時代を牛耳る男、語る


「新品のスニーカーに鰹節をまぶす、そうするとラバーソウルの耐久性が飛躍的に増すのです」

社長はインタビューでそう答えた

今話題の企業家、十人を取り上げる番組内でのことだった

企業のトップである人間がそのような非科学的なことをしているなどとは驚きだ。しかし古き良き昭和を思い起こさせるなんとまあ微笑ましい出来事だろう

社長はこうも話した

「うーん………日々アグレッシブに生きる秘訣ですか? いやまいったなあ、まさか自分がそんなことを話す立場になるなんてね。昔、校長先生が真夏の炎天下の朝礼時に永遠と自身の健康話しを若干、痴呆気味に述べていた時には小学生ながら一度その腹部にズドンと鋭利な刃物でも突き立ててやろうかと本気で思いましたけど。何しろいつまで経っても『座っても良し』の一言すら無かったのですから。わたしの場合、強いて言えば、まあこれは趣味の分野にもなってくるのですが毎晩ベッドの上でヤドカリを戦わせています。これは凄いですよ、何しろ奴らにとっては命がけの戦いなんですから。いくら最新技術の発達したヴァーチャル・アイランドでモンスターを狩ったりしても目の前に広がるこの現実世界には到底、及びません。もちろん応援の声は『どっちもがんばれ!』です。わたしはどちらにも肩入れせず神の視点を保持しています」

童心を忘れない

それが天才の天才たる所以なのかもしれない。いくつになっても少年の瞳で毎晩ベッドの上で丸まりヤドカリを見つめている社長の姿が容易にわたしの脳裏で再生、出来た

我々が彼の発言から学ぶことはたくさんある

「例えばね………疑うことが大切なんですよ。負けないこと、投げ出さないこと、あと逃げ出さないこと、あとなんだっけ? 信じ抜くこと。当たり前とされているようなことでも(あれ? もしかしてこれは本当は違うんじゃないかな?)って少しでも思ったら最後までその気持ちを捨てちゃいけないんですね。新しい発想ってそういうところから生まれてくるんです。ぼくも学生時代からよく物事を疑ってかかっていました(あの転校生はゾンビだ!)そう思ったらもうそいつは最後までゾンビなんです。徹底的にいじめ抜いて心臓に杭を打ってやりましたよ」

天才にはユーモアのセンスも予め備わっているのだった

もちろん人を笑わせる者は頭の回転が早い者だけ。なあんちゃって、と言って舌をぺろっと出し笑う社長

「人から狙われることもありますよ。嫉妬です。哀しい話しですよ。この間も脇の下を二十四回、刺されました………あいにくそこだけは日頃から鍛えていましたから刃物の方が先に折れ曲がってしまいましたけれどね。相手が非力な女だったこともあるかもしれません。ベッドの上でうかうか裸体を晒すことも出来やしませんよ」

社長はさらに続けた

「しかしベッドタイム中に『きみはまさかぼくのライバル社に雇われたセクシー・パンサーではあるまいね?』などと尋ねることは野暮じゃないですか」

社長がこちらにウインクする

わたしはこの時、社長がわたしを誘っているということに気付きました

御免です

少年の瞳だろうが何だろうが全く気味が悪い

わたしは立場上ただうんうん頷いているだけなのだ


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る