第75話 DIYのススメ
裏庭に面した日当たりの良いテラスで、子供達とひとつのテーブルを囲む。大皿の上には、腹持ちのよさそうなクッキーとマフィンが並んでいて――これら全て静真と子供達の手作りだというのだから、感心する。
「なあ右京、こっちはチョコ入り! 遠慮せず食えよな!」
「うん、ありがとう幸輝」
幸輝は、よほど『普通』の友人ができた事が嬉しいのか、アレを食えコレを食えと、ずっと右京に構いっぱなしだ。右京も相変わらず、完璧な子供の演技を続けている。勧められたお菓子を笑顔でモグモグと咀嚼するその姿は、傍から見ていると本当に愛らしい美少年である。
それにしても、本日は颯月と右京の親交を深めるという名目で集まったはずなのだが――しかし肝心の颯月は、これから半月ほどアイドクレースを離れる事を静真に報告するため、席を外している。右京が親交を深めているのは、教会の子供達だけだ。
「右京って、変わってんなあ。綾那や陽香みたいに、魔法すら知らないって訳じゃないのに――悪魔憑き見ても、ビビらねえなんて」
楓馬の言葉に、右京はただ黙って笑みを浮かべた。彼自身が悪魔憑きなのだ。例え子供達が魔法を暴発させたとしても、いとも簡単に無力化してしまうだろう。
「うーたん、友達いっぱいできて良かったなあ」
「オネーサンうるさいよ」
「うるさいってなんだ、うるさいって!」
「なあムチ――アヤ、本当に陽香と家族なのか? マジで、ひとつも似てねえよな」
颯月に『ムチムチ』という呼び名まで禁じられたのか、幸輝は突然綾那の事を『アヤ』と呼ぶようになった。新しい呼び方については、彼の敬愛する颯月を真似ているのだろう。
「家族といっても、別に血の繋がりがある訳じゃあなくて……幸輝達と同じだよ。一緒に暮らしているだけ」
「ふーん。陽香は見た目アイドクレース人っぽいから、モテそうだな!」
「おお! 聞いた話じゃあ、どうもこの領では
悪戯っぽく続けた陽香に、幸輝は不思議そうな顔をして首を傾げている。彼は華奢な陽香が好ましいと思っているようだから、綾那の何が良いのか全く分からないのだろう。
しかし事実、陽香は長年太りたいのに太れないという、贅沢なコンプレックスに悩まされているのだ。綾那の隠しギフトが泣き落としだとすれば、陽香はどんな食生活を送ろうとも絶対に太らない――という謎のギフトをもっているに違いない。
いや、そんなギフトは聞いた事がないのだが。
「じゃあ、うーたんは何? うーたんも家族?」
陽香の付けるあだ名がツボに入ったのか、朔は無邪気な笑みを浮かべながら右京に問いかけた。さすがの右京も、
「僕は――」
「うーたんは、あたしのダチだよ。まあ、面倒見のいい弟って感じするけど」
「ダチ?」
右京は驚いたように目を丸めた。陽香の言葉を聞いて、楓馬がおかしそうに笑う。
「はは、なにそれ。陽香、弟に面倒見てもらってんだ?」
「そうだよ。だってあたし、こっちの国のこと何も知らねえんだから。うーたん居なかったら、割と人生詰んでたぜ……これからも世話焼いてもらわなきゃ」
「……どうせお友達になるなら、僕は水色のお姉さんの方が良かったけれど――ひゃめて」
「うわぁ、うーたん頬っぺたモチモチだぁ! よーかちゃん、僕もモチモチして!」
「フッフッフ……よかろう! 我が前に、モチモチの頬っぺたを差し出すがよいわ!」
「陽香って見た目だけは良いけど、中身がおかしいよな」
なんとも言えない複雑な表情で呟いた幸輝。陽香は彼の頭を「おかしいってなんだ! 見た目だけとはなんだ!!」と言って、軽くはたいた。
