第107話 特訓開始

 陽香の突拍子もない発案、祭りの花火――もとい合成魔法を、静真と子供達でつくりあげちゃうぞ大作戦。この作戦が上手く行けば、子供だけで寂しく留守番させられる事はない。しかも、祭りで賑わう街にだって足を運べる。


 どうしても容貌が目立つので人目を引くし、普通の人間からは遠巻きにされるだろうが――合成魔法を打ち上げるために来たという明確な使命さえあれば、いくらか反応も違うだろう。

 例え悪魔憑きだとしても、ただ街中を歩くだけで「恐ろしい、危険だ、帰れ」なんて心無い文句は言われないはずだ。


 そもそもアイドクレース領はアデュレリア領と比べて、悪魔憑きに寛大である。特にここ王都では、颯月の存在が大きいのだろう。

 既に勘当された身とはいえ、彼は元王族だし――対外的には――義母の正妃と仲睦まじいように見える。領民憧れの正妃が懇意にしているとなれば、「悪魔憑きめ」と後ろ指を差せるはずもない。


 ただ、やはり子供達の保護者静真は、彼らが祭りに加わる事に対する不安が大きいようだ。けれど子供達は、颯月直々に特訓してもらえるならばと、すっかりやる気になってしまった。

 静真は今まで、何かに理由をつけて魔力制御の訓練を先延ばしにしていたらしい。曲がりなりにも成人の右京ですら魔力の制御が面倒だからと、まるで核爆発と見紛うような火魔法を炸裂させるのだ。まだ幼く感情を抑えきれない子供達では、更なる危険を伴うに違いない。


 悪魔憑きの有する魔力を完全に制御するというのは、それだけ難度の高い事なのだ。



 ◆



 颯月が子供達を迎えに行ったのは、翌日の事だった。もし特訓中にが起きても対処できるよう、彼は丸一日かけて嫌と言う程マナを吸収したらしい。


 実は本日も伊織の教育指導をする予定だったのだが――残念ながら、彼はまだ全快していない。本人は「やれます!」と主張したそうだが、ボロボロの姿を見かねた幸成が「綾ちゃんに求婚する前に死にたいのか」と止めたそうだ。

 一体どんな教育を受ければボロボロになって、しかも死をちらつかせるような状態になってしまうのだろうか。


 好奇心旺盛な綾那としては、是非一度その教育の様子を見学してみたい気もする。しかし元を正せば、それらの教育は颯月が正妃から施されたものだ。

 その内容が過酷であれば過酷であるほど、きっと綾那は颯月に「よく耐えて偉い」「生きていてくれてありがとう」と、今以上に畏敬いけいの念を抱いてしまうだろう。

 このにこれ以上深くハマり込む訳にはいかない。世の中には知らない方がよい事もあると言うし、見て見ぬ振りをした方が良い。


 ――ただ、子供達の特訓については少々話が違ってくる。

 そもそも急遽こんな特訓をするハメになったのは、合成魔法について陽香が「こうしたら皆、面白そうじゃん?」と、軽い気持ちで提案してしまったせいだ。


 昨日、静真は渋々承諾こそしたものの、終始胃に穴でも開きそうなほど悲壮感溢れる顔をしていた。ただでさえ悪魔憑きの魔力制御は難しい上、我が子のように可愛がっている子供達が、正妃仕込みのスパルタ教育を施されるとなれば――それは不安で仕方がないだろう。


 提案者の陽香と、それを引き留めなかった綾那も少なからず事の責任を感じている。そのため、撮影ついでに特訓を見守る事になった。

 さすがに街中で魔力の暴発が起きては一大事なので、颯月が特訓場所に選んだのは、アルミラージが生息する草原だ。ここならば人や物に被害が出ないし、多少魔力が暴発したところで大きな問題にはならない――はずだった。


「よし……分かった。ちょっと待て、お前ら。本当に待て、三人全員そこへ座れ――――おい静真、アンタ今まで何してやがった?」


 颯月は額に手を当てて、頭痛を堪えるような表情をしている。彼が正妃と無関係な場所でこういった表情を浮かべるのは、なかなか珍しいかも知れない。

 座れと命じられた三人――悪魔憑きの子供達はしょんぼりとした様子で、言われた通り地べたに正座している。その後ろで気まずげな顔をした静真は、「何をしていたと言われても」と言って目を逸らした。


「隠しても仕方がねえから率直に言うが、この歳でここまで制御が不安定なのはあり得ねえ。なんでこんなになるまで放置したんだ」

「こ、子供達にそんな厳しい言葉をかけないでくれ! 傷つくだろう!」

「バカが。ガキどもに向けて言ってるんじゃねえ、教育者のアンタに言ってるんだよ」


 胡乱な眼差しを向ける颯月に、静真はぐうと喉奥を唸らせた。その様子を魔具カメラで撮影していた綾那は、ふと付近の草原へレンズを向ける。


(凄かったなあ、颯月さんの反射神経――)


