集団幻覚
南木
集団幻覚
世に蔓延る魑魅魍魎を退治する国家公務員「退魔士」の女性、
なんでも、彼女の大学サークルの男友達が、過去に死んだはずの人間に声を掛けられ、しかもその男の周囲でも同じようなことが急に増えたらしい。
「亡霊、ね…………そんなこと言われても、本来は私の管轄外なんだけど、野中さんも困ってるみたいだし、聞くだけ聞いてあげるわ」
「ごめんね長曾根さん、無理を言って。私も彼も、こういったものの依頼の仕方がわからなくて」
「いやー、現役の退魔士に相談に乗ってもらえるなんて、わっりッスね」
ファミレスの一席で、あまり乗り気ではない要の対面で、友人の野中と依頼主の男子大学生がやや申し訳なさそうにしていた。
超常現象が頻繁に起こるこの世界では、それに対処する組織の関係も複雑で、言ってみればこの状況は、現実世界でいえば殺人事件の調査を自衛隊に依頼するようなものである。
とはいえ、暇と言えば暇なので、状況を把握してそのあとしかるべき機関に投げるつもりで、要は話を聞くことにした。
「実は……今週の日曜日に、中学の同窓会があるんスよ。で、俺も含めて何人か地元に戻ったら、そこで…………中学んときに自殺したはずのヤツが、俺の目の前に現れたんッス」
髪を金髪に染めたチャラそうな男は、最近起きた不可解なことについて、恐る恐る語りだした。
「しかも、一度だけじゃネーんスよ。昼に駅前で見たときは、何かの見間違いかと思ったんスが、次の日の夜に、道で声を掛けられて……夜道でニチャァって笑ってたヤツの姿が、今でも忘れられなくて…………。それに、中学の時のダチの何人かも、ヤツの姿を見たんッス!」
「んー……妙な話ね。一人だけならまだしも、複数人が目撃したなんて」
話によれば、その中学の時に自殺した同級生は、彼だけでなくほかの元クラスメイト達も目撃しているらしい。これが本当に亡霊だとするならば、かなり厄介なことになりそうだった。
「ヤツは……ひょっとしたら、今でも俺たちを恨んでて、同窓会で俺たちを呪い殺そうと…………!」
「まあ落ち着きなさい。今の段階だと情報が少なすぎるわ。まず、その自殺した子の名前は? 自殺したのはいつで、原因は何だったのか、知っている限り聞かせてもらえるかしら」
「オッケッス……ヤツの名前は、たしか
この時点で要は、これは典型的なイジメから発生した怨霊ではないかと思うと同時に、その発生原因もある程度見えた気がした。
「……なるほど。で、亡霊を見たっていうあなたも、そのイジメに加担してたのかしら?」
「あ、あぁいいえ、俺はその……確かにヤツをいじったことはあったんスけど、恨まれるようなことは、何も………」
「そう……できれば、色々包み隠さず話してほしいのだけど?」
「あんた、何か隠してるんじゃないでしょうね!? いじめをしてたってだけでも最低なのに、自殺に追い込んだなんて」
要だけでなく、仲の良い野中にまで白い目で見られた男性は、ばつが悪そうに視線をそらした。
これで呪い殺されても自業自得としか思えないが、彼からはこれ以上情報を引き出せなかったので、その日のうちに他の同級生にも目撃証言を聞くことにした。
「俺も駅でヤツの姿を見た!」
「俺はスーパーで声を掛けられたから、思わず逃げてきた!」
「不気味な笑い方をしてた…………」
「一昨日、中学の周りで不審者が目撃されたけど、その正体があいつだった!」
目撃情報は主に最寄り駅と中学周辺に出没するようで、時間帯は夜中の方が多いらしいことがわかった。
だが、何人かの話を聞いていくにつれ、色々と腑に落ちない点が出てきた。
「おかしい……人によって、情報がいろいろと食い違ってる」
まず自殺の内容が、話す人によって違う。
半数以上は依頼者と同じく「屋上からの飛び降り自殺」と話すが、中には「体育倉庫で首吊り」だの「灯油をかぶって焼身自殺」というのもあれば、自殺ではなく同級生の悪ふざけで殺されたという証言もあった。
だが、それ以上に不可解なのが、亡霊となった件の生徒の名前を誰も正確に覚えていないことだった。
フルネームを知っている人は誰もおらず、さらには苗字までもが「くずはら」「かずはら」「かじはら」など一定しない。
おそらく「葛原」という字だけは正しいのかもしれないが、それさえもあいまいなままだった。
同窓会に出る予定だった、当時の担任教師をしていた人物にも話を聞いても、生徒の本名を全く思い出せないというのだから異常と言うほかない。
「これは……思った以上に根深いわ」
正体不明の同級生は、小心者で、当時の担任を含む大勢の人にいじめられていたことだけは共通していたが、それ以外の情報がどこまで正確なのかがさっぱりだった。
