閑話1 邪神からの贈り物2
孤児の一人、ジャスミンはまだ12歳の栗色の髪をした女の子だったが、近頃の成長著しくグッと女らしくなってきた。
しかもドロシーが若い頃より顔などの容姿が遥かに優れていることもあって、最近ジャスミンを見る院長の目が気になった。
優しさを湛えた微笑みの下から欲望が顔を覗かせているのをドロシーは気付いていた。
あと2年もすればドロシーとジャスミンの女としての魅力は逆転する。
勿論、ジャスミンがそう望むかどうかは分からない。
だが孤児院の中では院長は絶対者だ。
院長がドロシーに最初に手を出した14歳になったら……
そう思いドロシーはお腹に子を宿した。
別にドロシーには院長を愛しているなどの感情は無い。これっぽっちも。
院長とは離れた方が安全なら直ぐに切って捨てるだろう。
今まで院長より力のある男との間に関係を築くことが出来なかっただけだった。
だけどドロシーは院長との間に子供を設けるだけでは安心できなかった。
ドロシーが知るだけでも院長の子はこの孤児院に2人はいるのだから。
院長の傍に他の女はいないのに……
ドロシーはそれらの女と同じ
ドロシーはかなりの時間を掛けジャスミンを、自分の安全を脅かす存在を排除する為の活動を行ってきた。
それは地道な行動ではあったが、段々形を結び始めていた。
事あるごとにジャスミンの噂を流したのである。
孤児院にジャスミンという可愛い娘がいる。よくできた優しい娘だと言いふらしたのである。
ドロシーのその地道な行いは功を奏し、今回の事件の引き金を引いた。
最近力を伸ばしている新興の商会、グレン商会の商会長グレンからジャスミンを養子としてもらい受けたいとの話が舞い込んだのだった。
勿論、それがただの養女という訳がない。
数年後には立派な『旦那様のお手付き』になっている事だろう。
今、椿の花が落下するのが幻視された人達。間違ってはいない。
そんな養女の話はどこにでもある。
そんな話を廊下で偶然、という名の必然に耳にしてしまったエドガーも当然、椿の花を幻視した一人だった。
このままではジャスミンがあんな事やこんな事になってしまうかもしれない。そう考えたエドガーは前かがみになるのを必死に抑え、院長室の前から音をたてないように静かに離れた。
次の日、日々の作業をただ黙々とこなしたエドガーは夜にみんなが寝静まったのを確認するとこっそりと寝床を抜け出し、ダンジョンの入り口前に立った。
ダンジョンに潜るのはエドガーにとって初めてではない。
ダンジョンの1階層には弱いゴブリンたちしか出ない。従ってあまり価値の低いゴブリンの魔石を一生懸命集める冒険者はいない。2階層以下に潜る冒険者にとってそれは唯の時間の無駄であり、重しでしかない。
しかしエドガーにとってのそれはちょっとした小遣い稼ぎにはなるのである。
ダンジョンの入り口の近くまでやってきたエドガーに第一の関門が立ちふさがる。
未成年のエドガーはまだ冒険者の登録をしてはいない。できない。勿論100Gなんて入場料を払う余裕もない。
そんなエドガーにまっとうな方法でダンジョンに入る手段はない。忍び込むしかない。
ダンジョンの入り口には冒険者ギルドの出張所というような物が設置されていて、ダンジョンに出入りする冒険者を管理している。
管理していると言っても出入りをチェックして、余りに長い間出てこない冒険者を死亡が疑われる冒険者として掲示板に貼りだしたり、登録した街の冒険者ギルドに連絡したりしている。
今は夜なので出張所の中に入って掲示板の前まで行くことはできない。
今は出張所の外壁にある窓を使った受付カウンターでの、出入場のみの受付業務しか行われていない。
エドガーはこのスニーキングミッションに段ボール箱等を使わずに挑むようだ。
まぁどう考えてもこの世界で段ボール箱はチートアイテムだろう。
ギルド職員はダンジョンへの無断侵入を許してはいない。だが完璧に取り締まっていると言えるような状態ではない。
実際、過去に冒険者資格を剥奪される罪を犯した者がダンジョンに発見されたこともある。
今回も受付カウンターの前にいるギルド職員は、ギルド職員同士の会話に夢中でエドガーの方に全く注意を向けていない。
「……と言うかさ~、家内の作る飯の味が薄くってさ~」
ここエメロンは内陸の街で岩塩が取れる場所も近くには無い。
「お前、奥さんから『あなたの収入が少ないから……』って言われて耐えられるか?」
「……それはきついな」
エドガーが耳を傾けると聞こえてくるそんな話。受付では話に夢中のようだ。
「でもどうしてそんなに生活が厳しいんだ?それなりの給料はもらってるはずだろう?」
「女房の母親に言われたんだ。『娘と相談したんだけど、収入の三分の一程仕送りして欲しいって』」
「……お前、それ奥さんに確認したか?」
「えっ、どういうことだ?」
「奥さんの母親って2丁目のカミラ小母さんだろ?」
「そうだが?」
「奥さんに一度ちゃんと話した方がいいんじゃないか?」
「どういうことだ?」
「いや、奥さんが母親と『本当に』そんな話をしたのかってことだよ。カミラ小母さん昨日近所の小母さん何人かと豪華なランチしていたらしいぞ」
「本当かよ。俺には生活が厳しいって言ってたのに……」
そんな人生のよもやま話に夢中になっていたため、エドガーがカウンターの下をくぐってダンジョンの入り口に近づいても気付くそぶりもなかった。
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