月光の舞台

赤城ハル

第1話

 昨今、監視カメラはド田舎でもない限り一般化している。なのに奴は都市部から少し離れているとはいえ、監視カメラのある市内で犯行を及んでいる。

 そして––––映らないのだ。

 どのカメラにも。

 犯行現場には監視カメラはない。だが、周囲の道には監視カメラがある。にも関わらずそこには切り裂き魔は映らない。

「空でも飛んでいるのでは?」

 なんて冗談も最初の頃はあった。

 だが、今では誰も言わない。

 まるで本当にそうであるかのようだから。

 これまでの害者は二十代から三十代の男性。遊び盛りから既婚者まで。そして手の黒いものから埃のないまっさらな男まで。男という以外共通点は何一つない。

 そして10件目にて県警は極秘で囮捜査を実施することになった。

 そこで囮役として数名が選ばれ、そこで満27になる私が選ばれた。

 選ばれた理由は若くもなく、おっさんでもないというただそれだけだった。

 断りたかったが上からの命令でしぶしぶ私は囮役を演じることになった。


 私への囮役としての仕事はただ決められた時間に指定されたルートを歩くことだけ。ルートは飲食街のから寂れた住宅街のまでを。

 飲食街の裏は表とは違い暗く、明かりが少なく、すえた臭いのする道。

 普段ならグレた者達が危険な取引でもしているか犯行を及んでいたりするが、今は誰もいない。

 やはり切り裂き魔が原因だろう。

 切り裂き魔は裏表関係なく人を襲うがやはり社会に対して後ろめたいものを持つ者達は自分が狙われるのではと思ってしまうのだろうか。

 そういえば害者の中で警察内でも名を聞く半グレのリーダーが狙われたとか。そして報復に殺人鬼狩りを行おうとした半グレ集団も返り討ちにあったとか。

 しかし、捜査本部ではその件は別件と扱っている。今までは一人を狙っての犯行であったため。この件は返り討ちにあった者達は13名に及ぶ。それも合計ではなく一度で。殺意のあるギラついた者達をたった一人で殺せるだろうか。どれだけの手腕というのか。捜査本部ではそういったこともあり犯人は複数と考え、市内の切り裂き魔とは無関係と結論づけた。

 だが、鑑識はそうとは考えていないらしく、犯行の手口、そして現場に何一つ決めてとなるものを残さないことから同一犯とも考えていた。


 私は飲食街の裏から雑居ビルや錆びれたシャッターが降りた整骨や花屋等のある店、そしてボロアパートのある道に進んだ。

 人がいるのかいないのか分からない町だ。

 涼しい風が吹き、私の体温を奪う。

 吐いた息は白く、立ち昇っては霧散する。

 つい吐いた息を見ていたら、夜空が目に入った。

 夜空には白く輝くまん丸のお月様が夜闇をくり抜いていた。

 私はもう一度息を吐いた。今度は長く。

 吐き終わった後、背中が震えた。息を吐いたから熱がなくなったとかではない。

 鋭く冷たい殺意が背中から突き刺してきたのだ。

 これまで殺意というものは相手に直面し、相手の意志と雰囲気、手にした凶器、鋭い視線によるものだった。

 しかし、此度の殺意は背中から。相手を見てもいないし、いるかも分からない。

 それでも私は分かった。

 ––––いる。

 スマホを取り出し、画面カメラモードにして後ろを見る。

 髪型と体の膨らみから女であろう。顔は暗闇で分からない。

 私はスーツ裏に隠したマイクに小声でメンバーに連絡を取る。

 耳のイヤホンからはノイズ音だけがする。

 ––––おかしい。

 私はスマホで連絡を取ろうとするがそれも無理だった。


 角を曲がり、灯りの少ない道を通る。

 スマホで確認すると女も私と同様に角を曲がった。

 犯行が及ぶとしたら、ここと目星を付けられている。

 ゆえに前もって危険な道と指定され、この道の建物には捜査員が潜んでいる。

 もし私が声を上げたら、捜査員が現れることになっている。

 けれど人の気配が感じ取れなかった。

 私には六感というものはない。それでも人がいないという考えが頭をよぎるのだ。

 捜査員とも連絡が取れないゆえ、そのような弱気を感じたのだろうか。

 相手が電灯の下に着いたら私は写真を撮ろうと決めた。

 そして女が電灯の下に着き、私はシャッターを押した。

 が、写真は撮れなかった。

 ––––どうしてだ?

 私はもう一度撮ろうとしたら、だが画面に女はいなかった。私は驚き、振り向いた。後ろにいたはず女の姿は消えていた。もしかしたらどこかの建物に入ったのか。しかし、周りにはシャッターの降りた店か廃ビルで人の住む民家はなかった。

 私は首を傾げ、道を進むことにした。


 ルートも終盤に差し掛かった頃、前の空き地にあの女がいた。私は驚き立ち止まった。女の上にはとても明るい月が。逆光で顔が見えない。

 ––––いつ前に出た? どうする? 話しかけるか?

 逡巡して私は職質することにした。

 そして空き地の前に差し掛かった時、女の手に月明かりを反射するもの見た。

 ナイフだった。まるでゲームに出てくるような大きさの。

 ––––なんで気付かなった。あんな大きいナイフに気付かないなんて。

 私は慌てて足を止めた。

 私はスーツ裏のマイクに応援を呼ぶ。しかし、誰とも連絡が取れない。

「警察だ。ここで何をしている? 手に持っているものは何だ?」

 女は答えない。にんまりとした笑顔のまま、ゆっくりと近付いてくる。

「止まれ!」

 私が一喝すると女は止まった。

 私はスマホを出して連絡を取ろうとする。

 女に注意しつつ、スマホを操作する。

 そして女が大きくなった。いや、一瞬で目の前に現れたのだ。

 私はタタラを踏んで後ろに下がる。

 その時、ぼたりと何かが落ちた。目を向けるとそれは手で、スマホが握られている。

 右手を見ると私の手首から上が切れていた。

 私は悲鳴を上げ、左手で右腕を押さえる。

 痛みで頭がズキズキする。

「痛い?」

 女が子供のような無邪気な声音で聞いた。

 私は右腕を押さえつつ、後ろに下がる。

 一定の距離の後に振り返って走る。

 が、背中に痛みが走ると私は前のめりに地面へと倒れた。

 脊髄をやられたらしい。脊髄を損傷して足が動かなくなった。

 女は私のスーツの首根っこを掴むと私を後ろへと投げた。

 私は空を飛び、そして空き地へと大きく転がり、倒れた。

 なんと暴力的なのか。

 それにしても女の細腕一本で大の男を投げられるのか。不思議なことだ。しかし、現に私は投げ飛ばされた。

 私は女へと視線を向ける。

 女は月明かりをスポットライトのように受けて近付いてくる。そこでようやく女の顔が判明した。とても綺麗で惚れぼれする顔だった。


 女は美しかった。月夜の女神と言っても過言でもないだろう。足取りも女優そのもの。まさにこの舞台の主役。

 女はナイフを持っている。

 それがどのように使われるのか。そしてこれから何が行われるのか想像につく。

 それはとても恐ろしいこと。

 なのに私は心をときめいた。

 あまりの美しさか。

 はたまた月の魔力か。

 今夜、私は助演男優になる。


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月光の舞台 赤城ハル @akagi-haru

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