、柳。……あ、そうだ。話があるなら、金曜日にまたうちに来ない? その日なら空いてるし、それに……」
「恋人のフリ、でしょ? うん、いいよ。そういう約束だし。私も暇だからさ」
言いづらそうに口ごもった京子に、助け船を出す。やけに自然に、気負うことなくその言葉を口にしていたことに、遅れて気づいた。京子だからだろうか。もし他の誰か相手だったら、自分から進んで厄介事を引き受けるようなことはしなかった気がするし。
というわけで、金曜日に自宅へ再訪問する約束を取り付けたところで、京子と別れた。傘を差しながら一人、駅へ向かって歩みを進めていく京子の後ろ姿を、なんとはなしに見つめる。
京子って、いつも一人で帰ってるのかな。いくらすぐ帰る勢が少ないとは言え、友達の多い京子なら随伴の一人や二人くらい、簡単に見つかりそうなものだけど。真鍋は……、部活か。
日比谷はどうなんだろう。部活入ってるのかな。でもこの二人に限らずとも、候補はクラス内外問わず枚挙に暇がなさそうだけど。もしかして、意外と孤独な奴なのかな、京子って。
漠然とそんなことを考えながら、遠ざかっていく京子のことをぼんやりと観察する。雨の日の淀んだ光の中でさえ、京子の金髪は相も変わらず綺羅びやかな輝きを宿していた。
本当、遠くからでもよく目立つな、京子は。背も高いし。待ち合わせのときとかは、すぐに見つけられて楽そうだ。
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