第85話 悪魔ヴェゼル

 やがて光が収束すると、綾那は恐る恐る目を開けた。まだチカチカと光の余韻が残っているが、何度か瞬きを繰り返す内に、少しずつ視界がクリアになっていく。


 突然眩い光に包まれた猫は、忽然こつぜんと姿を消していた。代わりに檻の前に立っていたのは――短い銀髪に深紅の瞳、そして、浅黒く焼けた肌をした少年だ。

 見たところ十四、五歳ぐらいだろうか? 少年は随分と耽美たんびな雰囲気の顔立ちで、まるで物語に出てくるエルフのような、長く尖った耳をしている。


(猫が、人になった――?)


 この世界には、動物に変身する魔法でもあるのだろうか――不思議に思い小首を傾げていると、銀髪の少年は綾那を見て、歪な笑みを浮かべた。


「ついに――ついに見つけたぞ、この人でなし女! これでようやく、あの日のができる!」

「仕返し……?」

「なんだアーニャ、知り合いなのか? ――にゃんこは?」

「いや、初めて会うと思うし、猫の行方も分かんないんだけど……」


 言いながらまじまじと少年の顔を見やれば、彼は途端にキッとまなじりを吊り上げた。


「俺の足を切り落としておいて! よくもそんな事が言えるな!? スゲー痛かったんだぞ! 俺はあの日から、お前を忘れた事なんて一度もない!!」

「えっ」

「……え? いや、アーニャ……それはさすがに引くわ」

「ちょちょ、ちょっと待って、違う、誤解! ていうか見てほら、足あるよ! 二本!」


 陽香が大層ドン引きした表情で距離をとったため、綾那は慌てて弁解した。こんな少年の足を切った覚えはないし、そもそも彼には立派な足が二本ついている。


(だけど、今ので分かった! この子、あの時のイカ――ヴェゼルさん!)


 綾那は改めて、少年――ヴェゼルを見た。ルシフェリアはイカに擬態した彼を見て「また趣味の悪い恰好をして」と嘆いていたが、全くその通りである。本当は人語を話せると言っていたし、恐らくこの姿こそ彼が本来るべき姿なのだろう。


(ちょっと幼いとはいえ、この姿だったら悪魔――耽美なビジュアル系っぽいじゃない! ダイオウイカスタイルで人をがっかりさせておいて、酷い!)


 華奢な体躯にほっそりと伸びた手足はしなやかで、銀色の睫毛に縁どられた赤目は神秘的だ。初めからこの姿で現れていれば、足を切り落とさずに済んだのに。それに何より、もう少し友好的な話し合いができたのに。

 そんなタラレバを言っても仕方ないが、綾那は思わず目を眇めた。


「あなた、もしかして悪魔のヴェゼルさんですか?」

「やっぱり覚えているじゃないか! あの時はよくもやってくれたな!?」

「悪魔――って、コイツがあの時のイカ魔獣なのか? じゃあさっきのにゃんこも、お前が擬態してただけ……?」

「そうだ、すごいだろ! 俺はすごい悪魔だから、なんにでも擬態できるんだぞ!」


 ヴェゼルは得意げな表情で胸を反らせた。


「オイ待て、ふざけんな――それじゃあ、何か? あたしは、にゃんこに化けたお前のせいで死にかけたって事かよ?」

「死にかけって、なんの話だ? 俺はただ、お前この世界の人間と違う気配がしたから……もしかしたら、あの時の女の子の居場所を知っているんじゃないかと思って、起こそうとしただけだ。でも、いくらぐりぐりしても起きなかったから諦めた。殺そうとなんてしていない」


 ヴェゼルは、至極不思議そうな顔をしている。ただ、彼に害するつもりがなかったとしても、猫の姿で擦り寄るなど――動物アレルギーをもつ陽香にとっては、致命的な行為であった。


(悪魔が擬態した猫でもアレルギーが出ちゃうんだ……それだけヴェゼルさんの擬態が本格的って事?)


