第106話 保護者の許諾

「こ、子供達と私で、祭りの日の合成魔法を――ですか!? いや、それは、さすがに……」


 ところ変わって、教会の裏庭に面したテラス。テーブルを囲み、おやつのクッキーを摘まみながらペロッと軽いノリで陽香が発した提案に、静真は激しく動揺した。


 綾那は苦笑を浮かべ、朔は何かしら変化が起きる事を期待して――幸輝は、許可が下りるはずがないと胡乱な目つきをして。楓馬に至っては、今初めて聞かされた話に訳が分からず、困惑しているようだ。

 しかしただ一人、颯月だけは笑みを浮かべて、興味深そうに陽香の話に耳を傾けている。


「その合成魔法って、光と『火』魔法で作るんスよね? 確か悪魔憑きは、光以外の全属性を使えるって話だったし――じゃあ、やってやれない事はないんじゃねえかって、思ったんスけど。それに祭りの手伝いに来てるんだって名目さえあれば、子供らが街中うろついてても、そんなにビビられる事ないんじゃあねえのかなって」


 陽香は無邪気に笑った。けれど、静真は同意する事なく首を横に振る。


「それは、まあ……確かに、使えはしますけれど。ただ、魔法が使える事と制御が出来る事とは、全くの別問題でして――」


 渋面じゅうめんになった静真に、陽香はこてんと首を傾げた。


「その花火――じゃねえや。合成魔法って、そんなに調整が難しいんスか? そもそも素人じゃ無理無理のムリで、熟練のわざが必要って事?」

「決してそう、複雑なものではありませんが……しかし万が一、子供達が制御を誤った場合を考えると――人を怪我させるどころの話では済みませんので」


 遠回しに、子供達の大きすぎる魔力が危険であると主張する静真。彼の言葉を聞いて、右京がやぐらを木っ端みじんにした時の事でも思い出したのか――陽香は「まあ確かに、下手したら死人が出るわな、あれは――」と呟いた。


「しずまのケチ! 僕だってお祭り行きたいのに! 皆だけお祭り行くの、ずるいよ!」

「し、仕方ないだろう? お前達はまだ、魔力の制御が不安定なんだから」

「れんしゅーするもん!」

「練習と言ったって――もう祭りまで、一週間を切っているんだぞ? それに朔、人が多いと注目されるから嫌だろう」

「お祭りに行けない方が、もっと嫌だよ!」

「ああ――じゃあ、ほら。これから一年間魔力の制御をたくさん頑張って、また来年挑戦してみないか? それが良いと思う」

「やだ!! 今年行くの!」


 静真は、あの手この手を使って朔の気を逸らそうとしている。しかし、どうも朔は陽香の提案にすっかり期待してしまっているようで、頑な態度を崩そうとしない。

 困り果てた様子の静真に、綾那は黙ってちらりと陽香に視線を送る。しかし一瞬ぱちりと合った目は、すぐさま気まずげに逸らされた。


 恐らく陽香も、まさかここまで話がこじれるとは思っていなかったのだろう。だからと言って、朔が乗り気になってしまっているからには、今更「やっぱ難しそうだから、やめやめ!」とも言い出しづらい。


 困惑しきりの静真を見かねたのか、ついには幸輝と楓馬まで「なあ、俺らには無理だって」「危ないからやめとこうぜ」と朔をなだめめにかかった。三対一という不利な状況に追い込まれた朔は、「やだあぁ……行くぅうう……!」と涙声を絞り出している。

 ぎゅうと両手で服の裾を握り締め、涙を堪えてぷるぷると震える朔があまりにも不憫で、綾那は思わず声を上げた。


「朔、朔。おいで、抱っこしよっか……ね?」

「あーにゃっ、――うぇえん……っお祭り、キライぃ……やだぁ、アーニャもお祭りなんて、行かないでぇえ……っ」


 両手を広げて誘えば、ついに堪え切れなくなったのか、朔はぽろぽろと大粒の涙を流しながら綾那の胸に飛び込んだ。綾那は彼を抱き上げると、幼子を宥めすかすように背中をぽんぽんと叩く。

 そんな朔の様子を見ていると罪悪感でも覚えたのか、静真は「あぁ」と小さく声を漏らして額を押さえると、参ったように天を見上げた。


 しかし、恐らく今誰よりも強い罪悪感を覚えているのが陽香だ。彼女は「いや、正直すまんかった……そもそも魔力を扱うってのがどういう事か分からんから、まさかこんな大層な喧嘩になるとは、想像が及ばなんだ――」と頭を抱えている。


 朗らかな陽気の中、楽しいはずのおやつタイムが気まずい空気で満たされたが――そんな辛気臭い空気を物ともせずに、颯月が口を開いた。


「だから、いつも言ってんじゃねえか。アンタが甘やかしすぎるから、ガキ共はいつまで経っても魔力の制御ができねえんだよ」

「う゛……し、しかしだな……こればかりは、焦って訓練したところで要らぬ被害を生むばかり――」

「俺が朔くらいの頃には、魔力の制御だけでなく、正妃サマに連れられて全国行脚あんぎゃしてた。それどころか、各領地で衆人環視かんしのもと地獄のパレードを味わわされてたんだぞ。俺はそんな過酷な環境に置かれていても、ガキの時分から一度も魔力を暴発させた事がない。それは何故か――甘やかされた事がないからだ」