「長曾根さん、私も当時の学校周辺の情報をいろいろ調べてみたんだけど……」
依頼者を連れてきた野中も、自らが相談を持ち込んだことに責任を感じたのか、別の方から資料を色々集めてきた。
だが、そういった資料でさえも、役に立つどころかかえって謎を深めるだけだった。
「そもそも、あの中学校では過去に自殺や殺人事件は一度も起きてなかった。なんとか当時のクラス名簿も見せてもらったけれど、葛原なんていう名前の生徒はいなかったの」
「何それ……件の生徒が存在すらしなかったなんて、集団幻覚でも見たのかしら?」
調査は完全に行き詰った。
少なくとも、当時生徒による自殺も殺人も実際には起きていないのに、誰もが口をそろえて事件があったと証言しているのである。
「おかしい……何か見落としてる」
考えられる可能性は三つある。
中学校が件の生徒の自殺または殺人を完全に隠蔽しているか……
当時自殺したというのは誤りで、件の生徒はまだどこかで生きているか……
もしくは、討ち漏らした魑魅魍魎による何かしらの攻撃の予兆か……
「それと、あの人やその同級生たちから連絡があったの。このままだと怖くて同窓会を開けないから、早く解決してほしいって」
「人に丸投げしておいて、よくそんな態度が取れるものね」
この時点で要は、その同窓会に出席する人々が、何か別の根深い問題を抱えているのではないかと確信した。
彼らは隠しているというよりも、件の生徒の身に起こったことは殆ど他人事でしかないようだ。
彼らにとっては、怨霊となったかもしれない人物の鎮魂よりも、自分たちが同窓会を楽しめないことを気にして、要たちに圧力をかけてくる始末……明らかにまともではない。
「野中さん、今度はこのことを調べてきて。私は退魔士の権限で行政機関にいろいろ問い合わせてみるわ」
「わかった……」
調査が暗礁に乗り上げたため、彼女たちは別の方向からアプローチを試みた。
仮説の二番目――自殺したと思われる生徒は、実はまだ生きているのかもしれない、ということを証明するのだ。
土曜日――同窓会の前の日になって、要と野中は再び情報の照合を行った。
すると、驚くべき事実が明らかになった。
「分かりましたよ長曾根さん。件の時期に、中学生の死者の葬儀は行われていません。調査した人たちも全員、お葬式には出席していないって言ってます」
「私の方はもっとすごいことがわかったわ。戸籍調査で、該当する時期にあの中学校があった街から別の町に引っ越した学生がいて、その苗字が「
やはり件の生徒――
それどころか、中学二年生の時に別の町に引っ越し、現在は専門学校を卒業して都内で普通に働いているようだ。
また、偶然にも要の組織の関係者に伝手があったため、その伝手を利用して彼に話を聞くことができた。
「いやー、退魔士さんですか! お仕事ご苦労様です! 僕に何か用があるとか
?」
「はい、こちらこそお休みの所申し訳ありません。それに、下らないことで呼び出してしまって」
「そんなことはないですって! むしろこんなかわいいお嬢さん二人とお話しできるんだったら、役得ってもんですって」
亡霊と思われていた栗原という男は、確かに男性にしては背が小さく、小太りで顔もいいとは言えないが、どこか愛嬌がある性格だった。
「ははぁ、あいつら僕のことを死んだと思ってるのか。通りで地元に帰ったときに、みんなにギョッとされるわけだ。いじめが辛くて逃げただけとはいえ、しかも、いまだに俺の名前を「クズ原」だの「カス原」だの呼んでるのか。あの担任も? バカじゃないの?」
謎は全て解けた。
どうやら同級生たちは、いまだに栗原をいじめたころから反省せず、情報がアップデートされていないだけだった。
それゆえに、生きている人間を怨霊だと思い込んでいたのだ。
本人はこうして、別の地で幸せに暮らしていたのは幸いだった。
「で、どうします? 彼らには生きていることを伝えますか?」
「いや結構。生きてると知ったら、止めを刺しに来るかもしれないからね。僕はもう地元には一生戻らないから、死んだことにして、葬式でもあげさせといてよ」
「…………わかりました」
その後要たちは、依頼者たちに結局本当のことを伝えず、怨霊鎮魂のための葬儀をするようアドバイスし、彼らの同窓会は急遽合同葬儀となった。
退魔士である要は、この現代で改めて「魔の物」の生まれる原因と立ち会ったような気がした。
集団幻覚 南木 @sanbousoutyou-ju88
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