~3月14日ホワイトデーver~[切なく甘い恋の味]

のか

第1話


 6年後。東京駅に降り立った峰子、16歳。駅から出て立ち止まるなり、


「はあーー………。」


と、盛大なため息をつく。


「ひ、人が多くて目が回るぅ………。」 


すでにくらくらする目頭をつまみ、ボストンバッグを持って歩きだす。


 峰子は、立志の14歳を過ぎ、2年間地元の工場であくせく働いて、お金を貯めた。親には反対されたが、それを押しきって、東京に出てきた。


「えーっと、こっちこっち……………。」


峰子が向かっているのは、これから住む自分の部屋。誰も頼らず、地図を見て向かう。


 少し古びた建物の一角にある峰子の借り部屋は、畳が4畳と台所だけというがらんどうな部屋だった。思っていたより空しくて、心細かった。




 峰子が上京した目的。姉として家族、弟たちを守っていた峰子が思い立ったのが、勉強が家の事情で出来ない子に学びを教えるということ。それは、虎吉に勉強を教えてもらっていたときに芽生えた思い。学ぶ楽しさを、いろんな人に知ってもらいたい。だから、峰子は、教師の免許を取りに来た。



 そして、もうひとつ…………目的は、ある。だが、それには少し不安があった。もう、遅いかもしれない。そう、峰子は思っていた。








 「ふあああ~。つーかーれーたーっ!」


たくさん勉強をしても、なかなかみんなに追い付かない。そして仕事と課題に追われる毎日………。峰子は、2ヶ月早々にして嫌になってきた。


 でも、そういうときは。棚に飾ってあるトランプ。それを手にとり、昔を思い出す。逃げていいと言ってくれた彼。勉強を教えてくれた彼。トランプが弱い彼。大切な人、とトランプをくれた彼。全部全部、峰子の頭に溢れる。


「がんばらな、私。」


そう呟いた峰子は、再会を祈り、トランプを胸に抱いた。




 「あ、手紙手紙。」


峰子は仕事先の喫茶店に行く前に、3歩戻って自分の郵便受けを探して開ける。なかなか郵便がない峰子の箱に、珍しく一通の手紙が。


「お母さん?」


送り人は、峰子の母。なんだろう…………?と思いつつ、時間がないので峰子は、カバンの中に手紙を突っ込み、靴をならして建物をあとにした。







 「ただいまぁー。」


部屋に誰もいないし、声が返ってきたら怖いよ、と肩をすくめたが、実家にいたときからの癖で峰子は言ってしまう。やっぱり、寂しい。正直言って。たくさんの思いが駆け巡り、最終的に、背中がゾクゾクした。今日は、恐怖に怯えて寝るのだろう。これが、一人暮らしの怖さ。考えすぎると、頭がキンキンする。


「あ、そうや、手紙!」


母の手紙を読めば、寂しさも、恐怖も取り払えるかな。そう思い峰子は、茶封筒を少し破りながら手紙を引っ張りだした。


「お母さんの字…………!」


それだけで峰子は、懐かしくて懐かしくて涙が出そうだったけど、抑える。


『峰子へ 

お元気ですか?あなたがいなくなってとても寂しいです。弟たちもなんだかんだ言っても、1つ空いたあなたの部屋を見つめています。


 本題ですが、ずっと、あなたに隠していたことがあります。それは、お父さんの隠し子のことです。お父さんはあなたが生まれる前に浮気をしていたことを知っているでしょう。その間には子供がいた、その事を、あなたには今までずっと言えなかった。一応血の繋がりがある、東京に住んでる18歳の男子。その子から昨日、峰子に会いたいって。だから、会いに行ってほしいの。あなたの、“兄弟”に。』


「私の、兄弟………?へ………………?」


峰子は思った。確かに、お父さんが夜遊びが好きで、ちょっと顔がいいことで浮気ばかりしていたのは、喧嘩の内容からうすうす分かっていた。でもその間に子供が出来ちゃってたの…………?もしかして、だから、東京から田舎に引っ越した、のかな…………?!私たちと、その家族を引き離すために。と。