 草原――いや、元々草が生い茂っていたはずの場所は、一部が黒く焼け焦げて地面が露出している。

 魔力制御の特訓という事で、颯月はまず手始めに、現時点の実力を把握したいと告げた。お題は火魔法の中でも初歩中の初歩「火炎弾ファイアボール」で、試し撃ちをして見せろと。


 ひとまず空に向かって撃つよう指示すれば、サッカーボール大の火球が飛び交う。初めは、陽香も綾那も「魔力制御に不安があるって、どこに?」と首を傾げるほど順調だった。しかし、ふと颯月が「そのまま魔力を抑えて、玉のサイズを小さくできるか?」と問いかけた途端に、異変は起こったのだ。

 颯月の出した指示は魔力を抑える――だったはずなのに、何故か火の玉は巨大化した。


 子供達は決して颯月に反抗した訳ではなく、ただ魔力を抑えるという初めての経験に戸惑い、混乱したのだろう。

 巨大化した火の玉は最終的にコントロールを失い、三人分の巨大「火炎弾」は空中で融合した。そしてそのまま上空高くで大爆発を起こして、草原一帯に火の雨を降らせたのだ。


 魔具で一部始終を撮影していた綾那の真横で、陽香がやけに静かな声色で「おお、これ死ぬヤツじゃん……」と呟いたのが印象的だった。人間心の底から驚いた時には、案外大きな声が出ないものだ。


 しかし、やはり史上最年少で騎士団長まで昇りつめた男は伊達ではない。

 颯月は降り注ぐ火の雨を目にすると、即座に空へ向かって片手をかざ し、子供達と同じ「火炎弾」の名を口にした。ちなみに、さすがに緊急事態であると判断したのか、珍しくの詠唱は省かれていた。


 宙に複数の火球が浮かび上がったかと思えば、上から降り注ぐ火の玉を一つ一つ、目にも留まらぬ速さで撃ち落としていく。いくつか相殺しきれずに草原へ落ちたものもあったが、幸い――というか、恐らく颯月が意図的に計算したのだろう――どれも綾那達から遠く離れた位置であった。

 お陰で被害は草だけで済んだし、燃え広がる前に水魔法で消化したため、取り返しのつかない事態にはならなかった。


 いつの間にか子供達に並んで正座する静真に苦笑して、綾那は颯月にレンズを向けた。


「颯月騎士団長。子供達の魔力制御は現状、どのような状態ですか?」

「……この俺が、命の危険を感じるレベルだ。正直、相当引いてる」

「ヤバヤバのヤバじゃねえの」


 颯月の回答に、陽香が思わずと言った様子で声を漏らした。


「ええっと……夏祭りまでに間に合う、でしょうか――?」

「…………」

「団長?」

「――ここまでヤバヤバのヤバとは思ってなかったんで、酷く困惑している」

「ヤバ……っだ、団長、やめ……カワイイ――!」

「おいコラ、『広報』が語彙を死なせるな」


 突然『陽香語』を真似た颯月に綾那が身悶えれば、真横から陽香の肩パンチが飛んで来る。綾那は「失礼、取り乱しました」と謝罪しながら殴られた肩を擦ると、気を取り直すようにコホンと咳払いをした。


「思いのほか深刻な状況となると……やはり、今のままでは厳しいでしょうか」

「ここなら暴発が起きても、と思ったんだが――焦土になるな。アルミラージの餌場がなくなれば生態系が狂う、場所とを変えねえと」


 考え込む颯月に、幸輝がおずおずと口を開く。


「あ、あのさ颯月、俺らやっぱ無理……かな? 無理っぽいよな、ちょっとビビッてきた――」

「じゃあ、辞めるのか? その代わり祭りだけでなく、騎士も当分ナシだぞ。それどころか、ここまで制御が甘い事を知った以上放置はできん。領民の安全のためにも、特訓を辞めるならマナの吸収を抑える魔具を

「えっ、なんで、颯月さん? 颯月さんは、俺ら悪魔憑きの味方じゃあ――」

「俺は誰の味方でもない。強いて言うなら、アイドクレースために存在する騎士だ。いくら普段アンタらの遊び相手をしているとは言え、仕事なんでな。悪いが公私混同はせんぞ」


 淡々と突き放すように告げる颯月に、幸輝と楓馬は虚を突かれたような顔になった。普段、教会で面倒を見てくれる彼との違いに戸惑っているのだろう。颯月と子供達のやりとりに、静真は参ったように項垂れた。


