第7話 可愛いリバイバル
休み明けの月曜日。入学して二月も経てば自分の教室なんて慣れてしまうものだけど、今日ばかりは中に入るのを尻込みしてしまっていた。
誰かに変なふうに思われないかな、とか、京子はどういう反応するのかな、とか、そんなことばかり気にしてしまって、どちらかというと悪い予感ばかりが脳内にぐるぐると渦巻いて。
でも、こうして扉の前で突っ立っていたら余計変に思われてしまうだろうし、いつまでも躊躇しているわけにはいかない。私は恐怖を押し殺して、ガラリと扉を開けて教室の中に足を踏み入れた。素早く中央付近の京子の席を確認。まだ来ていないようだった。それに胸を撫で下ろしたのも束の間。どうせ、そのうち見られることになるのだし、この緊張がまだ続くのかと思うと少し気が重かった。軽くため息を吐きながら、窓際の自分の席に着く。
……それにしても、視線を感じる。なんか、教室にいる生徒の大半が私のことをジロジロと観察してきているような。自意識過剰かな? 落ち着かない心持ちになりながらも、いつもどおり鞄から文庫本を取り出す。気持ち、人避けオーラは三割増しにしておいた。
……今更なんだけど、これはちょっとわかりやすすぎだろうか。左手で前髪を軽く弄ってみる。ついでにいつもの癖で眼鏡をクイっと上げようとして、今はかけてないことを思い出す。
要するに私は、土日で髪を切ってきた。ついでにコンタクトも作ってきた。母親からは怪訝な顔で、「なに、急に色気づいて? 彼氏でもできたの?」とか訊かれてしまった。
……そういうこと言ってくるの、本当に止めて欲しい。私は、ただちょっと京子の発言を真に受けたというか影響されてしまっただけで、特別な理由なんか何もないんだ。
だというのにも関わらず、親というのはこういうとき、変に邪推して子供のやること為すことに口出ししてくる。あっちだって子供の頃はそういうの嫌だったはずなのに、なんで黙っててくれないんだろう。ああいう大人にはなりなくないな、と固く誓った。
しばらくして、扉の開く音と共に京子の声が耳に飛び込んできた。どうやら、今日も真鍋と日比谷との三人で登校してきたらしい。一瞬だけ京子の方を見やる。即座に顔を本へと戻す。
速すぎて、京子の反応はわからなかった。反応する間もなかったかも知れない。
程なくして一限の授業が始まる。その間、チラチラと京子の方に目をやっては戻して、という作業を三十回くらい繰り返した。もしかしたら、もっとかも知れない。
京子から何か反応がないかと、授業中も机の引き出しに突っ込んだスマホを定期的に確認してしまう。けど、スマホはいつもどおり静寂を保ったままで、うんともすんとも言わなかった。
……まあ、そういうものなのかな。直接的に感想を求めたりはしていないわけだし、あっちから自発的に何か言ってくるわけないか。なんだか、一人で勝手に緊張を味わっていた自分が馬鹿みたいだ。冷水を浴びせられたような気分。
その冷水が熱水に変わったのは、昼休みに入ってすぐのことだった。
マナーモードにしていたスマホに一件、通知が入っていることに気づく。
その瞬間、心臓が一際強く収縮したのがわかった。ロックを解除して、何度か指先を行ったり来たりさせた後、意を決してメッセージアプリを開く。同時に一旦、画面から顔を背ける。
……京子はまた、可愛いって言ってくれるかな。変に思われてないかな。本当に言われたとおりにするなんて、意識しすぎで気持ち悪いとか思われてないだろうか。ドン引きされてたりしないかな。不安だ。でも、もしまた可愛いって言ってくれるのなら……、嬉しい。
さっきから脳みそが洗濯機みたいになって、ぐわんぐわんと期待と不安がぐちゃぐちゃにかき混ぜられていた。
一度、ゴクリと唾を飲む。軽く深呼吸した後に、私はバッと画面に目をやった。
『帰りに牛乳買ってきて』
母からだった。机に頭ぶつけた。ゴンッ! 鈍い音がした。
ああもう、なんなんだよ紛らわしい……。はぁー、と憂鬱なため息を吐きながら、わかった、とだけ返事する。ここで感情に任せてブロックしない辺り、私は出来た娘だと思う。
だが送信ボタンを押した瞬間、新たなメッセージが私のスマホに送られてきた。
『頭大丈夫?』
京子からだった。……ん? もしかして私、直球で煽られてる? ちょっと考えてから、『頭大丈夫』と返した。単純に私のおでこを心配してくれているのだろう。恐らく。……恐らく。
『ならよかった』
『ところで、似合ってるじゃん』
ガバッ、と勢いよく仰け反った。椅子が倒れそうになり、慌てて机の両脇を掴む。
……似合ってる、か。可愛いではないけれど、これはこれでいい、かな。
散々焦らされたこともあってか、つい顔がニヤける。相当だらしない表情をしている自覚があったので、胸の高ぶりが収まるのをしばらく待った。
京子の方にさり気なく顔を向けると、目が合った。でも、教室の誰かに悟られるのが気恥ずかしくて、すぐに視線を外してしまう。
一瞬しか見れてないけど、京子は穏やかな表情を向けてくれていた気がする。その顔が網膜に焼き付いたみたいになって、瞼を閉じても脳裏に浮かんできてしまって仕方がないのだった。
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