「どうして…………?」


でも、峰子はこの手紙を読んで正直ホッとしてしまったところがあった。誰もいないと思っていたこの東京に、一応は血の繋がりがある兄弟がいるのなら、会ってみたい、と峰子はワクワクした。





 3月14日。


 峰子がやって来たのは、銀座の百貨店の中にあるカフェ。


「うわあ。私、ちゃんとお金持ってきたけど、足りるんかなあ?不安やなあ。」


お母さんの手紙によると、ここのはずなんだけど……と峰子は不安になりながら、席をとって彼を待っていることにした。




 その時は、すぐにやって来た。峰子は、ワクワクした心を押さえて、でもどこかカチコチでまだ見ぬ彼に思い馳せていると、


「峰子ちゃん!」


「え……………?」


懐かしいこの声を聞く。峰子の名前を呼んだのは………!


「とらくん………………!?」


峰子が聞き間違えるはずがない。振り返ると、やはり、昔の面影のままの彼。いや、少し声の低い、背のすらりとした青年、虎吉が立っていた。


「久しぶり……………!どうしてここにおるん?」


「あは、相変わらずのなまり。久しぶりに聞いた。懐かしいね。」


「だ、誰と来とるん…………?1人………?」


ここでまさか彼と会うと思っていなかった峰子は、周りを見渡す。そして、ぱぱっと自分の身だしなみを整える。


「誰とも来てないよ。」


「!?…………えちょっと!」


なんと、峰子の向かいの椅子に座り、ニコニコとしている虎吉。峰子はあわてふためいて峰子の用件を説明しようとするも、遮られた。


「久しぶり。我が妹よ!」


その瞬間、峰子の頭が真っ黒になった。そして、テーブルの上に置いた手紙が視界に入る。が、そんなこと、信じたくもないと、峰子は思った。だから、バッと立ち上がり、


「は………………とらくん!冗談はやめっ!もうほんとに来るから…………。って、なんでそれを知っとるん?!」


峰子は、反撃することしか出来なかった。


「冗談じゃないよ、峰子ちゃん。」


「っ…………!」


それを優しく叩きつけられたとき、峰子は涙が溢れた。


「え………違うよとらくん、私たちは、友達…………!」


峰子は、思い出した。告白したときを。そう、永遠の、好きな人でもあるのに。


「ごめん、僕は、兄だ。」


「なっ………!」


「今まで、隠しててごめん。もう、全部峰子ちゃんに話すって決めたんだ。だからお願い。最後まで聞いててくれる?」


峰子の頭に浮かんだ答えは“NO”。絶対に、聞きたくなかった。そんな話。口もとを両手で押さえながら、溢れた涙をものともせず、首を振った。だが、もちろん虎吉も引くことなく、「頼む」とだけ呟いた。


「……………や、いや。き…………きたくないっ……………!!!」


すると、彼はまた「そうだよな」と呟き立ち上がった。と思えば、私の足下にしゃがみ、頭を垂れた。


「…………と、………とらく……………!」


「6年前、言うことの出来なかった僕が悪かったんだ!結論から言うと…………峰子ちゃんが大切だった。兄弟じゃ、出来ない心の距離を詰めたかった!峰子ちゃんの、笑顔を守りたかったんだ………………!」


