第9話 愛の告白? 1

「……え、えーっと、……きょ、今日もいい天気、だねっ!」


「いや、普通に雨降ってるんだけど」


 妙にテンパった顔つきで調子外れな発言をする白木のことを眺めつつ、私はグラスの中の烏龍茶を喉奥へと流し込んだ。ひんやりと冷えていて、身体が芯から冷却されていくのを感じる。


 白木に連れてこられたのは、学校からちょっと離れたところにある、お手頃価格とミラノっぽいドリアで有名なファミレスだった。ピークタイムの合間であるこの時間帯には客足も少なくて、店内は割と静かだ。そのため、取り乱した白木の妄言がよく響く。


「あ、そ、そうだよね、ごめん……! じゃあ、良くないお天気ですね……、的な」


 なんだかんだで、さっきから十分くらい話の導入部で足踏みしていた。流石にうんざりしてくる。このまま放置していても埒が明かなそうなので、話は何なの、と催促してみた。


 だが白木はなおも切り出しづらそうに口ごもりながら、キョロキョロと視線を泳がすばかり。


 早くしてよ、と内心で愚痴をこぼす。だが白木もようやく覚悟を決めたのか、バッと顔を上げて軽く身を乗り出すと、両目をくわっと見開きながら勢いに任せて口を開いた。


「わ、私……、好きなんです!」


 乗り出した上半身を引っ込めながら、白い頬をみるみるうちに朱色へと染めていく白木。


「は、はぁ……? 好きって、何が?」


 要領を得ない発言に、軽く眉をひそめざるを得なかった。


 何だ、急に好きなんて言い出して。いくらなんでも愛の告白ってわけでもないだろうし。


 脈絡がない上に目的語が抜けているから、何が言いたいのか全くもって理解不能だった。


「え、えっと、その……」


 先程の勢いはどこへやら。まさに竜頭蛇尾といった趣で、風船みたいに身体を縮こまらせる白木。声もデクレッシェンドで小さくなっていく。ああもう、早く言えよ面倒くさいなぁ。


「……西宮さんの、ことが」


「え?」


 なんか今、西宮って聞こえた気がするんだけど。気のせい?


 小声でモゴモゴと話されたせいでいまいち自信が持てず、小首を傾げながら聞き返す。


「だ、だからその、私は……、に、西宮さんのことが、好きなんです……っ!」


 再び前のめりになりながら、今度はクレッシェンドで言ってくる白木。ああもう、なんなんだこいつ……! 大声出すのか小声になるのか、どっちかにしてよ……!


 なんて不満を覚えたのも、一瞬だった。


 ん? 西宮? 今こいつ、西宮って言った? いや、言ったよね。今度は確実に。つまり白木は、京子のことが好きって宣言したわけか。うん。……うん? 


 待って。それって、どういうことだ。よく状況が理解できなくて、白木の顔をマジマジと凝視する。と、白木はまるで恥ずかしさに身悶えするかのように、顔を固く俯けてしまった。微かに覗く頬は、りんご病でにもかかったんじゃないかってくらいに真っ赤だ。


 なんだ、この異様なまでの恥ずかしがりよう。これじゃまるで、秘めた恋心を打ち明けた初な少女みたいな反応だけど――、あれ? 


「え? もしかして、そういう?」


 唐突にある可能性に思い至って、漠然と訊き返す。


「う、うん。……多分、本庄さんの考えてる、そういうであってる」


 相変わらず顔は伏せたまま、絞り出すみたいな声で肯定する白木。それでようやく、私は完全に事情を理解した。……なるほどなぁ。そういうことなら、切り出すのにあれだけ時間がかかったのも納得できる。言おうとしていることがことなのに、白木みたいな内気な性格ともなれば何度も逡巡してしまうのは無理ない。


 私は一度、ゆっくりと息を吐きだした。そのまま、そっと背もたれに倒れ込む。


「一応確認しておくけど、恋愛的な意味でってことでいいんだよね?」


 無言のまま、白木がコクリと首肯した。


 知識としてそういう人達がいるとは知っていたけれど、こうして現実に目の当たりにするのは初めてだった。でもまあ、京子は可愛いからな。男女問わず人気を集めてしまうのも、得心がいく。案外、衝撃は薄かった。だって京子だし。


「……実は私、入学したその日に、西宮さんに一目惚れして」


 白木が少しだけ顔を上げてから、訥々と経緯を語りだす。


 一目惚れってことは、見た目か。でも別に嫌悪感は覚えなかった。だって京子、綺麗だもん。あの見目に心奪われるのは、少しもおかしくないと思う。むしろ、正常な反応の部類に入る。


「西宮さんって、率直に言って凄い美人でしょ? それに動きというか、所作にも気品みたいなものがあって、上品な感じがするの。歩き方とか、手の動きとか、食べ方とか。そういう、何気ない仕草の一つ一つに自然と目を奪われちゃって。綺麗だなって、ずっと思ってて」


 白木が、胸の前で両手を重ね合わせながら、落ち着いた声色で語る。先程までの空回りしているような調子は既にない。胸中に浮かんでくる京子に対する思いを丁寧に掬い取っては、言葉を選んで吐露していく。その作業に没頭しているようだった。


「だけど、外見的な部分だけに惹かれてるわけでもなくてね。西宮さんって、あんなに美人なのに、それを鼻にかけるようなところがないでしょ? 明るくて外交的だけど、嫌味みたいなものが全然感じられない。私、西宮さんのそういうところが凄く好きで、気づいたら一日中、西宮さんのことばかり考えるようになっちゃってた。……要するに、好きになってたの」


 そこまで語ったところで、唐突に白木が顔を上げた。頬を紅潮させながら、唇を波打たせる。


「あ、ごめん……! なんか私、一人で勝手に喋っちゃって……!」


「いや、いいよ」


 ゆっくりと首を振る。


「なんというか、わかったから。白木が、京子のこと好きなんだって」


 白木が更にほっぺたを赤くして、サッと顔を伏せる。やっぱり恥ずかしがっているみたいだ。


 なんにせよ、白木が秘かに京子のことを恋慕していたというのは今のでよくわかった。

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