第3話 囮ルーレット

「——んで、最近勢力を拡大してるギャングを懲らしめるわけだけど……。当然、私と薬屋の顔は知られてるんだよね」

「マリリンちゃんは元締めだし、私も薬師として活動してるからね」

「秘書としても頑張ってくれてるんだよ」

「このポンコツ――失礼、ヤクチュウさんが……?」

「本当に失礼だね!?!?」

「まぁ事実だし」

「マリリンちゃん!?!?!?」


 裏切られた、という顔をしているが、ヤクチュウさんがポンコツなのは周知の事実である。


「だから、私との繋がりがないこーはいちゃんに頼んだってわけ。潜入よろしく」

「めんどくさいです」

「召喚陣」

「妥協案があります」

「どうぞ」


 夏休み中、先輩方の助っ人をした以外は、ひたすらにレベ上げをしていた。ので、死霊術師としてのレベルもかなり上がり、ようやく使える(っぽい)アンデッドを喚べるようになったのだ。拍手。


「この度、<死霊術>で<揺蕩う霊魂レイス>と<竜の子ヴァンパイア>を使えるようになりました」


 ここまで言うと、マリリンさんとヤクチュウさんが何故か「ん?」といった顔になったが、気にせず続ける。


「この二つはアンデッドの中でも比較的人に近いです。王国は人外であろうと売買を禁じていますし、こいつらを囮に、商品として売られているところを大義名分のもとにぶっ飛ばせばいいでしょう」

「珍しく脳筋戦法じゃないね。何か考えてたこと色々吹っ飛んだんだけど」

「お二人で強行しないということは、それなりに手強いのでしょう? 無理に突っ込んで失敗して、召喚陣が貰えないなら意味がありません」

「まぁね、そこら辺のゴロツキじゃ相手にならないってのもあるし、頭が回るやつもいるみたいだしね」


 会話が一区切りついたので、さっそくレイスとヴァンパイアを喚ぼう。MPがもったいないし、詠唱はフルでやるか。


うごく霊、揺らぐ魂。死してなお、心を保つは恨みか、辛みか。未練がため現世に留まり、されど生者の欲を厭う。幽かに求むは彼岸への道。川に隔てられ流れゆく。此岸に着きし迷える魂。道を示そう、列を成せ。<揺蕩う霊魂レイス>」


 さて、これで大量のレイスが現れる……はずなのだが。


「……?」


 何か、様子がおかしい。


 今回が初めてのため、これが間違ってるとも限らないが……。


 ぼんやりと滲むような白い靄は一つしかない。ここから分裂するのか? 魂って分裂していいのか???


 靄が輪郭を描き、人型に近づく。小さくね???


 足先からブーツが形作られ、体を形成していく。ぼろぼろのローブが見えた辺りから、ヤクチュウさんの「ちょっと待って!?!?」という声が聞こえた。


「……あー、うん。なるほどね??? 大体察した」


 現れた白髪赤目の幼女は、そんな気の抜けたことを言った。


 ……は???


 今の声は、明らかに我らが文芸部部長、和泉先輩である。


「何……。は???」

「あー、その声……。やっぱそうなのね??? 把握した」

「八宝菜が何でここに???」

「薬屋、久しぶり。後、普通それこっちが聞くやつだからな???」


 頭上に浮かぶプレイヤーネームは八宝菜。前にメールを送信してきた名前とも同一である。


「こっちはふわっと理解できてるけどさ。お前が死霊術師ってのはそふかから聞いてるし」


 何ナチュラルに情報漏洩してんだあの人。そらキャラメイクのためにあの人には知られてるが。ふざけるなと言いたい。


「——ところでこーはい、お前のキャラデザめっちゃ性癖なんだけど貢いでいい?」

「いきなり何を言い出すんです」

「受け取りはするんだね」


 差し出してきた金貨の詰まった袋をマジックバッグに収める。いやまぁ、まくらさんから予め聞いていたから驚きは少ない。後この人に貢ぎ癖あるのも、とうに知っている。


「ついでにこれ着てくれない?」

「欲望を隠しませんね」


 直角お辞儀で八宝菜さんが捧げてきたのは骸があしらわれた黒の着物。


 ……あぁ。そういやこの人、“黒髪ロングの着物が似合う美女・美少女”が性癖だったな。まぁ私だから似合わないことはないだろう。


「目の前で着替えろと?」

「それも一興だが通報は嫌だ!!! <土どーんアースウォール>!!!」

「八宝菜さんって<詠唱破棄>取ってるんですね」

「いや、取ってないよ?」

「雑な嘘吐かないでください」

「ほんとだけどなぁ……」


 <地魔法>でつくり出した土の壁に囲まれながら着替える。あ? 着付けくらい一人でできるわ。


「壁崩していいですよ」

「おけー。……!!! は~~~~~!!! 清らなり~~~~~~~~~~~!!!!!!」

「急に古語」「流石文系」「これ文系関係あります???」


 相変わらずテンション高いな。慣れたけど。初対面のときはもうちょい落ち着いてなかったか???


