庭にある桜の古木は今年も綺麗な花を咲かせている

私池

 第一話

 高校に入って三週間、ついに平凡でどこにでもいそうな僕も「彼女いない歴=年齢」の称号を神様に謹んでお返しすることができた。

 しかも相手は学年一の美少女でスタイルも抜群な谷村愛美ちゃん。


 付き合ったきっかけは本当に偶然で、入学試験の時、駅の階段で足を踏み外した彼女が上から降って来たんだ。

 とはいっても下まであと二段だったので僕は右足の捻挫で済んだんだけど。

 彼女? 大丈夫、ちゃんと僕が下になって庇ったから。

 彼女の甘い匂いと胸に当たる二つの柔らかな感触のせいで、痛みを忘れてしまった事は誰にも言えない秘密だ。


 試験まで時間がなかったから彼女の名前も聞かず応急手当も受ないでそのままタクシーで会場へ。

 保健室で手当をしてもらってからギリギリで試験室へ。

 試験は特に問題なく終了。 満足のいく手応えと朝の甘い匂いや柔らかな感触を思い出しながら、右足を庇いながらしまりのない顔で家に帰った僕は周りから見たらキショかったに違いない。


 四月、第一志望に無事合格した僕は駅でまた彼女に会えないかなぁ、などど儚い希望を抱きつつ、入学式に臨んだ。

 退屈だった入学式を終えて指定された教室へ。

 指定された席に向かうと、僕の後の席に人集りができていた。

 席に座ろうとして声を掛けてどいてもらうと、

「「え?」」

 そこには試験の日に階段から降って来た彼女がいた。


 お決まりの自己紹介で彼女の名前が「谷村愛美」である事、先月アメリカから家族と一緒にこの◯◯市に引っ越して来た事が、判明した。

 そして他の人の話の最中に彼女からメモが回って来て、僕達はSNSのアドレスを交換した。


 自己紹介も終わり、校内ツアーへ。 席順の通りに二列になって校内を案内される。

 ピロリン。 SNSの着信音にアプリを開けると彼女からのメッセージが。

「今日一緒に帰れませんか?」

「構わないけど、谷村さんが大丈夫? 周りに人が群がるんじゃないの?」

「大丈夫です。 帰り職員室に寄らないといけないので」

「待ち合わせ?」

「はい。 ここの喫茶店に行っててもらえますか?」

 メッセージにあったURLを開くと学校から程近い喫茶店のHPだった。


 指定された喫茶店で谷村さんを待っていると、三十分くらいでドアに付いているベルが鳴り、彼女が入って来た。

「お待たせ〜」

 微笑む彼女。 天使かよ!

「う、うん」

「そうだ、ちゃんとお礼言ってないよね。 入学試験の時はありがとう。 おかげで無事に試験受けられたよ」

「どういたしまして。 こうしてまた会えて良かったよ」

「でもビックリしたよ〜王子様が前の席なんて」

「王子様? 歌も歌わないし、テニスもしないけど」

「えっ? あっ、ち違うの、えっと......」

 谷村さんが赤くなって下向いちゃった。

 マズったかな?

「いや、こっちこそ一目惚れした女の子が後の席でクラスの男子に囲まれてたから驚いたよ」

「ふぇっ、一目惚れって......」

「ご、ごめん。 でも信じてもらえないかもだけど、あの時天使が降ってきたのかと......」

 な、何を言ってるんだ僕は!

 いきなりこんな事言ったらドン引かれちゃうよ!

 でも彼女をみると俯きながら

「へへ、翔くんが私に一目惚れ、へへっ、一目惚れだって」

 赤い顔のままニヨニヨ、いやニコニコしてる。

 とりあえず嫌われてないみたいでほっとしてたら

「それでね、翔くんが良かったらなんだけど、その、付き合ってくれないかな?」

 はにかみながら上目遣いでこっちを見る谷村さんにそんな事言われて断れる男子高校生がこの世にいるだろうか、いやいない!

「よろこんで!」

 どこかの居酒屋さんみたいな返事で僕達の恋が始まった。


 月は変わって五月、GWの初日に初デートで映画を観る事になった。

 待ち合わせ場所に十五分前に着くと直ぐに彼女がやってきた。

 白いワンピースに薄いピンクのカーディガン、ポシェットのストラップで/πになった胸が僕の胸を熱くする!

 そっと彼女の手を握ると、一瞬だけピクッとしたけど握り返してくれた、ヘヘッ。


 映画はアメリカのホラー映画だった。

「本当にホラーでいいの?」

「うん。 私ね、ホラー映画って生まれてから一度も見たことないから見てみたいなって」

 昼前だったので売店でドリンクだけ買って席に着く。

 まだ手は繋いだまま。


 映画が始まって二十分、最初の山場だ。

「「「「「キャーッ」」」」」

 館内に女性の悲鳴が響く。

「イ、イダダダッ」

 僕はみんなと違う悲鳴をあげる。

 谷村さん、握力強すぎ! 骨折れるから! 頼むから力緩めて! イダダダッ!

「あっ、ごめんなさい!」

 小声で謝ってくれた。 うん、かわいいから許す!


 その後も何回か骨折の危機を乗り越えていよいよクライマックス。

「「「「「ウワーッ」」」」」

「「「「「キャーッ」」」」」

「グワァーッ!」

 館内に響く悲鳴の中、またしても僕は人と違う悲鳴をあげる。

 左側にいた彼女が抱きついて、いや、タックルしてきたんだ。 そして僕の腕をとるなり肘と肩の関節を極めにくる!