 また猫に――いや、毛皮や羽毛のある動物に化けられたら、堪ったものではない。アレルギーについて言及すれば自身の弱点になり得ると理解しているのか、陽香はグッと悔しげに唇を噛んでいる。

 地を這うような低い声で「こちとら、動物アレルギーなんじゃ……!」という呟きが聞こえてきて――本来なら、大声で怒鳴りつけたかっただろうに――彼女はよく我慢したと思う。


「それで? はまだ見つからないのかよ?」

「アリスの居場所が知りたいのは、こちらも同じなんです」

「あっそ、まあ良いや。とにかく俺は、お前に仕返しができればそれで良いから」

「仕返しって――あの、確かに足を切ったのは申し訳なかったですけれど、でもあれ、私の意思じゃなくてルシフェリアさんが「切れ」って言ったんですよ? 私がその提案に戸惑っていたら、ヴェゼルさんが先に仕掛けて来たんじゃないですか」


 眉尻を下げながらモゴモゴと弁解する綾那に、ヴェゼルは目を瞬かせた。その表情はあどけない少年そのもので、なんだか調子が狂ってしまう。


「お前、なんでルシフェリアの名前――まさか自分で名乗ったのか? いや、何か弱みでも握ったとか!? 分かった、人質だな! やっぱり悪魔みたいな女だ!!」

「オイ、急になんだよ。シアが自分で呼べって言ったんだぞ?」

「し、シア? なんだソレ、なんでお前ら、そんな……ルシフェリア――」


 ヴェゼルは頭を抱えると、酷く取り乱した様子で何事かを呟き始めた。しかし、すぐさまパッと顔を上げて、颯月と右京が入れられた檻をビシリと指差す。


「――と、とにかく! ゲームだ、今からゲームするぞ!」

「なあ、おい、大丈夫かコイツ? 情緒不安定さがうーたんの比じゃねえぞ」

「ちょっとオネーサン、ここまでヤバイのと僕を一緒にしないで」

「う、うるさいぞ、お前ら!!」


 陽香と右京を交互に睨みつけたヴェゼルは、魔法が封じられてしまう方の檻へ近付いた。彼が指先でツンと格子をつつくと、宙にホログラム映像のようなものが浮かび上がる。どうもパスワードを入力する画面らしく、すぐ下には数字を入れるためのテンキーまである。

 一体何が始まるのかとヴェゼルを注視する一行に、彼はニヤリと口の端を上げて、実に悪魔らしい笑みを浮かべた。


「こっちの檻はの発明品だ。入れるのは簡単だけど、出る時は外からパスワードを打ち込まなきゃ、絶対に開けられない仕組みになってる」


 兄貴というのは、文字通り彼の兄だろう。今この場には居ないようだが、やはり厄介な魔具を開発しているのは兄の方で間違いないらしい。


「もちろん魔法は通用しないし、物理的に壊そうとしたって無駄だ。これは対悪魔憑きのために効果測定中コーカソクテーチューで、本当はまだ使うなって言われてたんだけど――」

「ハーン、鍵じゃなくてパスワード式かよ。で、パスワード何番?」

「ああ、それは……って、教える訳ないだろ!?」


 流れるように問いかけた陽香に、ヴェゼルは危うく何かを答えかけた。チッと舌打ちをした陽香の横で、綾那は「この子、悪魔っていいながら妙に純粋で心配――」なんて的外れな事を考えてしまう。


 陽香が途中で遮ったものの、彼の言葉から察するに、この魔法封じの檻はまだ試作段階のようだ。未完成の檻を、兄の許可も取らずに無断で使って本当に平気なのだろうか――ヴェゼルはそんな綾那の心配を知ってか知らずか、気を取り直すようにコホンと咳ばらいをした。


「お前らが入ってる方の檻、どうせ簡単に壊せるんだろ? 壊して良いから、俺とゲームするんだ」

「ゲーム、ですか」

「パスワードは数字十三桁。隠し場所は、オブシディアンの北にある物見櫓ものみやぐらのてっぺん――そこに刺した旗に書いてある」

「……アンタまさか、今から綾と陽香に数字を見てこいって言ってんのか?」


 目を細めてヴェゼルを見やる颯月に、ヴェゼルは「その通り!」と上機嫌に笑った。そのゲーム内容が気に入らないのか――気に入る気に入らない以前に、非常識な提案なのか――右京が声を荒らげる。