 ふんと得意げに鼻を鳴らした颯月に、綾那が「さすがです、颯月さん……!」と憧憬どうけいの眼差しを送る。

 その一方で、陽香は「その颯様が、アデュレリアじゃ呆気なく暴発しかけてたんだから、マジで笑えねえけどな」とぼやいている。


 そんな言葉を気にも留めていない様子で、颯月は続けた。


「――俺が祭りに間に合うよう、してやろうか?」


 常より更に声を低めて不敵な笑みを浮かべた颯月に、静真はとんでもないと首を横に振った。


「お前に任せたら、私の子供達が皆死んでしまうじゃないか!」

「死――?」


 顔面蒼白になった静真の言葉に、陽香が首を傾げる。しかし颯月は、おかしそうにくつくつと笑うだけだ。


「バカだな、人間はそう簡単に死なんようにできてる。俺が生き証人だろうが?」

「いや、これを機に言わせてもらうがな、颯月! お前に施された『教育』は常軌を逸しているぞ!!」

「でも五体満足で生きてる」

「お前は! ただ! 運が良かった! それだけだ……!!」


 強く言い聞かせるように、言葉を区切った静真。しかし今度は朔ではなく、幸輝が颯月の提案に反応してしまう。


「俺、合成魔法がどうとか祭りがどうとかよく分かんねえけど、颯月の特訓は受けてみたい! だって騎士団長だぞ!? こんなの、普通の子供は受けられねえじゃん!」

「幸輝!? お前まで何を言い出すんだ、命を大切にしないか!」

「ああ、けど確かに、颯月さんがどうやって強くなったのかは俺も気になる」

「お祭りに行けるなら、僕はなんでも良いよ!」


 便乗するように小さく手を上げた楓馬と朔に、静真は「お前達まで!」と、嘆くような声を上げた。


 静真の口ぶりからして、恐らく彼は、颯月が幼少期より受けて来たらしいスパルタ教育の内容を詳細に知っているのだろう。

 綾那は事細かく聞いた事がないためなんとも言えないが、彼の『教育』を受けた伊織がたった一日でダウンした事を考慮すれば、どれほど過酷なものなのか想像するのは容易い。


 静真は全て理解して、その上で「危険だ」と警鐘けいしょうを鳴らしているに違いないが――しかし、朔一人を宥めていた先ほどまでとは、状況が変わってしまった。

 今や反対するのは静真ただ一人。颯月を筆頭に、悪魔憑きの子供達三人まで「祭りに間に合うよう特訓する」に賛同している。どうも、この分だと静真の意見は尊重されそうにない。


「いや……えっと。ズーマさん、マジでごめんな?」

「私もその、つい面白そうな提案だなと思って……引き留められずに、ごめんなさい」

 

 気まずげに目を逸らし、頬を指で掻きながら謝罪を口にした陽香。そして頭を下げる綾那に、静真はがっくりと項垂れた。彼は深く長いため息を吐き出すと、やがて力なく頷く。


「分かった――合成魔法も祭りも、お前達の頑張り次第だ」

「しずま! いーの!?」

「ただし、一週間で魔力の制御ができるようになったら……だぞ? 少しでも不安が残るようなら、絶対に許可できない。もしも本当に制御できるようになったなら……その時は、私が祭りの実行委員にお前達の事を掛け合うから」


 静真は声を潜め、「最悪、子供達を参加させないなら私も合成魔法に加わらない――とでも言えば、なんとかなるだろう。毎年わざわざ私に頼むくらいだし、他にめぼしい光魔法使いが居るとも思えないしな」と独りごちた。


 敬虔けいけんな神父が人を脅迫するような事をして、平気なのだろうかと心配になるが――しかしこれも全て、子供達を深く愛するがゆえの行動だろう。思いがけず静真の同意を得られた子供達は、三者三様の理由でぱあと瞳を輝かせると、颯月をぐるりと囲んだ。


「颯月! 俺も魔力の制御できるようになったら、騎士団に入れるかな? 陽香から聞いたんだけど、右京のヤツがアイドクレース騎士団に入ったんだろ!?」

「でも、さすがに一週間じゃ無理だと思うけどなあ、俺ら結構下手くそな方じゃん」

「にーちゃん、早く早く! 急がなきゃ時間ないよ!」


 早速特訓をせがむ子供達に、颯月は「今日は時間が半端だから、明日以降また迎えに来る」と断って笑う。その様子を眺めていた陽香が、ハッと何かに気付いたように顔を上げた。


「ちなみにその、悪魔憑きのキッズが頑張るドキュメンタリー映像は、撮っても良いの? 広報的に」

「それが騎士団の宣伝になるのか?」

「なるだろ! 団長の颯様が身を粉にしてキッズ達を教育、立派に成長させて、最終的には「祭りの花火大成功!」で締めくくる――お涙頂戴のヤツじゃん! 撮らないという選択肢は正直ない! ズーマさん許可くれる!?」


 グイッと陽香に詰め寄られた静真は、彼女の圧に若干のけ反った。そうして返答に困ったのち、彼はどこか諦めたように「ここまで来たらもう、なんでもどうぞ」と苦笑いを浮かべたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る