江戸物語


姐さんが薬を棚から取り出したのだ

その手つきの艶かしいことと言ったらなかった

子分は欲情しかけた

だが必死で堪えた

子分は通りを歩く男の方をちらりと見やったあと親分に言った

「あの腹ぺこ、今度は何をしでかすつもりでしょうかねえ?」

親分は腕を組んで言った

「今のところはシャープペンシルを舐めているだけのようだがいつまた村の畑を荒らすかわからねえ………その時はわかってるな? 翔、お前が射殺するんだ」

すぐさま子分の翔はぴくりと反応した

「あっしがですか?」

「うむ」

親分は目を閉じ、頷いた

翔は指をくいくいっと何度も折り曲げた

「何している」

親分は尋ねた

「へへ………射殺の練習でさあ」

何度も指を曲げる翔を見て親分は何かを思った

だが何も言わなかった

IQが怯えて逃げ出す存在、それが翔だった

親分や翔の頭上では御天道様が輝いていた

人力車やハイブリッドカーはのろのろと走り誰もそのことに文句を言わなかった

平和

平和すぎる江戸の午後だった

しかしこの時めくるめく混沌の序章は既に幕を開けていたのだ

村一番のメスのもんぺ姿に欲情した男が白昼堂々、準強姦行為を働きかけているとの情報が入った

「親分、おれちょっくら行ってくらあ!」

早速、翔はねじり鉢巻にナイキのシューズといったいつもの出で立ちで横丁を駆け抜けた

だが純情な翔は目の前で行われている背徳にすっかり魅了されてしまい気付けば次のようなことを口走っていたのだった

「あっしも是非、混ぜていただけないでしょうか?」

男たちは訝しげに翔を見た

翔は抜け殻のような顔でにやにやとそこに突っ立っていた

「よろしくお願いしやす、こんな興奮は初めてでありやす」

ぺこりとお辞儀もした

わたしはあなたのサポーターです、とでも言いたげに意識を無くした女の両腕をぐっと掴んだ

男たちは気味が悪くなって逃げた

走り去りながら局部をしまうのにやや手こずっているようだった

翔は結果的に村一番のメスを救った

「まあ………全てが計算通りなんだよなあ」

翔は満足げに親分にそう報告した

翔、如きが最も口にしてはいけない言葉の一つが『計算』だった

学問の神様でなくても翔の顔面を引っ叩きたくなるのは無理もない


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