「颯月、私が甘やかしたのが悪かった、反省する。だから、子供達にきつく当たらないでくれ――まだ幼いんだ」

「……ああ、全くだ。今後一切、無駄に甘やかすのはやめろ。マジな話だぞ、何一つ子供のためにならん。人を傷つけるのは嫌、人に傷つけられるのも嫌――困難を避けて、逃げ続けた先に何がある? 普通の人間に戻れる日まで、ずっと逃げ続ける気か?」


 その言葉に、子供達も静真もグッと言葉を飲み黙り込んだ。しかし――。


「僕やめないよ、絶対にお祭り行くんだもん!」


 一番幼い朔だけは違った。幼過ぎて話の内容が理解できていないのか、もしかすると、己が魔力を暴発させる事の恐ろしさすら分かっていないのかも知れない。


「サブレ、お前……そんなに祭りに行きたいのか?」

「うん! だって、アーニャとよーかちゃんとデートしなきゃいけないの!」

「――は?」

「デート……?」


 朔の言葉に、陽香と綾那は思い切り首を傾げた。朔は「寂しい」「皆が祭りに行くのが羨ましい」「出店のご飯が食べたい」という理由で、祭りに行きたがっていたはずなのに――いつの間にそんな目的が生まれたのだろうか。

 それ以前に、なぜ男女の機微も理解していない朔が、『デート』なんて言葉を知っているのだろうか。


 そんな事を考えつつ綾那が朔へレンズを向ければ、彼は鋭い歯を見せながらニッコリと笑った。


「あの女の子が言ってたの! 「夏祭りにデートした男の人と女の人は、絶対に結婚できる」って! 僕、今よりすごいババアになってても良いから、アーニャとよーかちゃんと結婚するんだ!」


 どこまでも無邪気に言い放つ朔に、『ババア』呼ばわりされた綾那も陽香も、毒気を抜かれて苦笑いするしかない。

 夏祭りにデートした男女云々うんぬんの話は恐らく、しばしば児童の間で話題になる、都市伝説やジンクスのようなものだろう。実際そんな効力があるとは思えないが、それで朔がやる気になれるなら存分に信じ込んでくれて構わない。


 一夫多妻の王族でもあるまいに、男一人に女二人の夫婦生活など、どう足掻いたって実現不可能なのだが――まあ、それが理解できるようになるのは、彼がもう少し大人になってからの事だ。


「……朔がやるって言うんだったら、俺らだけ辞める訳にはいかねえよな」

「やるしかねえか」


 どこまでも邪気がなく、魔力の暴発に対する恐れもない朔にほだされたのだろうか。しょんぼりと落ち込んでいた幸輝と楓馬にも、笑顔が戻った。

 そんな子供達を見て――まるで、我が子の成長を目の当たりにしたように――瞳を潤ませている静真。


 火の雨が降った時には、自身の命も含めてどうなる事かと思った。しかし、このまま魔力の制御が上手く行っても、例えダメでも――陽香の目論見通り、感動的な子供の成長ドキュメンタリーになりそうだ。


 綾那はほくほくとした気持ちで魔具を覗いていたが、ふと颯月の様子がおかしい事に気付くと、首を傾げる。彼は神妙な面持ちで綾那を見やると、「一旦、魔具を止めてくれ」と口にした。言われた通りに魔具を停止させると、颯月は長い脚でずんずんと歩いてくる。


 目の前までやって来た颯月は、どこまでも真剣な表情で綾那の両肩を掴んだ。


「――俺は祭りの日、領民の警戒と取り締まりで手が離せん。すれば良い……?」

「ど、どうすれば――? えっと、何がでしょうか?」

「どうしても綾と結婚したいのにデートする時間がもてん場合は、どうすれば良いんだ。他に救済策はないのか」

「…………ま、待ってください……! 色々と待ってください、これはもう、私の許容範囲を超える案件です――!」


 何故いい大人の颯月が、子供の話すジンクスを真に受けているのだ。しかも「どうしても結婚したい」なんて、流れるようにプロポーズされては敵わない。

 隣に立つ陽香から刺すような視線を受けながら、綾那はおかしな奇声を発しないよう、グッと下唇を噛みしめた。


「いっそこの前の『休日』のように、綾を職務に連れ回せばデートに含まれるか……? いや、ひとまず今年はどこかへ幽閉しておいて、俺以外の誰ともデートできないようしておけば、なんとか――」

「なんとかなってねえし、どうにもなんねえよ! いい加減にしろ、このバカップルが! てかさっき、偉そうに公私混同しないって言ってなかったか!? 子供に説教してた時の颯様は正直、見直したのによ! アーニャが絡むと結果バカよな!」

「男ってのは皆、バカな生き物だろう」


 眦を吊り上げて吠える陽香に、颯月は真剣な顔でうそぶいた。

 綾那は二人の掛け合いを見ながら、「さっきのプロポーズ録画できてたら、永久保存版だったのにな――」と、魔具を停止させた事を一人惜しむのであった。

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