第6話

 同窓会場では宴も終わりに差し掛かっていた。

 幹事の高橋が締めの挨拶をする。

 「えー、7年越しにようやく同窓会を開くことが出来ました。大学、もしくは仕事などで中々みなさん忙しく、この7年という期間はちょうど良かったのでは無いかと思います。来年、また開く事が出来るか分かりませんが、その節はどうか皆さんご参加をお願い致します。次回は必ず水野先生をお招きしたいと思います。また、本日不参加だった吉川遙さんと渡辺加代子さんの参加を期待して本日の会を終了したいと思います。なお、二次会参加者はこのままお残り下さい」

 高橋が相変わらず大きな声で締めくくった。

 「いやー、楽しかった。高橋、企画ありがとうな」

 先程の鈴木が声を掛けた。

 二次会不参加者がゾロゾロと帰っていく。

 結局二次会に行くのは10名程だった。

 高橋は最後まで社会の窓全開男に指摘しなかった。罪悪感は無かった。



 吉川と加代子は雨の中店に向かって歩いていた。会話は無い。

 誘いに乗ってみたけど、やっぱり気まずいな……。

 加代子はそう思い始めていた。

 加代子の職場はここから地下鉄で6駅である。

 「あ、吉川さん、職場はお近いのでしょうか?」

 「私の職場ですね?はい、ここから6駅程です」

 「あー、そうなんですね。私の職場もそのあたりかもです。はい」

 「六番町駅の付近ですか? 逆方面ですか?」

 「あ、その駅です。同じ駅なんですね。奇遇ですね、ははは……」

 同じ駅だったんだ……、ひょっとしたら駅とかで出会っていたかも……。

 加代子は思ったがそもそも今日覚えていなかったではないか。会っていても気が付かなかった筈だ。

 「同じ駅なら、お、お会いしたことが有るかも知れませんね」

 加代子が思っていた事と同じ事を吉川が言った。


 目的の店が見えてきた。こじんまりしているが中々にお洒落な店のようだ。

 吉川は安心した。自分から誘った手前加代子をガッカリさせたくなかったからだ。


 店には数組の先客がいたが予約なしでもなんとか席を確保出来た。

 こんな店初めてだな……、メニューを見ても分からない。

 吉川はいかにも慣れていなさそうな感じで尋ねた。

 「あ、あの、このコースで良いでしょうか? ディナーコースです。はい」

 「あ、美味しそうですね。これにしましょう」

 メニューには写真など付いていないが美味しそうとは何なのであろうか。

 吉川が店員を呼びディナーコース2人前を注文した。

 「ワインなどいかがいたしましょう?」

 唐突に店員が尋ねてきた。

 吉川にワインなど判る筈もない。

 「あ、渡辺さん、ワインどうでしょう? お好きなのが有ればいかがでしょう?」

 加代子にもワインの知識など有る筈もない。

 「あ、そうですね。よ、吉川さんにお任せいたします。お好きなのがあれば……」

 吉川は困ったが取りあえず当たり障りのなさそうな赤ワインを選んで注文した。


 「良いお店ですね」

 沈黙は気まずかろうと加代子の方から話しかけた。

 「そうですね。じ、実はこういうお店初めてでして……、お恥ずかしながら……」

 吉川が照れくさそうに言う。

 「あー、そうなんですね。でも料理楽しみです」


 そうしているうちにワインが運ばれてきた。

 店員がワインを注いだのち、そのワインの説明をしたが二人には良く解らなかった。

 「で、では乾杯しましょうか?」

吉川がグラスを片手に話しかける。

 「はい、そうですね。美味しそうなワインですね」

 美味しそうなワインとは見た目で判るのだろうか。

 「えーと……、ははは、えと、相川高校3年7組の同窓会を始めましょう。か、かんぱぃ……」

 明らかに尻すぼみだった。

 「はい、かんぱーぃ……」

 加代子も応えた。

 チン……

 グラスが触れる音がした。


 「あ、あの、渡辺さんは出席番号は何番でしたか?」

 吉川から尋ねた。

 「はい、35番でした。私の後ろに同じ渡辺さんという男性がいました」

 「あ、そうなんですね。私は32番です」

 「ということは私達の間にお二人いらしたのですね」

 実は二人の間には、吉田明美という生徒と、同じく吉田智樹という生徒がいたのだが吉川と加代子がその二人を思い出せる筈も無かった。

 「渡辺さんは私の3つ後ろの席だったのですね……、ははは、私あまり後ろを振り返ることがありませんでしたので、お、覚えていないのかも……、ははは」

 吉川が加代子を覚えていない事を取り繕うように弁明した。

 「あ、そうなんですね。お気になさらず。はい。私もいまいち記憶が不鮮明でして……、すみません……」

 「いえいえ、私はとても影の薄い存在でしたので、渡辺さんが覚えていないのも無理ないですよ、ははは」

 吉川は精一杯加代子をフォローした。


 次第に料理が運ばれてき、二人は慣れない手つきでフォークとナイフを駆使しながら食事を楽しんだ。

 「え、えと、渡辺さん。聞いてもよろしいでしょうか?」

 吉川が加代子に声をかける。

 「はい」

 「どうして同窓会に参加しなかったのでしょうか?あ、答え難かったら構いません、ははは」

 加代子は正直に話した。自分の存在を誰も覚えていないだろう事、仲の良かった友人もいなかった事。

 「……」

 吉川は目を丸くし、

 「わ、私も同じであります。はい……」

 と答えた。

 吉川は加代子が同窓会に参加出来ない理由を、もしかしたら自分と同じ理由なのではないかと薄々感じていた。

 自分と同じ境遇の人がもう一人いる。それだけで吉川には救いになった。

 「昔から人見知りでして……、自分から誰かに話かけることもありませんでした……」

 吉川が言うと、

 「あ、でも、今日は吉川さんの方から声をかけて頂けました。う、う、嬉しかったです・・・」

 自分の喜怒哀楽を他人に伝えるのが苦手な加代子が精いっぱい言った。

 「あ、渡辺さんは、えと、卒業後はどうされたのでしょう?」

 吉川が尋ねる。

 「はい、えー、香翔女子短大という所に行きまして、えーっと卒業して、えーと、食品会社で働いております」

 「あー、そうなんですね。食品会社ですね。ああ、駅は同じでしたね。あそこかな……」

 吉川がぎこちなく言う。

 「よ、吉川さんはどうされましたでしょう? 卒業後……、あ、聞いても大丈夫でしょうか?」

 「ははは、大丈夫です、はい。えと、4年制の大学に進学後、六番町駅近くにある商社に勤めております。あ、事務職でして、恥ずかしながら……」

 何が恥ずかしいのだろうか。

 「あ、そうなんですね。すごいですね」

 何がすごいのかよく解らないが加代子が言った。

 「……」

 「……」

 「あ、今日は、えと、とても嬉しいです。と言うのも、私のような境遇の人がクラスにもうお一人いらしたことが……」

 吉川が気持ちを伝えた。

 「あ、私もです。なんか、こ、孤独がちょっと、緩和された気分です……」

 加代子も正直に気持ちを伝えた。

 「私には親友と呼べる存在もいませんし、食事一緒にいく人もおりません。実は女性とレストランも今日が初めてでして。粗相の無いよう頑張る、あ、頑張りますので……」

 吉川が意気込みを語る。

 「いえいえ、私も男性に誘われて食事なんて初めてですし……お互い初めて同志でがんばりましょう」

 加代子も答えた。


 その後も次々と運ばれてくる料理を平らげながら二人のぎこちない会話は続いた。

 店に着いて1時間は経っていた。

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