「その……八宝菜さん。ありがとうございます」

「お金いる?」


 はにかみつつお礼を言うと、八宝菜さんが心臓を押さえて貢いできた。ちょろいな。


「ハッ! 忘れるとこだったぜ!!! ねぇ! 吸血鬼ヴァンパイアも呼んでみて!」

「……何で知ってるんです?」

「お前が着替えてるとき薬屋に教えてもらった」

「オラァ!」

「理不尽!」


 ヤクチュウさんを殴り飛ばす。何なんだ。情報漏洩は基本技能か???


「はぁ……馬鹿しかいませんね」

「んんんっ」

「気持ち悪い笑い方ですね。落ち込んでる後輩も慰められないんですか?」

「……いやまぁ、うん、それは……ね」


 お? 珍しく歯切れが悪い。てっきり「お前が……落ち込む……?」とか何とか言って盛大に煽ってくるものだと思っていたが。想像したら腹立ってきたな。殺そ。


 八宝菜さんを蹴り飛ばしつつ、ヴァンパイアを喚ぶとする。この人しつこいからな。喚ばない限り永遠にやかましそう。


「血を糧とする不死の怪物。生き血を啜る黄泉からの帰還者。時に獰猛、時に高貴。変幻自在のその姿。夜闇に羽搏はばたく蝙蝠に、大地を駆ける餓狼に転じ、獲物を定め喰らうモノ。牙を、爪を、羽を、目を、耳を、体全てを誇りとするモノ。出る杭は打たれず、力を揮え。<竜の子ヴァンパイア>」


 詠唱が長ぇ。だが、これなら強力な物が喚べるはず……。


「……はぁ、うん。なるほど。完璧に理解した」


 は?


「何であんたがここに……!?」

「君が呼んだんだろ? 死霊術師さん」


 この声は副部長、双葉先輩。何か知らんが男になってる。


「この状況に関しては別にいいんだけど……こーはいの服装が変わってるのは?」

「ヘイ! My best friend そふか! それは私が貢いだだけだぜ!!!」

「おま……君は本当に変わらないね」

「いやぁ! それほどでも!!!」

「褒めてないよ」


 双葉先輩はそふかさん。てか、あれで出てきたってことは吸血鬼だったのか。


「まぁいいさ。今回は僕も君へプレゼントがあるんだよ」

「おや、明日の天気は槍ですかね?」

「そんな警戒しないでも、クラーケンの召喚陣のプレゼントだよ」

「ありがとうございます」

「君がお礼を言うなんて……と思ったけど、それは割とあったね」


 私ほど日頃から感謝を伝える人間はいないだろう。何を言ってるんだこの人は。


「と、言うわけでどちらか囮になってくださいませんか? どっちもでもいいですよ」

「どういうわけで???」

「おっけー! よろしく、そふか!!!」

「そしてナチュラルに俺を生贄にするなクズ」

「素が出てんぞ~」

「誰 の せ い だ」


 文芸部コントの開祖二人は今日も元気である。


「まぁざっくり言うと闇オークションに出品されてほしいんですよね」

「野菜超えのクズいたわ」


 野菜ってなんだ。流れ的に八宝菜さんだろうが。薬屋と同じ系譜を感じる。


「野菜お前、演技力高いからいけるやろ」

「おっと??? もしや私を出品する方針で進んでらっしゃる???」

「あ、八宝菜ならこっちとしても歓迎だよ。使えるし」

「物扱いに躊躇いねぇな、こいつら。一周回って好き」

「いってらっしゃい」

「こーはいちゃんはそふかちゃんと待っててね」

「えぇ……」


 何故……。ヤクチュウさんの言葉に思わず本音が出てしまった。


「めちゃめちゃ嫌そうで草。……ま、何かあったときのために待機しといてって。そふかも貴重な戦力だし。逃す手はない」

「いつの間にか戦力に数えられてる……。……逃げとけば良かった」

「ざまぁ」

「殺す」

「店壊すのは止めてね! じゃ! 留守番よろしく!」

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