第114話 男らしさとは

 旭の言った通り、翌日は朝からシトシトと雨が降った。決して土砂降りではないものの、確かにこれだけ雨が降っていれば、氷渡りなどやっていられないだろう。


 騎士団宿舎の食堂は、採光のため一部がガラス張りの壁になっている。朝食をとり終えた綾那は、席に着いたまま暗い空をぼんやりと眺めて――今頃皆はどうしているだろうかと、思いを馳せた。


 颯月は宣言通り、子供達に他の特訓を受けさせるべく、朝早くから教会へ出向いている。魔具カメラ係は陽香に任せたため、綾那は本日宿舎で留守番だ。

 綾那が一緒について回った所で、動画の演者になれる訳ではない。しかも魔力の制御なんてものは、完全に門外漢もんがいかんである。

 やれる事と言えば子供達を励ます事ぐらいだが、しかし下手に手を差し出せば、せっかく甘えを捨てて頑張っている彼らの邪魔になるだろう。


 祭りまでもう、二日を切ったのだ。特訓は佳境を迎えており、いくら『広報』の撮影とはいえ――子供達は真剣に取り組んでいるのだから、茶化すような真似は出来ない。撮影スタッフは最小限で済ませるべきだろう。


 颯月も子供達も、そして神経をすり減らしながら彼らを見守る静真も、皆本当によく頑張っている。その頑張りに報いるためにも、良い動画づくりに勤しみたいものだ。しかし、こればかりは運任せ。気負ったところで撮れ高は生まれないし、企画が成功するかどうかも定かではない。


(仮に皆のドキュメンタリーが上手く行かなくても、その時は当初の予定通り『騎士団密着二十四時』を撮れば良いだけの話だから――私も陽香も、変に気負わなくて良いよね)


 例え子供達の動画が空振りに終わったとしても、『広報』のやる事は変わらないのだ。騎士のイメージアップ、宣伝、人材募集に繋がる動画を作って流す――ただそれだけである。


 どちらかと言うと空振った場合に大変なのは、企画・撮影のやり直しよりも、落ち込む子供達をどう慰めるかだ。

 これだけ頑張っているにも関わらず、合成魔法に参加できず祭りにも行けず、教会で留守番させられる――なんて事になったら、何やら綾那までしょんぼりしてしまう。


 最悪『騎士団密着二十四時』の撮影も見送って、祭りの当日は教会で子守にいそしむ可能性もある。颯月も陽香も、連日頑張る子供達を見ているのだ。少々『広報』の仕事がおろそかになってしまったとしても、今回ばかりは許してくれるだろう。


「――おや? 綾那さん、今日はお留守番ですか」

「おはようございます、和巳さん! ええ、お留守番なんですよ」


 朝食をとりに来たらしい和巳が、綾那の正面の席に座った。彼が運んで来たトレーの上には、相変わらず「その細い体の、どこに入るのだ?」と不思議に思うほど、これでもかと料理が載せられている。

 和巳は普段、若手騎士よりも早い時間に朝食をとっているイメージがあったのだが――それが今日は綾那よりも遅れてくるとは、珍しい事もあるものだ。もしかすると、仕事が立て込んでいて食事どころではなかったのかも知れない。


 綾那は食後の茶を飲みながら、じっと和巳を見やる。彼は女性と見紛うほど麗しい容姿をしているのに、食事の作法はワイルドなのが意外性があって面白い。

 大口を開けて、次から次へと料理を飲み下す様は――本当に、「胃を悪くするから、もう少しよく噛んだ方がいいのでは?」と心配になるほど、飲むように食事するのだ――喩えは悪いが、まるで人間ディスポーザー(※生ごみ処理機)のようだ。


 時間にして、僅か五分ほどだろうか。山盛りだった料理が残り三分の一まで減ったところで、綾那は口を開いた。


「和巳さんは、教会の子供達と接点がないんでしたっけ」

「そうですね。悪魔憑き――その中でも特に幼い子供とは、どうしても慎重に付き合う必要があります。迂闊に近付いて、彼らを傷付けるような事があっては大変です。子供というのは多感な生き物でしょう? 何が引き金になるか分かりません」


 和巳は苦く笑って、「例え私に、傷付ける意図がなかろうとね――」と続けた。彼の言葉に、綾那はおやと首を傾げる。


「あれ? もしかして和巳さん、子供が苦手ですか?」

「苦手……まあ、そう、苦手ですね。どうも女性と勘違いされる事が多く、子供という生き物は揃いも揃って節穴なのかと――」

「あ――ああ、えっと」


 忌々しげに眉根を寄せる和巳に、綾那はなんと言って良いものやら分からなくなってしまう。

 子供というのは、正直な生き物である。思った事を胸に秘めていられず、なんでも――それこそ、人を傷付けるような言葉だろうが、簡単に口にしてしまう。


 成人の綾那から見ても、和巳は中性的な美貌の持ち主だし「まるで女性のようだ」と思うのだ。それは、幼気いたいけな子供が見れば「キレーなお姉ちゃん? お兄ちゃん? ……やっぱりお姉ちゃん!」となったとしても、おかしくはないだろう。

 それくらい彼は美しいのだ、『麗人』という表現がぴったりと嵌るくらいに。


(っていうのは、さすがに一つもフォローになってないから――)