「ぎ、ギブ、ギブ」

 三回彼女の肩をタップすると彼女は離れてくれた。


「こ、怖いけど面白かったね」

 映画の後ファミレスでご飯、なんだけど彼女が......

 どうやら彼女のお父さんが総合格闘家で、彼女も小さい頃からレスリングと柔術をやっているそうだ。

「気にしないで。 怖がる谷村さんも可愛かったし、もう痛くないから。 それにワザとやったんじゃないよね」

 まだ俯いたままの彼女に重ねて言ってみる。

「それに谷村さん、愛美は僕の彼女だろ? ならもう泣き止んで。 愛美は泣いている顔より笑っている顔の方が可愛いよ」

「本当に? 嫌いになったりしない?」

「するもんか。 ずっと一緒だよ」

「じゃあ結婚してくれる? いっぱい子供作ってくれる?」

 え? ちょっと、なんで急に結婚? あ、ずっと一緒って言ったからか。 

「ゆくゆくは......でも今はまだね」

「うん! 私頑張るから!」


 そのまま機嫌の直った彼女とショッピングしたりして、気がつけばもう夕方。

 彼女を家まで送らないと。

「ちょっとだけお話ししよ?」

 駅からの帰り道、途中にある公園のベンチに座る。

「あのね、私誰かをこんなに好きになった事ないの」

「僕もだよ」

「それでね、あの、その」

 上目遣いに一生懸命何かを伝えようとする彼女を愛しいと思った。

 そして彼女の顎に手を当て、上を向かせると目を瞑った彼女の唇に優しく自分の唇を押し当てた。

 何秒そうしていたんだろう。

 顔を離すと彼女の潤んだ瞳が見えた。

「私のファーストキスだよ。翔くんにあげられて良かった」

「僕も初めてだから」

 そう言って僕は愛美に今度はもっと深いキスをした。


 彼女を家まで送り届けたら彼女のお母さんに捕まってしまい、家に上げられてしまった。

 まだご家族と会う心構えが......


「父親の鉄心だ。 君が愛美の彼氏か。 口出しはしないが、愛美を悲しませたら君の家族全員命はないものと思え」

 え? 二メートル近いガチムチなパンイチお父さんに言われると怖いんですけど!


「母親の陽子です。 愛美はちょっと思い込みが激しいかもしれないけどとってもいい子なの。 もし悲しませたりしたら......フフフ」

 いや、谷村さんに似てとても綺麗なお母さんなんですがボンテージに身を包んで刺身包丁持ちながら目が笑ってない笑顔はやめてくれませんか?


「二人とも固いなぁ、あ、兄の大成です。 う〜ん悪い運気が見えるな。 このままだとご家族に不幸が......この壺持ってると浄化してくれるよ。 愛美の彼氏なら50万円でいいよ」

 詐欺じゃん、嘘つきだ。 あ、ホラーに引っ掛けてホラ? 法螺吹きなの?


「妹の陽奈です。 趣味は呪いの研究かな。 殺して欲しい人がいたら教えてね」

 おい! いま目が真っ黒になったよね? 白目どうした⁈ あと顔にシャーマンがするみたいな紋様うかべないで! トリックじゃないの? あと足動かさずに歩くのやめて!

 なんか愛美の家族ヤバくない⁈


 そんなご家族と(半ば強引に)一緒に夕食をご馳走になり、そろそろお暇しようとしたら、谷村さんに

「私の部屋に行こ?」って言われて十分だけお邪魔したんだ。

 あ、ご飯はとってもおいしかったです、多分。

 谷村さんの部屋は普通の女の子の部屋で、甘い匂いが可愛らしい部屋の様子にピッタリだった。


 谷村さんは可愛いくて素敵な人だけど、谷村さんのご家族、ちょっと僕には荷が重いというか付き合える自信がない。

 なので申し訳ないけど、恋人じゃなくて友達でいたいなって思ったんだ。

「谷村さ「愛美って呼んで。 恋人でしょ?」愛美さん、僕はいいけど、僕の両親じゃ愛美さんのご家族の方と付き合いきれそうもないから、恋人じゃなくて友達の関係じゃダメかな。 クーリングオf」


 次の瞬間、僕の身体は彼女の高速タックルを受けて彼女のベッドに押し倒されていた。

「そんな事言わないで。 ご近所のお婆さんの荷物運んであげたり、車に轢かれた子猫を埋めてあげたりする優しいあなたが本当に好きなの」

「ちょっと待って。 それって高校入る前の話だよね。 何で知ってるの?」

「あの試験の日以来、ずっと見てたから。 だからそんな事言わないで、ね」

 そう言って彼女は僕の上で自分の服を脱ぎ出した。

「恋愛にクーリングオフは効かないから。 嫌いにならないで? キスだけじゃなくて、もっと私のはじめてをたくさんあげるから」

 あれ、身体が痺れる。 なんで?

 抵抗できない僕の服を脱がせて全裸の愛美が僕に覆い被さる。 

 痺れて自由がきかないのに、股間が大きくなる。

「翔、こんなに大きくなってる、嬉しい......」

 そして僕は快楽の渦に巻き込まれた。

 後半は痺れも取れて自分から愛美を求め、責めていた。


「嬉しい。 心配しないで。 私がずっと一緒にいるから。 今日は泊まっていってね。 もっと愛し合お?」



 翌日愛美と一緒に家に帰ると、両親は書き置きだけを残して居なくなっていた。



 僕は就職を待って愛美と結婚して子供にも恵まれた。

 あれから十五年、まだ両親の行方は分かっていない。 

 庭にある桜の古木は今年も綺麗な花を咲かせている。

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庭にある桜の古木は今年も綺麗な花を咲かせている 私池 @Takeshi_Iwa1104

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