「冗談じゃない! 魔法が使えないオネーサン達が行って、無事に帰って来られる訳がないでしょ。街の北側は魔物の巣窟じゃないか」

「だから行かせるんだよ! だって、例えこいつらが死んでも――死ななくても、どっちにしろ面白いだろ? ゲームってそういうもんじゃん!」

「ゼル、お前――友達少なそうだな」

「ぜ、ゼルってなんだ!? 勝手に略すな!」

「そもそも、なんであたしらがそんなクソゲーをプレイしなきゃなんねえの? 納得できる理由を述べろって」

「――そこのが、俺を痛めつけたからだって言ったろ!」


 憤慨した様子で綾那を指差すヴェゼル。陽香はチラと綾那を一瞥すると、「じゃあ、あたしは関係なさそうだし、ここらでおいとま――」なんてうそぶいた。

 しかし、檻の外から「悪魔の仲間も悪魔だから、問答無用だ!」と怒鳴られて、もう誰が悪魔で誰が人間なのか分からなくなる。


「街でお前らを見かけた時から決めてたんだ! 櫓の近くにはキラービーの巣も置いてあるから、楽しめよな!」


 綾那はつい、「またキラービーかあ、本当に東の人ってキラービー好きだなあ」と、食傷気味になった。

 北側はただでさえ魔物が多く生息する地域だというのに、その上キラービーの巣まであるとは――なかなかに難易度の高いゲームである。普通に考えれば、まともにクリアできるものではない。それは右京も非難するはずだ。


 巣がある――ではなくという言い方からして、きっと「転移」の男達を使ったのだろう。ルシフェリアに力を奪われても、まだ悪事を働けるらしい。

 綾那と陽香が無言のまま顔を見合わせていると、ヴェゼルは意気揚々と喋り続けた。


「ただ、巣を放置してキラービーが街中まで入り込んでくると大変だろ? だから俺が、中の蜂を殺さない程度に巣ごと凍らせてある。でもこれだけ暑けりゃあ、たぶん一時間も経たないうちに氷が溶けて、全部街へ雪崩れ込んでくるだろうな」

「それが嫌なら一時間以内にここまで戻って来て、うーたんと颯様の魔法で処理してもらえ――ってか?」

「そうだ。分かりやすいルールだろ? で、俺は苦しむお前らの姿を見物させてもらう。これが俺の『仕返し』だ!」


 ドヤ顔でワッハッハと笑うヴェゼルに、綾那はそっと息を吐き出した。そもそも、ルシフェリアが「足を切れ」なんて言ったからだ。あの天使こそ悪の根源である――とはいえ、今嘆いている時間はない。

 これ以上悠長にしていると、右京の「時間逆行クロノス」が解けるとか颯月が檻から出られないとか言う以前に、街の住人がキラービーに襲われてしまうのだから。


「右京、マナはどうなってる? この檻の中に居ると、魔法だけでなくマナの吸収まで阻害されるのか?」

「マナ? いや、結構前から魔力が溢れてて苦しいくらいだし……吸収が阻害される事はないと思うけど、それがどうかした?」


 颯月の眼帯に散りばめられている魔石は、全てマナの吸収を抑制するための魔具だ。つまり彼は、眼帯を付けている間マナを吸収できなくなる。

 右京の答えを聞いた颯月は、短く「そうか」と言って頷くと、おもむろに眼帯の留め具へ手を掛けた。綾那は思わず「颯月さん!?」と瞠目する。なぜ眼帯を外そうとするのか。綾那としてはもちろん、颯月の素顔が見られるのは嬉しい事だが――しかし、彼にとって不特定多数の前で素顔を晒すという行為は、少なからず苦痛を伴うはずだ。