いつもなら、こういったやりとりをどこか冷めた目で見ている右京も――子供の前だからなのか――今日ばかりは楽しそうに笑っている。
「なあ右京。アヤの方がタイプって事は、他領の出身だろ? どこ? 親は?」
「タイプは語弊があるけど、東のアデュレリアだよ。親は――居ない、弟が一人だけ」
「え! ……ご、ごめん。親が居ないのは悪魔憑きだけだと思ってて、俺――普通の子供でも、そういう事ってあるんだな」
「良いんだ。僕が病気して、一緒に住めなくなっちゃったから」
右京の言う
「それに、うるさいオネーサンのお友達もできて――寂しくないしね」
「う、うーたん! なんだよ、いきなりデレんなよ、お前! まるでナギみてえだな、この、可愛いヤツめ~!」
ぎゅうぎゅうと右京を抱き締める陽香に、彼はどこまでも冷静な声色で「硬い、痛い、やめて」と迷惑そうに眉を顰めている。確かに右京からは、四重奏のツンデレ担当――渚に通じるものを感じる。
「おや、楽しそうですね。右京君が遊んでくれて本当によかったな、お前達」
おやつをつまみながら子供達とはしゃいでいると、静真と颯月が戻って来た。静真の問いかけに、子供達は揃って頷いている。
(どうして同じ悪魔憑きなのに、わざわざ素性を隠すんだろうと不思議に思っていたけれど――)
悪魔憑きはマナを無限に吸収し続ける器をもつせいで、底なしの魔力を溜め込んでしまう。普通の人間から見れば手も足も出せない――それこそ、彼らの怒りを買えば一方的に蹂躙されてしまうような、恐ろしい存在らしい。
しかも、そうした性質を恐れられるだけでなく、『異形』の姿も相まって普通の人間のコミュニティから弾かれてしまう。それでも、颯月のように特殊なケースを除けば、
彼らは自分を呪った眷属を祓いさえすれば、やがて普通の人間に戻るのだから。
――今まで散々、悪魔憑きと後ろ指を差して、遠巻きに眺めるだけだった人間の輪の中に。
(でもその時、普通の人との接し方が分からなくなっているようじゃあ困るものね。人との交流に、不必要に怯えるなっていう――慣らし訓練みたいなものなのかな?)
今でこそ綾那に懐いた教会の子供達も、初めは警戒心を露にしていた。陽香だってあっという間に打ち解けたものの、やはり出会い頭は慎重過ぎるほどに様子を窺っていた。それだけ臆病になってしまうだけの
颯月が右京の演技を諫めない辺り、この子供のフリは決して悪意のある行動ではないのだろう。それに何より、子供達は右京との交流を大変楽しんでいるのだ。その喜びに水を差すなど、綾那にできるはずもない。
「陽香さんも、ありがとうございます。さすが綾那さんのご友人ですね、悪魔憑き相手でも全く物怖じせずに」
「悪魔憑きなんて言われても、よく分かんないからなぁ。金髪赤目で、個性的って事は分かったけど。見た目が理由でのけ者にされるなんて、難儀ッスよねえ~あたしらも覚えがあるけど」
笑顔で頷く陽香だったが、しかし途端に思案顔になると目を伏せた。
「――アリスのヤツ、リアルに生きてると思うか?」
「縁起でもない事を言わないで……」
「創造神にも気配を辿れないっていう、家族の事か?」
椅子に腰かけながら颯月が問いかければ、静真が「創造神?」と言って首を傾げる。颯月は「最近、色々あってな」と濁すと、綾那と陽香に続きを促すように目線を投げた。
「そもそも、辿れない理由をシアがちゃんと説明してくれなかったから、なんとも言えねえけど。ただ、悪魔憑きは絶対に金髪なんだろ? ……金髪なんだよなあ、アイツ」
「女――だよな」
「そうだけど」