そう、確かに口にしたのを、峰子は足下から聞いた。


「と、とらくん、顔を上げて。」


そう峰子が言うと、渋々顔を上げた虎吉。


「話、聞くから。座って。」


「うん………。ありがと。」


 そこから峰子は、知りたかったことも、知りたくなかったことも、耳にすることになる。





 「ここが、僕の兄弟と父親が住んでいる町………………。」


その町の入り口に立った虎吉は、どんな子なのか気になっていて、昨日から眠れなかった。


「あ、あの泣いてる子、かな…………?」


走って泣いている子が僕の前を通り過ぎ、声をかけるまでもなく、おじさんおばさんたちに囲まれていた。虎吉は少し気まずかったので、おとなしく状況を見守っていた。


 そして、その中のおじさんに声をかけられ、峰子に見つめられた瞬間、兄弟と思いたくなくなった。



「あの、峰子って、いいます。よろしくね。」


「峰子ちゃん、よろしくね。」


「あ、えと。う……………!」


恥ずかしかったのか、峰子が隣にいたおじさんの後ろに隠れてしまったのがとても愛らしく、不覚にも守りたいだなんて思ってしまった虎吉がいた。


「峰子ちゃん、遊ぼう。僕、たくさん遊ぶもの、持ってるんだ。」


ごまかすように虎吉がそう声をかけると、嬉しそうに微笑んでくれた。


 とりあえず、兄弟なんて関係なく遊んでいいよね。


 そんな考えが、逆に虎吉を苦しめた。






 その後、初めてお目にかかる虎吉の父親もいたが、話すことはなかった。怖かったし、この峰子との関係をなぜか憎んだりもしていた。この時には、虎吉はもう峰子に魅了されていた。どんなときも一緒にいたかったし、離れたくなかった。ただの兄弟愛じゃないのは虎吉も分かってはいたが、まだ認めたくなかった。



 「ただいま。」


「あら、お帰り、虎吉。」


顔を覗かせたのは、虎吉の母。母も、峰子の父親に会いに来たらしいけど、まだ声をかけられていないらしい。


「またあの峰子ちゃんとかいう子と会ってたの?」


「うん……………。」  


「もうあの子と会うのはやめなさい。」


母はいつもこんなことを言う。母は、女手1つで育ててくれた優しい母さんだが、やっぱり、浮気された男性の子供は嫌なのだろう。それを言われる旅に虎吉は、怒りが込み上げてくる。


「あのねえ、母さん…………!」


「虎吉。2月14日。」


「え?」


「14日にはこの町を出るわ。」


「は………?父親には会わなくていいの?」


「もういいわ。ここにいるのは腹が立つだけ。なんで私じゃなくて、あの人なのよ……………!」


そして、机に突っ伏した。あの人、は、父親の浮気相手だろう。いや、あっちの方が本命か。虎吉だって、峰子の父親は憎いと思っている。でも、離れたくない。ここを。そういう思いが、潰せないほど大きく膨れ上がっていた。


 ああ、逃げたい。


 そう思ったが、逃げずに立ち尽くしていた。






 そして、とうとう伝える日がやって来てしまった。


 トランプタワーを積み終えたあとで、虎吉は峰子に思いきって話しかけた。


「峰子ちゃん、今日は話があるんだけど。」


「どうしたん?改まって……………。」


一瞬虎吉は、言うか言わないか、やはり迷ってしまったが、勢い任せて言ってしまった。


「僕、1週間後に東京に戻ることになったんだ。」


「え…………………?」


「もう、こうして会えない。」


そう伝えたとき、トランプタワーが音もなく崩れ、それと比例し峰子の表情も歪んだ。


 …………ああ、峰子ちゃんのこの表情だけは、見たくなかった。


 虎吉は、そう心を痛めたが、構わず続けた。


「峰子ちゃんと遊ぶの、楽しかった。ほんと、僕と遊んでくれて、ありがとう。」


心からの、感謝で、痛い心に包帯をかける。


「そんなっ………!私こそ………助けてくれたんはいつも、とらくんだった。…………ねえ、それは行かなくちゃ、ダメなん?とらくんだけでも、残れないん?親の、都合やろ?私、とらくんがいなきゃ、嫌や……………!」 


虎吉だって、そんなのは嫌だ。それにこんなの言われたら………!


