第11話

 吉川も目が覚めていた。

 休日と言えど吉川にとっては特に何もすることがない。

 趣味とも言える物も無く週末はもっぱらネットで動画を見たりして過ごしている。

 ふと昨夜の事を思い出す。

 渡辺さんか……

 昨夜見ていた卒業アルバムはテーブルの上に3年7組のページが開かれたまま置かれている。

 吉川は改めて加代子の写真を見つめていた。

 渡辺さんは休日は何をしているのだろう……

 昨夜の食事の時に聞けば良かったと後悔しながらも、

 ま、いつかメールで聞けば良いか。

 渡辺との連絡手段を得た事が彼を幾分安心させていた。

 ヤカンが音を立て鳴り出す。コーヒー用のお湯が沸いたようだ。



 ヤカンが音を立て鳴り出す。コーヒー用のお湯が沸いたようだ。

 加代子はコンロを消しコーヒーにお湯を注ぐ。

 最近は朝食にヨーグルトを食べるだけだ。

 昨夜の事を思い出しながら、なんとなく昨日登録した吉川の連絡先を眺める。

 私にもメールが出来る人が出来たんだ……

 仕事の業務以外でメールが届く事は無い。時折怪しげな広告メールが届く程度だ。

 文字と言えど他の誰かと繋がれる事が嬉しかった。

 相談したい時、退屈な時、悩んだ時、いつも相談出来る相手が出来た事が加代子を安心させた。

 さて、今日は何をしようかな。

 特に何もする事がない週末が始まった。



 加代子の日常は毎朝6時に起き、8時までに会社へ出勤する。

 会社では作業着に着替えるため通勤時の服装はもっぱらカジュアルである。

 時にはジャージで出勤する事すら有るほどだ。

 誰も見ていないし誰も気にしてくれない。築地口から数駅の六番町までの地下鉄に乗るだけだ。

 退社後も特にどこにも寄らず真っ直ぐ家に帰る毎日である。

 月曜日。朝いつものように地下鉄に乗る。リュックからスマホを取り出し吉川の連絡先を見つめた。

 「おはようございます。出勤致します」

 こんな業務連絡のような内容のメールであったが、それでも誰かにメールが送れるという嬉しさがあった。

 地下鉄はすぐに六番町に着いた。

 ひょっとしたら吉川に会えるかも……

 加代子は期待しながら会社への道を歩いて行った。



 午前10時。休憩を取ろうと吉川は持ってきた水筒に入れたコーヒーを飲みながら伸びをした。

 殆どデスクワークで肩が凝る。

 ふとスマホを見るとメッセージが届いているのに気が付いた。

 毎朝メールの確認をするという習慣がない為気が付かなかったのだ。

 誰だろう……

 思いつつも微かな期待は有った。

 水筒のコーヒーを片手で口に運びつつメールを確認する。加代子からであった。

 「おはようございます。出勤いたします」

 業務連絡のような内容だが、それでも加代子が自分の為にメールを打つ時間を割いてくれた事が嬉しかった。

 何か返さないと……

 スマホを見つめ考えていると、

 「あれー? 吉川さんが休憩中にスマホいじるなんて珍しいですね」

 隣のデスクの後輩の女性社員の加藤千鶴だ。

 吉川をからかうように、

 「彼女さんですかー?」

 と興味津々の様だ。

 「ち、ち、違いますよ。えーと、ただの知り合いです」

 後輩と言えども会社では誰彼かまわず敬語で話す。

 「ちぇー、つまんないな」

 何がつまらないのか。

 でも、休憩時間中に何とか返信をしたい。吉川は思い出したようにトイレに向かい個室に入った。

 「すみません。今メールに気が付きました。メールありがとうございます。私も現在勤務中であります」

 堅苦しい内容だが吉川には精一杯だった。

 送信ボタンを押しデスクに戻る。

 千鶴が吉川の顔を覗き込みながら、ニコリとして見せた。

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