第50話 悩み多き年頃?1

 タチアナさんの食事はなかなかの物だった。

 この道具も材料もスペースも限られたこの場所で作られたものとしては尚更であろう。

 勿論『料理』スキルが20レベルある俺ならもっと美味しく作れるだろうが、自分が作る料理と他人が作ってくれた料理は別物なんだ。

「タチアナさん!うまいッス!」

 タチアナさんに向かってサムズアップ。

 人をほめる時にはしっかりと口に出して褒める。

 人間関係を円滑にするにはこれも大切。

「ありがとうございます」

「今日は食事の用意を全てお任せしてしまって申し訳ありませんでした。明日からは私もお手伝いさせていただきます」

「いえ、お構いなく」

「試したい料理もありますので是非手伝わせてください」

 遠慮と言うよりちょっと引き気味になっているタチアナさんを半ば強引に手伝いを承諾させた。

 さて、やる気になっている所で足りない物を用意しなくっちゃ。

 先程切り倒した木の枝の良さそうな部分を何本か切り出す。

 良さそうな部分とはちょうど何本かに枝分かれしている部分。

 それを切り出すと木の皮を剥いて何本かを束ねる。


 この世界の料理には現代に比べて足りない技法、調理法が沢山ある。

 例えば揚げたり、蒸したり。下味を付けたり、下茹でしたり。

 少なくとも一般人の間には足りない。

 何故か?道具が無い。時間が無い。食材が無い。

 色々な理由はあるが一番は食事を楽しむ余裕が無いのだろう。

 今ある食べられる物を食べるという生活を送っている人にとって味なんてどうでもいいと……

 飢えて死なない事が大切な人にとっては美味しいかどうかはそれ程重要では無い。

 こうして俺たちが美味しさにこだわれるのはその余裕があるからなんだと思う。

 

 道具を作っていると興味を持ったのかベルナリアが話しかけてきた。

「何をやっているの?」

「ちょっと道具を作ってるんだ。まぁ明日の朝食を楽しみにしていろよ」

 そんな感じにその道具を3つ程用意する。

「お嬢様の悩みは解決したのか?」

 食後の紅茶のような物を飲んでいたカップに目線を落としていた顔が左右に振られた。

 ベルナリアは背中を丸めたからか、一層小さくなったようだった。

「私何がしたいんだろう?」

「?」

「私親に学校に行けって言われて気付いたんだけれど、今まで何も考えていなかったなって」

 俺の目からは見えないがベルナリアの手の中でカップの紅茶が波紋を立てているのだろうか?

 ベルナリアはカップをじっと見つめたまま独白するように呟いた。

「お前さんの父親、カークス=ウェスタ―はグリンウェル辺境伯に仕える地方領主で爵位の無い下級貴族だ。ウェスタ―家にとっての最高のシナリオとしてはお前さんをグリンウェル家の誰かに嫁がせられたらと考えるだろう。それがだめならグリンウェル辺境伯領の領主の家の誰かに嫁がせて、辺境伯の家臣の中での立場を安定させられたらと思っているんじゃないか?」

 俺はお嬢様相手にこんな口調で大丈夫か?と思いながらも続ける。

「お前さんは器量はまぁ悪くはない。なら教養、所作と言った格式を上げてより良い相手に見初められる力を付けてグリンウェルの社交界にデビューさせれば……と」

「……」

「このまま親の言う通りに動いていたら嫁ぎ先はどこになるかは分らんが、そんなに違わない結果になると思うぞ。不満か?どうする?どうしたい?」

「……」

 そう簡単に結論なんか出せないよな。

 ちょっと前の俺は右腕のケガによって目標を失って同じようにやりたい事まで見失ってしまっていた。

 で結局そのままこっちの世界に来てしまった。

 お嬢様の事に偉そうに口を挟めたもんじゃない。

 俺が今、冒険者をやっているのだって俺が悩んで決めたわけでも何でもない。

 そうしないといけないような状況に放り込まれただけだ。受け入れただけだ。

 ……俺はまだ何も決めていない。

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