第10話 愛の告白? 2
しかし、しかしだ。
「それはそれとして、なんで私なんかに打ち明けたわけ?」
生憎、私は京子じゃない。私相手に京子への思いを告げられたって、へぇそうなんだ、と感心するより他はないのだけれど。
白木が、う、と言い淀みながら私の方を見やる。
「じ、実は……、本庄さんに折り入って頼みがあって」
私の顔色を窺うようにしながら、恐縮そうに白木が言った。うわ、猛烈に嫌な予感がする。
「その、私と西宮さんの仲を取り持ってくれないかなぁ……、と」
チラ、と私の反応を恐る恐る確認してくる白木。
それを聞いて、あー……、と思う。まあ、半分くらい予想通りだった。話の流れからして、そんなことを言われるんだろうなぁ、という予感はあった。一度、眉間に拳を当ててから、でも、と逆説の接続詞でもって切り返す。私としても、そこまで簡単に折れてやるつもりはない。
「なんで私に頼んだの? 打ち明けてもらって悪いんだけど、ぶっちゃけ私よりも適任なのが他にいない? 真鍋とか日比谷とかさ。あの辺の方が京子と親しいでしょ」
「え? 別に、そんなことないと思うけど」
白木がキョトンとした表情で小首を傾げる。何を言っているの、と言わんばかりの反応。
「だって本庄さん、西宮さんと名前で呼び合ってるよね? 授業中とかもチラチラ視線を合わせてたりするし、この前なんか一緒に駅まで歩いてたし。これで親しくないは嘘でしょ」
急に雄弁に語りだす白木。語調こそ柔らかいけど、向けられた眼光は私のことを貫くかのようだった。お、大人しそうな顔しておいて、よく見てるなこいつ……。別に悪いことをしているわけではないのに、ばつの悪い思いになった。
まあ、白木の言うことにも一理あるとは思う。京子と下の名前で呼び合っているのなんかは多分、私だけだし。けどそれはあくまで、恋人のフリの一環でしかないのだ。私達が特別に親密な間柄だからそうしている、というわけじゃない。ただ、その辺の事情を仔細に語るわけにもいかないので、曖昧な言葉でお茶を濁すことしかできなかった。
白木は納得したのかしてないのか微妙な顔つきで、ふぅん、とだけ相槌を打った。
「あ、でもね。私が本庄さんに声をかけたのは、それだけってわけでもないの」
白木が話を元に戻した。私は烏龍茶を飲みつつ、それに耳を傾ける。
「なんというか、本庄さんはクールっていうか、何事にもあっさりしてそうな雰囲気があるから。他人がどんな人を好きになろうが気にしなさそうだなって感じたの。それで、この人になら打ち明けても大丈夫かなって、そう思って」
その発言に、私は意表を突かれる思いがした。全くの図星だったからだ。もしかすると白木は、意外と人の本質を見る目があるのかも知れない。劇の脚本に立候補するくらいだし。
「……あと、交友関係なさそうだから喧伝される心配ないし」
白木がボソリと呟いた。おい、聞こえてるぞ。控えめな態度の割に意外と失礼な奴だな。
「それで……、引き受けてくれる、かな?」
細々とした声で、改めて確認してくる白木。
正直に答えると、嫌だった。だって面倒だし。無駄だし。私のポリシー的に考えれば、絶対NG。そもそも白木の恋路がどうなろうが、私は知ったこっちゃないわけだし。
そこまで考えたところで、でもなぁ、と思い直す。
なんか白木の話、全体的に重いんだよなぁ……。だって白木は自分の恋を成就させるべく、なけなしの勇気を振り絞って京子への思いを打ち明けてきたわけでしょ? 内気で人見知りする性格なのにも関わらず、ろくに話したこともない私相手に。そういう部分を斟酌すると、中々、嫌だとは言いにくい。でも、面倒くさいのも私にそんなことする義理がないのも事実だし……。
しばしの黙考。しかし、その後に私が出した結論は、やっぱり。
「まあ、わかったよ。できる範囲でいいなら、協力はする」
結局、こうなってしまうのだった。内心で大きく嘆息する。エネルギー消費の少ない人生を送るんじゃなかったのか、私。高校生活始まったばかりなのに、こんなことでどうするんだ。
「あ、ありがとう……!」