「日課の散歩帰りで、俺の魔力はほとんどカラに近いんだ。だから今のうちに魔力を溜めておきたい、あまり時間に猶予はなさそうだからな」

「でも、じゃあ「魔法鎧マジックアーマー」は?」

「アレは存外魔力を消耗するって話しただろう? それに、今は人目を気にしている場合でもない」


 確かに颯月は、日課の散歩――街周辺を巡回しながら魔物や眷属を討伐した帰り、その足でここまでやって来た。もちろん、その間ずっと眼帯を付けたままで、消耗した魔力を補充する暇なんてなかったのだろう。


 颯月の言う通り、こんな無理難題を押し付けられた以上は人目なんて気にしている場合ではない。しかし、だからと言って、なぜ颯月が嫌な思いをしなければならないのか。いつも身に纏っているフード付きの外套は、右京に貸与してしまった。彼は今、一切顔を隠せないのに――。


「なんだ? よく分かんねえけど、顔が隠したいならあたしが脱ごうか? この下に防弾チョッキ着てっから、別に――」

「――いや、アンタだけは絶対に脱がないでくれ。頼む、お願いだ」


 陽香の提案を、颯月は即座に却下した。「どうか、永遠に脱がないでくれ――」と続けた彼に、陽香は頬を膨らませて「なんだよ、ガリガリで悪かったな!」と吐き捨てた。

 決して陽香に問題がある訳ではなく、これは颯月側の心の問題である。ゆったりとしたオーバーサイズの服を着て、本来の華奢さがぼやけるからこそ、颯月は彼女と普通に接する事ができているのだ。それが突然『骨』に変われば、彼は失神してしまう。


「悪い、そういう訳じゃない。ただ――いや、この話は全部終わってからで良いだろう」


 言いながら颯月は、あっさりと眼帯の留め具を外した。露になった右半分の顔――額から顎先にかけて黒い茨の模様が刻み込まれており、右目は悪魔憑きの証である赤色だ。彼の素顔を見て、檻の隅で小さくなっていた右京がハッと息を呑んだ。


「君って、結構――の『異形』なんだ」

「……まあ、苦じゃねえよ。俺しか眼中にねえ婚約者も居る事だし」


 気まずそうにしている右京に、颯月は散々彼から言われてきた嫌味を交えながら、小さく肩を竦めた。


「正直、二人で行かせるのは気乗りしねえが……他に手もない。おつかいを頼めるか?」


 彼の素顔に熱い吐息を漏らして見惚れていた綾那は、ハッと我に返ると大きく頷いた。まずは「怪力ストレングス」を使って、檻の鉄格子を人が通れる広さになるまでひん曲げる。その際、ヴェゼルが怯えたような表情を浮かべたのは、気付かなかった事にする。


 綾那と陽香は揃って檻を出ると、座ってばかりですっかり硬くなった体をぐぐーと引き伸ばした。


「右京さん。物見櫓って、街を出たらすぐに分かるものですか?」

「――いや、待ってよ。さすがに無謀だってば」

「でもやんなきゃ、どうにもならんだろ? 全く、クソゲーにも程があるけどな……距離は? 何キロぐらい離れてる?」

「約二キロぐらい、だけど」

「二キロか。櫓っていうからには、背の高い建物なんだよな」

「街を囲む外壁よりも高さがあるから、本当ならこの家からでも見えるんだけど――」


 騎士に運び込まれた時の体感からして、ここは三階にある部屋だ。しかしここには窓が一つもないので、外の景色を確認する事ができない。

 お偉い領主様の屋敷ならば、きっと国王の住まいぐらい立派な建物だろう。窓さえあれば、街の外にある櫓もよく見えたに違いないのに――と、そこまで考えた綾那は、「あ!」と声を上げる。


 突然大きな声を上げた綾那に、陽香は「なんだよ」と言って首を傾げた。


「――陽香、窓があれば?」

「ハ? でもここ、地下だろ」


 陽香は催眠毒入りの茶を飲み、意識を失った状態でこの部屋まで運び込まれている。恐らく彼女も綾那と同様、「誘拐された者は、地下に幽閉と相場が決まっている」と思い込むタイプなのだろう。