「好き、なんよ……………!とらくんとずっと遊びたいん!もっといろんなこと、したい…………!もっともっと、とらくんのそばにいたいん!」


「峰子ちゃん………………。」


僕だって、好きだよ、言いかけた言葉を飲み込んだ虎吉は、心に罪悪感しか残らなかった。


 ………ごめんね。


「う、ふ……………………うわああん!」


急に泣き出して抱きついてきた峰子を抱きしめることもできずに。淡々と虎吉は続けた。


「ごめんね。その気持ちは、受けとれないよ…………。」


「うっ、うっ。」


「2月14日の、列車に乗ってく。その時は、見送りにきて。」


「うっ、う………………ん。」


「約束してくれて、ありがと。よしよし。」


虎吉は峰子の背中をトントン叩くだけだった。 








 「そう、なん?」


次に、別れの日のことについて虎吉が切りだそうとしたとき、峰子は、また涙を流していた。


「とらくん、私のことちゃんと見てくれてたん?い、異性と、して…………?」


「う、ん…………ちゃんと答えられる状況になかったから、あのときは。」


「そっか…………。私も、ずっとずっと好きだったんよ。」


そう峰子が呟いたあと、2人とも黙りこくってしまった。西洋風な音楽が流れる中、リラックスもできず、2人俯くばかり。


 2人同時に飲み物を口につける。


「そういえば、峰子ちゃんにお土産があるんだけど。」


「?」


虎吉は椅子の近くに置いといた紙袋をずいと差し出した。峰子ははてなという顔でおそるおそる受け取った。


「これ………最近西洋から入ってきたお菓子。マドレーヌって言うんだ。」


「まどれーぬ??」


「うん、ちょっと食べてみてよ。」


そして峰子には聞きなれない言葉だったので、とりあえず、中を覗いてみる。紙包装に包まれた、貝のような形のお菓子。紙を破くと、カステラのような生地が丸まっていた。


「い、ただきます………。」


峰子は、はむっとマドレーヌをかじると、頭の中がお花畑になった。初めて食べた、甘いバターの味。口に広がる風味は、幸せになる空気を運んでくるよう。


「…………おいしい。」


「良かったあ。」


「………ありがとう。」


峰子はなぜか、これを食べていると、虎吉と一緒にいたいと強く思ってしまう。


 今が、すごく幸せだ。


 恋人として、


「………いっしょにいたい。」


「え?」


「え?今、私が言った?」


「言っ、た。」


虎吉は珍しく、首をかきながら頬を赤く染め、目を逸らした。


「僕も、思ったんだ。忘れもしない6年前の2月14日。」


「2月、14日………。」


「ハッカ飴を舐めて。ずっと一緒にいたいって。」


でも虎吉は電車に乗るまで我慢した。トランプをあげたから、僕のことは忘れないでしょ、と。


 でも、電車が峰子を遠くに置いていったとき、まだ小さかった虎吉は涙が溢れた。


 …………ほんとは、我慢なんてできるはずないじゃん。


 だって、好きだから。


 ずっと一緒にいたいから。


 でも


 兄弟だから。




 「「ねえ。」」


重なった声かけを微笑んで、口を開いたのは…………。


「好きです。付き合ってください。」


くすぐったく笑ったのは…………?










 20××年。1人の少女がデパートをふらついていた。


「どうしよう………東京から転校してきた男の子にあげるお菓子。本命あげるのなんて初めてやし……。」


頭が真っ白になりかけたとき、ある小さい看板が目に入った。


[バレンタインのキャンディーはあなたと長く一緒にいたいという意味!ぜひ○○堂のキャンディーを本命に渡してみては?]


「キャンディー………?いいかも………!」


それを買った少女の顔は輝いていた。


 その看板の下には、その意味がついた起源も載っていた。






 その1ヶ月後。1人の少年がまたデパートをふらついていた。


「どうしよう………好きな子から本命もらっちゃった………。女の子にもらったの、は、初めてだし………。わ、わっかんないよぉ………。」


迷いすぎてめまいがしかけたとき、あるチラシが目に入った。


[ホワイトデーには、ぜひマドレーヌを!マドレーヌはもっと仲良くしたいという意味があるよ!]


「マドレーヌ……もっと、仲良くしたい………もっと。」


その瞬間、そのチラシが張ってあった店に飛び込んだ。





 2人の恋は、切なく甘い。 




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~3月14日ホワイトデーver~[切なく甘い恋の味] のか @LIPLIPYuziroFan

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