白木が慇懃に頭を下げてくる。そんな大仰に喜ばれると余計に気が重くなるので、早々に頭を上げさせた。やめてよ、こっちはあんまり大したことしたくないんだから。
グラスに残った烏龍茶を飲み干してから、再度、白木と向き合う。
「それで、具体的には何をしてもらいたいわけ?」
「あ、うん。ひとまずは、劇で白雪姫役をやってもらえるように説得してくれないかなって」
「え、白雪姫を? なんで?」
「実は、西宮さんが白雪姫役をやってくれたら、私が掛け持ちで王子役をやりたいなって思ってるの。そのために脚本を引き受けたようなものだし。自分で都合よく話を改変できるから」
白木が平然と嘯く。うわ、そんな理由で立候補してたのか、こいつ。内向的な性格のくせして、変なところで威勢がいいというか、大胆というか。
「まあ、それとなく説得するくらいないいけど、あんまり期待しないでよ? ……それにしても、都合よくいく確証もないのに、よく脚本なんか引き受ける気になったね」
「それはまあ、私、西宮さんのことが好きだから。やれることはやっておきたいなって」
はっきりと、淀むことなく言い放たれた、その言葉。白木の口元には、衒いのない微笑が浮かんでいる。
正直、意外な発言だった。白木は石橋を叩いて渡るタイプだとばかり考えていたけれど、実は結構、思い切りの良い性格だったりするのだろうか。
ああいや、そんなことはないか。今までの認識は多分、間違ってない。白木は前々からの印象通り内気で引っ込み思案で人見知りする、臆病な性格なんだ。そうじゃなきゃ、京子に直接声を掛けているだろうし。そこは厳然たる事実で、絶対に揺るがない。
だけど白木は、恋をしている。京子に対して心が焼かれるような、全身に熱が充満するような熱い恋心を胸の内に秘めている。その思いが、熱情が、白木を突き動かしただけなのだろう。
きっと、恋というのはそういうものなんだ。白木のような人間でさえ、ときに大胆な行動を取らせてしまうほどの膨大な熱量を持った、強烈な衝動で、情動で、蠢動で、煽動で、波動で。
生憎、私はまだその感覚を体感したことはないのだけれど。まあ、それはそうか。そんな燃費の悪い感情は、私の掲げるポリシーとは対局に位置しているし。
なにはともあれ、かくして私はさらなる厄介事へと巻き込まれてしまったのだった。
机に自分の分の代金を置いて、一足先に店を出る。白木からは奢ると言われたけれど、借りを作るようで気が引けてしまった。そういうの好きじゃないんだ、私は。
湿り気を帯びた、全身をぬらりと包み込むような外気に晒されて、人知れずため息を吐く。
ビニール傘を開いて、雨の降る街の中、たらたらと家路を辿る。
白木からのファーストミッションは、京子に白雪姫役をやってもらうこと。でも京子、話し合いのとき嫌そうにしてたよなぁ。理由は知らないけど。そんな京子に役を引き受けるよう説得するというのは、気が引ける。胃穿孔でも起こしてしまいそうだ。
……本当に、改めて気が重い。私、なんでこんなことする羽目になってるんだろう。
横の車道を走る車が、勢いよく回るタイヤで路上の水を跳ね飛ばしていく。
それを見て、反対方向に回る二つの車輪の間ですり潰されていく自分を連想した。
複数の車輪と関わりを持てば、自ずと自分は擦り切れて、消耗して、摩耗していく。当然のことだ。人生、そう都合よく複数の歯車が噛み合ってくれるわけはないのであって。
でも、そこを上手く回るように頑張るのが人付き合いというやつなのであって。歯車を潤滑に回そうと思ったら、逆回転で生じる軋轢を一身に引き受けるしかないのであって。
そこまで考えたところで、疑問に思う。あれ? 物理的には歯車が噛み合うのって、逆回転のときなんだっけ? いや、これでいいんだっけ? ……まあ、どっちでもいいや。
脳内で三つ横並びになった歯車を思い浮かべたところで、考えるのが面倒くさくなって放棄した。きっと私は文系だな、なんてことを思いつつ。雨に烟る街並みを横目に見つつ。
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