裏稼業のお手伝い

第1話 リアルにて、求人募集

 ログアウトすると、仮眠室はまだ薄暗いままだった。

 どうやら、私が最初にログアウトしたようである。普段やかましい先輩方が、こうして静かにしているのには違和感がある。

 体を起こして、ふかふかのベッドから降りる。長時間寝ていても、体に全く負担にならない。獅子高(獅子高等学校の略称)は設備に金をかけることで有名だ。食堂の広さとメニューの豊富さなんて異常である。


 部室に戻って荷物を取りに行くか、と扉に視線を向けようとすると、喧しい先輩筆頭の和泉先輩(文芸部部長)が目に入った。この人、フルダイブ中も布マスクしてるのか。最早執念を感じる。


 ……今なら、取れるか?


 部長の素顔は本人と双葉先輩(文芸部副部長)しか知らないと言われている。中学が同じだったと言う天羽あもう先輩、島村先輩、梅原先輩すら見たことがないのだ。めっちゃ気になる。


 部長の布マスクにそっと手を伸ばすと——


「——取ったらマジギレされるから、めといた方が良いよ」


 背後を取られた。声で何となく分かるが、振り向くと私より身長の低い女子生徒が立っていた。


「好奇心は猫をも殺すってねぇ。一年の頃、双葉以外の部員総出で響のマスクを剥がそうとしたんだけど、全員返り討ちに遭ってアイテム収集のデスマーチに付き合わされたよ。いやぁ、懐かしい。もう二度としたくないね」


 田上たがみ真鈴まりん先輩。黒髪のおかっぱボブに茶色の瞳の小柄な美少女である。名前の通り、鈴を転がすような声で、可愛い系の女子が好きな男子生徒に、天羽先輩とともに人気だ。何を丁寧に解説してるんだ。私はギャルゲーの攻略対象の情報を伝える親友ポジか。


「マスク取って責任だけ田上先輩に押し付けていいですか」

「さては君、相当クズの素質あるな??? 良いわけないでしょアホか」

「残念です」

「残念がるな」


 漫才としては上々だろうか。この部活、居心地がいいんだよな。主に無礼をノリとして捉えてくれる点で。


「それで、何か用件でも?」

「用がなきゃ話しかけちゃ駄目?」

「何、彼女みたいなこと言ってるんですか。田上先輩は利益のないことはしない性質たちでしょう?」

「私だって可愛い後輩に用もなく話しかけてみたりするさ。まぁ、今回は頼みごとがあるんだけどね」


 はよ言え。


「何ですか?」

「バイトしない?」

「は???」


 あぁ、言うのを忘れていた。田上先輩は、やたらと言葉を端折はしょる癖がある。エンタメ性が溢れすぎて逆にうざい。部長と副部長と梅原先輩もやってた。うちの部活は愉快犯が多い。


「『FMB』でちょっと人手が足りない事態が起きてね。手伝ってほしいんだよ。もちろん、お給料も出すから、バイトって形で雇いたいの」

「……内容は?」

茉菜まなも困っててさぁ! 橋谷ちゃんなら信頼できるし、機転も利くしね!」

「内容は」


 茉菜とは恐らく、酒井先輩のことだろう。田上先輩と小中学校ともに一緒だったと聞いている。


 あと今更だが、私の名前は橋谷はしや華音かいんだ。よく名前の読みを間違えられる。


「だからお願い! 初心者は何かとお金がいるでしょ? 簡単な仕事だからさ! ね?」

「だから内容は???」


 話聞けや。この先輩、意地でも内容言わない気だな。絶対、ヤバイ系の仕事だろ。


 しかし、今までの経験上、ここでYesと言わないと大変なことになる。具体的に言うと頷くまで接待される。もう高級旅館に二泊三日で泊まりたくない。女将さん綺麗。ご飯美味しい。懐柔される。三泊したかった。


「はぁ、分かりましたよ。待ち合わせ場所はどこですか? 今王都にいるので、あまり遠くへは行けませんよ」

「いやぁ、ありがとねぇ。どうもどうも。じゃ、王都の西側で“ドラッグ&ドロップ”って小さな薬屋があるから、そこで待ち合わせね」

「了解です」


 まぁ、お金が必要だったのは事実だ。ラッキーだと思うことにしよう。思いたい。思えるといいなぁ。

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