第21話 夜想曲

 ピクシーガーデン亭に着くころには陽は完全に沈み、夜の帳が下りていた。

 二つある月は一つは紅く、一つは青白く太陽の光を反射していた。

 紅い月は楕円の軌道を描いていて、大きくなったり小さくなったりする。

 二つの月はお互いの重力による影響で、かなり複雑な動きをするようだ。


 今宵は青白い月の方が明るいようだ。


 ピクシーガーデン亭の入口をくぐるとロードトゥグローリィのメンバーが食堂のテーブルで陽気に騒いでいた。

 今日の仕事も無事に済んだらしい。

 何よりだ。


 こっちも初クエストが無事に終わった事とランクEになった事を伝えた。

 一日でニュービーが終わってしまってびっくりしたと言ったら呆れられた。

 普通はもっと日数がかかるものなんだって。

 俺だってこんなにすぐに上がるなんて思っていなかった。

 変な大きいのが来たりしなければもっとゆっくりできたのに。


 明日は朝から別の仕事で街を離れると言ったら送別会だーって。

 飲む理由が欲しかっただけじゃないの?


 女将に食事を頼むとシチューか羊肉の煮込みで選ぶみたい。

 シチューだとスープが付かないって。

 

 羊肉の煮込みを選んだ。

 ゆで卵が入っていて少し塩を足してやると美味しかった。

 現代社会に生きてきた俺には味が薄いのだろう。


 アルコールはエールを。

冷却クーリング』で冷やして飲んだのは秘密だ。


 明日は朝が早いことを告げて早くに上がらせてもらう。


『サーナリアさん』

 呼びかけにすぐ返事があった。

『なんでしょうか?』

『こちらへきてまだ2日目です。早すぎないでしょうか?』

『早すぎるというのは成長がでしょうか?』

 軽く頷いて答える。

『はい。不審に思われてしまうのではないかと』

『そうですね。休みを作って冒険者として以外の時間を持つのもいいかもしれませんね』

 なんだかサーナリアさんが向こうで微笑んだような気がした。

『冒険者以外……』

『趣味でも遊びでも何でも。いいのではないですか?』

『趣味でも遊びでも……』

 全力で走らなくてもいい。

 100m走じゃなくてマラソンのように一定のペースで生きてもいい。

『分かりました。考えてみます。ありがとうございました』

『いえ、お役に立てたのなら良かったです』


 窓を開けて外を見る。

 窓と言ってもガラスは使われていない。

 いわば両開きの木の板窓だ。

 この窓からは北の空が見える。

 二つの月も見えている。

 地球とは違う異世界の空。

 それでも一人ではない。

 サーナリアさんに相談することもできる。

 ロードトゥグローリィのメンバーと騒ぐこともできる。

 月ですら孤独ではないのだ。


 窓を閉め寝る準備をする。

浄化クレンズ

 歯磨きもこれで済む。

 一番便利な呪文。

 掃除も洗濯も食器洗いもこれで終わるという。

 

 主婦要らず……いえ、共働きでお願いします。

 子育てもやります。

 何なら食事も作りますから、見捨てないで~っ。

 はっ!?……ふう。

 いつの間にか寝てた。

 いつから寝てたんだろう?

 主婦要らずの前あたりからかな。

 どうりで一行、妙な間が開いていると思った。


 もうそろそろ出かける準備をしないといけない時間なので庭に向かう。

 井戸から水を汲む。

 水を作った方が早いなんて思ってはいけない。

 この異世界では一般魔法が使えるのは約20人に一人、それより強い魔法を使えるのが約400人に一人くらいなのだ。

 1万8千人の人口のテサーラの街には約45人の戦う魔法使いがいる事になる。

 でも45人しかいない。

 多いと考えるか少ないと考えるか。


 顔を洗ってサッパリすると手拭いでふく。

 エルフは髭がほとんど生えない。

 ハーフエルフも似たようなものらしく、俺も髭剃りはいらないかなというレベル。


 トイレも済ます。

浄化クレンズ

 何を浄化したかは想像にお任せします。

 にんげんだもの。 


 フロントにて朝食をキャンセルする。

 もう出かけるから。

 返金は不要です。

 鍵をお返しして行ってきます。


 因みに親父だの女将だの言っていたが、宿屋の人たちにも名前はちゃんとある。

 親父がモーリーさん、女将がナターシャさん。

 娘さんもいて、アイシャちゃん。

 知らなかったんじゃないからね。

 本当だよ。

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