「たぶん、三階くらいだと思う」

「――マ? おいおい、それを早く言いなさいよ、全く。外に出てから使おうと思ってたのに、出る必要すらねえじゃん」


 陽香の言葉に、綾那は「最初からそのつもりだったか」と笑みを零す。この部屋には窓がないものの、しかし屋敷の部屋全てにない訳ではないだろう。どこかちょうどいい部屋を見つけられたら、わざわざ危険を冒す必要は――それどころか、外へ出なくても済む。

 悪魔の癖に純粋なヴェゼルに、それとなく「窓がある部屋はどこですか?」と聞けば簡単に答えてくれそうな気がする。


 そうして綾那が考え込んでいると、陽香が魔法封じの檻の前にしゃがみ込んで、右京へ問いかけた。


「うーたん、元々この家に住んでたんだろ? もしかして、窓がなくても櫓のある方向が分かったりする?」


 ニマニマと笑いながら問う陽香に、右京は首を傾げた。そして、ややあってから「たぶん……そっちかな」と言って指差した方向へ、陽香は「オッケー」と軽く答えて歩き出す。


「オイ、出口はそっちじゃ――」

「いーんだよ。どうしたってクリア不可能なクソゲーには、チート使ったって文句言われんだろ」


 ヴェゼルの言葉を遮って、陽香は綾那をちょいちょいと手招いた。


「ゴリラ、出番だぞ。壁ぶち抜いてくれ」

「――えっ。ま、待って陽香、本気で言ってる? 窓がある部屋を探しに行けばよくない?」

「そんなの、時間が勿体ないだろ。部屋の外に見張りが居ないとも限らんのに……窓がないなら作れば良いじゃない」

「い、いやいやいや。でも、器物損害で訴えられるとか――」

「そんな起こるかどうかも分からん事、憂うだけ無駄だって! 今を楽しむしかねえだろ?」

「楽しむと言われても、別に壁をぶち抜くのは楽しい事ではないというか、なんというか」

「まあ、最悪の場合はお得意ので切り抜けるしかねえわな」


 ――毎度それでなんとかなるなら、苦労しない。


 綾那は苦笑いを浮かべてから、「怪力」のレベル3を発動した。両腕が一瞬光に包まれて、瞬時に純白のガントレットが装着される。綾那は一度息を吐き出してから腕を思い切り振りかぶると、右京が指差した方向の壁を全力で殴りつけた。


(どうか真下に、人が居ませんように――!)


 そんな事を祈りながら殴った壁は、バゴーン!! と凄まじい轟音を立てて、いとも簡単に崩れ落ちた。壁だったものの破片――大量の瓦礫が真下へ落ちて、本当に人が居ない事を祈るばかりである。

 開いたばかりの穴からは、まだ朝の5時過ぎだというのに、既にムワッと熱気の籠る風が吹き込んできた。


「――ちょっ! お、お前ら、何してんだ!? 自棄になったのか? ちゃんとゲームしろよ、準備するの大変だったんだぞ!!」


 子供のように両手を上げて憤慨するヴェゼルを一瞥した陽香は、細めた片目だけで外を見つめた。綾那も「怪力」を解除して、外の景色を見やる。


(本当だ、物見櫓っぽい背の高い建物が見える……かな? ちょっと私の目では、旗まで確認できないけど――)


 遠くに見える櫓らしきものを注視していると、不意に陽香が「アーニャ、読むぞ?」と声を上げたので、綾那は慌てて檻へ駆け寄った。

 さきほどヴェゼルがしたように、見様見真似で鉄格子をツンとつつく。するとホログラムが浮かび上がり、パスワードを入力する画面が表示された。


「陽香、お願い!」

「おー……6、8、3、3、1、9、2、5、7、4、8、9、0――だな!」

「ハ? おま、な、なんで――どうやって!?」


 陽香が述べた通りの番号を入力すれば、颯月と右京が囚われていた鉄格子は、霧のように揺らいで溶けてなくなった。ぽかんと呆けた顔をして陽香を見やる颯月と右京に、彼女は「クソゲー破れたり、だな!!」と言って屈託なく笑った。

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