空虚

空虚な部屋

　ほとんど何もない空虚な部屋に男はいる。どうしてこうなったのか思い出そうとすれば頭が痛くなる。自分は誰で何をしていたのかも分からない。身元を特定できるものすら持っていなかった。一人の女が入ってきて食事を持ってきた。食事の仕方は女に教えてもらったため一人でできる。女は言った。「世の中は怖いことだらけ。ここにいたら安全だよ」と。言葉の意味は理解できるが想像はできない。何が危険なんだと聞くと黙って微笑むだけ。

　何度か脱走をしようとしてもいつもバレて同じ部屋に連れ戻されてしまう。だからこの部屋から逃げるのは諦めた。その時「この部屋から早く抜け出せ」と誰かの声が聞こえたような気がした。その声がこだまのように響いて希望を与えてくれる。今度こそうまくいくかもしれないと思って脱走を試みた。そうすれば刃物を持った女が追いかけてくる。どこからはものを取り出したのかも分からない。とにかく逃げないと。そう思っていると光のある世界に出た。看護師が慌てて先生を呼びにいく。俺はバイクで事故って10日間目を覚さなかったらしい。看護師が夢で出てきた女とも知らず…