第5話 ファミリー商会

 取引当日、私、マリリンさん、ヤクチュウさんの三人は王都にある“ファミリー商会”の応接室に来ていた。威嚇目的ではないので、ショゴスもナトも召喚していない。一応、私は無関係なので素性が分からないよう上半分の顔を覆う猫の仮面をつけており、服装も普段とは違うメイド服である。なぜこんなもんを持っているのか。謎である。


 “ファミリー商会”。商会とは言うものの商業のみならず、建設業、鉱業、金融業、運送業、宿泊業など、数多の事業で成功を収めた世界有数の商店である。NPCによって経営されているとされ、表向きのスローガンは“家族のように温かい商会”。しかし、裏では世界に名を轟かせるマフィアのファミリーである。しれっと英語を使っている辺り、プレイヤーと関係があるのでは? という考察もされていた。考察班は今日も元気である。


「この度は一介の旅商人の取引に応じてくださり、心より感謝申し上げます」

「いえ、それほどマリリン様の魅力的だったということです」


 “一介の”という部分は否定せずに、“商品”に惹かれたと強調する取引相手。何だ、こいつ腹立つな。「殴っていいですか?」という意の目配せをすると、「やるときは合図するから大人しくしてて」と指で小さくバツをつくるおまけ付きで却下された。


 それにしても、下っ端が来ると聞いていたが、予想外に身形みなりが整っている。てっきり、三下感があるやからみたいなやつが来るものかと。グレーの髪に赤のメッシュが入った美形だ。ブラックスーツに赤ネクタイ。黒のコートと帽子……中折れハットとかいう名称だったか、をソファーに掛けている。こいつほんとにモブか? 主要人物だろ。声も良いし。


 あと、マリリンさんの敬語に違和感しか感じない。マリリンさんの隣に座るヤクチュウさんなんて笑いをこらえて小刻みに震えている。この状況で笑えるとか割と図太いな。


「今回、取引させていただく商品はこちらになります」


 そう言って、マリリンさんは背後に立つ私からマジックバッグを受け取り、その中からヤクチュウさんが作った麻薬を取り出す。私は麻薬というと白い粉のイメージがあるのだが、マリリンさんが取り出したのは液体が入った瓶だった。色の澄んだ緑や青でポーションと偽っても通じそうだ。


「効果は?」

「主に高揚感、多幸感、鎮痛作用、幻覚・幻聴などですね。薬が切れた際の効果は激しい疲労感に憂鬱感、乱用を繰り返すと思考力の低下、性機能の障害などが起こります。強い依存性がありますので、一度使用すれば自力で絶つことは不可能でしょう」


 何だその覚醒剤と大麻と阿片アヘンのちゃんぽんは。保険の授業で聞いたことある言葉のオンパレードだな。


「他にも様々な効果がありますが……、主な麻薬と変わりはないかと。詳しくは、資料を用意いたしましたのでそちらをご覧ください。

 用途としては、他国の無能な上層部に売るも良し、頭の足りない若者に売るも良し、騎士団に鎮痛剤として売るも良し、でございます」


 なしてそんな凶悪な案がポンポン浮かぶん??? どんな人生を歩んだら、そんな考えが思いつくのか。アヘン戦争でも起こす気か???


「品質には自信がありますが……どうでしょう?」


 取引相手(マリリンさん曰く、こういった裏の場所では名乗らないのが普通)は、じっと商品の麻薬を見つめる。


「ええ、確かに高品質の物のようですね。……分かりました。購入させていただきましょう。数は……いくつお持ちで?」

「三万ほど。劣化の心配はありませんので、ご安心を」

「では、それら全てを購入いたします。価格は……こちらに」


 取引相手が数字の書かれた紙を差し出す。わー、0がいっぱいあるー(脳死)。この額即決するとか絶対下っ端じゃないな、これ。


「おや? おかしいですねぇ。この程度の値段とは舐められたものです。<鑑定>持ちでない小娘なら騙せるとでも? どうやら見る目がないようだ」


 完全に口調が悪役。どっちが悪か分からなくなるだろ。どっちもか。

 そして何故、喧嘩を売るのか。馬鹿なのか? 相手マフィアだぞ。NPCでもリスキルはできるんだからな??? 粘着されたら終わる。満足しとけよ、十分高値で買ってくれてるだろ。


 態々敬語を外し、ソファーの背もたれに体を預けるマリリンさん。思いっきり相手を下に見た動作だ。ヤクチュウさんがそわそわし始めた。


 というより……あれ? マリリンさん、「<鑑定>は商人の必須スキルで、私も薬屋も持ってるよ」って言ってなかったか? ちらっとマリリンさんの方を見ると、相手に見えないように親指を立ててサムズアップしていた。楽しそうだなぁ(目逸らし)。


「この取引は、なかったことにいたしましょう。そうですねぇ、神皇国にでも売りましょうか? あちらは人外——亜人を駆逐する理由を求めていますから。疎外され、絶望に打ちひしがれた亜人たちが、薬に手を出し、どこの国でも使い物にならなくなった彼らは処分される。そんな物語ストーリーはとても都合が良いでしょうね」

「……それを、我がファミリーが看過するとお思いですか?」

「邪魔立てするお積もりで? ご勝手にどうぞ。対抗手段などいくらでもありますから」


 私の方をちらりと見て、あたかも“マフィアをいつでも潰せる戦力を持つ”と錯覚させる。実情はスライム一匹とゴブリン一匹、あとはゾンビを召喚できるだけのひよっこである。ナトはできるだけ鍛えたが、マフィアなんて相手にしたら死ぬ。その堂々とはったりかましていくスタイル、嫌いじゃないぜ。


「まぁ、わたくしとしても望んで貴方方あなたがたと敵対したいわけではございません。商品を、適正価格で買っていただきたいだけなのですから……ね?」


 小首を傾げ、あざとく微笑むマリリンさん。目を細めながら、ゆったりと足を組む姿は小悪魔的である。美少女だから絵になるな。スクショしたらバレるか?


「……買い叩こうとした非礼をお詫びします。改めて、こちらの金額でよろしいですね?」

「はい、結構です。お買い上げ、ありがとうございます」


 にっこりと笑うマリリンさん。マフィア相手に交渉成立させやがったよ、凄いというか一周回って頭おかしいんじゃないのか?


 その後、保管場所やこれからの定期購入について取り決め、マリリンさんの大勝利で今回の取引は終わったのだった。

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