 どうやらこれは、和巳にとってあまり触れて欲しくない話題らしい。綾那は「うふふ」と笑って誤魔化すと、些か強引に話題を変えた。


「ところで――和巳さんって、凄くたくさん食べますよね? 騎士の皆さんって割と大食いの方が多いようですけれど、和巳さんはその中でも群を抜いてます」

「そうでしょうか? あまり自覚がなくて――」

「そうですよ。なんていうか……そう、大食いに関しては男の中の男ですね! すっごく男らしいです!」


 大食いが男らしい――なんて、「表」で言えばジェンダー差別だなんだと非難されそうだ。しかし、和巳を励ますには「男らしい」と言う他ない。

 まあ頭脳派の作戦参謀が、こんな見え透いたおべっかで気を良くするはずがないのだが――と思いながらちらりと顔色を窺えば、彼は綾那から目線を逸らして、薄っすらと頬を染めている。

 その姿は、美の女神と謳われるビーナスも裸足で逃げ出しそうなほどに美麗で儚く、正直「男らしさ、とは――?」と首を傾げたくなる様相であった。


 綾那はマスクの下で数度目を瞬かせると、「ど、どうされました?」と問いかけた。


「――は、……あ、いえ。今まで私に、そんな事を言って下さる女性は居なかったもので――少し、驚いてしまって」

「ああ、まあ確かに、和巳さんは『美人』なお顔つきですものね。でもほら、アルミラージを討伐していた時の動画――あれを見た視聴者さん達は、口を揃えて「格好いい」「素敵」と言っていましたよ」

「そ、そう、ですか……」


 ――「実は男装の麗人らしい!」なんて根も葉もない噂も蔓延しているが、それは本人の耳に入れる必要はない。綾那とて、出来る事ならば墓場まで持って行きたい話である。


「私も甘いものなら、そこそこ量を食べられるんですけれど――」

「ふふ、女性は甘いものを好む傾向が高いですよね」

「そこいくと和巳さんは、あまり甘いものが得意ではありませんよね? 食いしん坊さんなのに、お茶請けには一切手をつけないイメージがあります」

「――食いしん坊。それも初めて言われましたよ」


 小さく噴き出した和巳に、綾那は「あ、言い方が失礼でした、ごめんなさい」と慌てて謝罪する。


「いえ、事実ですから。どうも私は燃費が悪いようでして――幸成からは「デスクワークばかりしているくせに」と揶揄われますが、頭脳労働というのは、思いのほかカロリーを消費するものです」

「ああ、分かります。私も一日中動画の編集をした時は、げっそりしちゃいますから」


 和巳は満足げに笑って目を細めると、「そうそう」と新たな話題を振る。


「以前、私は花が好きだという話をしたでしょう? 子供の時分――まだ実家に住んでいた頃は、自分で花を育てていました。けれど、ここは……花を育てられない場所なので、諦めていて」

「確か、国王陛下が禁じているんですよね? 側妃様が亡くなった原因と、関係があるからと」

「ええ――ですが、実は綾那さんが以前「野菜を育てた事がある」と仰っていたのに、着想を得ましてね。最近、私室で野菜を育て始めたのです」

「えっ」


 珍しく悪戯っぽい笑みを浮かべた和巳は、「禁じられているのはの栽培であって、野菜の栽培については言及されていませんから」とうそぶいた。

 しかし、野菜の実がなる前に花が咲いてしまうではないか――と思った綾那は、「あ」と声を漏らす。


 つまり和巳は野菜を育てる過程で、合法的に大好きな花をでて楽しんでいるという事か。


「今は、トマトが白い花を咲かせています。アリなのかと問われれば正直グレーですが、花は見られるし、実がなれば小腹が空いた時に食べられるし、良いこと尽くめですよ。特に夏野菜は、洗うだけでそのまま食べられるものが多いですし」


 綾那は思わず笑みを零すと、「やっぱり食いしん坊さんですね」と返した。何はともあれ、彼が誰にも注意される事なく趣味を楽しめているのならば、それは良い事だ。


(やっぱり和巳さんで、フードファイト動画一本撮りたいな。若手の騎士さんを集めて、大食い大会とか開けないかな? 優勝賞品を用意すれば盛り上がるし……「表」で言うところの慰安、交流目的のボウリング大会みたいな感じで――騎士団の風通しの良さというか、仲の良さもアピールできて、良いと思うんだけど)


 これもまた、颯月に要相談である。そうして動画のネタを考えていると、ふと思いついたように和巳が口を開いた。


「そうだ、綾那さん。お留守番でお暇なら、若手の訓練の様子を見学しませんか? 幸成や右京さんも居ますし」

「訓練の様子ですか? 面白そうですけれど、でも、女性ファンに私の姿を見られると殺気立ちそうで――」

「今日は屋内の訓練場を使っているので、街の女性に姿を見られる心配はありませんよ」

「あ、そっか。なるほど」


 外は雨で、屋外の訓練場には屋根がついていない。若手の訓練は、天候不良のため休み――になるはずもなく、どうやら屋内にも訓練場があるようだ。

 綾那はしばし逡巡したのち、改めて和巳を見やると「是非お願いします」と言って笑った。

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