「それはなかなか、複雑な事態に巻き込まれていそうだ。眷属は男女問わず呪うが――悪魔憑きとして生き残るのは、何故か男だけだからな。女は呪いに耐えきれずに死ぬ」
「えっ、どうしてですか?」
「詳しい理由は分からんが、文献にもそう記されている。悪魔の存在が初めて確認された三百年前から変わらず、そういうものらしいぞ」
颯月の言葉に――神父という職業柄――悪魔憑きについて詳しいであろう静真も頷いた。一体どういう仕組みなのかは分からないが、女性では耐えきれないからこそ、颯月の呪いを半分受け持った輝夜は亡くなってしまったのだろう。
「つまりアリス、ここじゃあ男だと思われるって事か? まあ顔はともかくとして、どちゃくそ貧乳だからな、アイツ」
「それ、オネーサンが言うんだ――」
「うーたん、頬っぺた出そうか?」
右京がそれ以上続ける前に陽香が頬を引っ張り上げれば、彼は「ひゃめて」と言って眉根を寄せた。
(本当に、複雑……運よく親切な人に出会えたとしても、悪魔憑きと勘違いされるし――挙句の果てには性別まで疑われるの?)
四重奏のメンバー、アリス。彼女は金髪碧眼の女性だ。つまり、瞳の色こそ赤ではないが――しかし、あの見事な金髪はリベリアスで相当に目立つだろう。
黒髪のウィッグが入った鞄ごと転移した綾那とは違って、彼女は身一つで「奈落の底」に落とされている。変装もできないはずだ。
「さすがに、男と決めつけはしないだろうが……過去に前例のない、女の悪魔憑きとして保護――いや、そうか。性転換できるタイプの眷属に呪われた、
「え、何それ? めちゃくちゃ面白い目で見られてるかもじゃん、アリス。「
やけに真剣な表情で考察し始めた陽香を、綾那は「面白がっている場合じゃないと思うけどね」と言って苦笑を浮かべる。
しかし、アリスがそれだけ珍しい存在ならば、どこかで大きな噂になっていてもおかしくない。アデュレリア領まで旅する道すがら、途中の街へ立ち寄り彼女の手がかりを探せば、もしかすると――。
頼みのルシフェリアが感知できないと匙を投げたのだから、アリスを探し出すには自らの足を使うしかない。綾那は、本部に戻ったら改めて颯月に相談してみようと決めた。
「まあ、分からねえ事を考えても仕方がねえってな。そういえばズーマさん、入り口の壊れた石畳片付けてたけどさ、アレどうすんの? 新しいの敷くなら、手伝っていこうか?」
「え? ああ……いえ、どれも割れたり欠けたりしていて、危ないですから。もういっそ、全て外してしまおうかと思っていて」
「そうなのか、でも勿体なくね? ヒビ埋めるだけで良いなら、モルタル――そもそもこっちにセメントってあんのか? 石灰石や砂を魔法で焼けば、なんちゃってクリンカー(※鉱物などが焼き固まったもの、セメントの原料になる)も作れそうだけど……どうせ捨てる予定だったなら失敗するのもアリだし、ちびっ子達と一緒にやると楽しいんじゃねえかな。あくまでも『なんちゃって』だから、上手く固まるかどうか微妙だけどさ」
「ははあ、自分達の手で石畳の修復を――なるほど、その考えはなかったですね。わざわざ業者を呼ぶと、
静真は感心したように息を吐くと、試しに街で材料を集めてみようと席を立つ。
「よーかちゃん、大工さんなの?」
「いいや、陽香お姉さんはスタチューバーだ」
「……すたちゅー?」
「色んな事に挑戦して、毎日面白おかしく生活して、その様子を皆に伝え広めて、崇め奉られるっていう――本当に大変な仕事なんだぞ。誰にでもできる事じゃあない」
キリッとした表情の陽香に、子供達は「大変……?」と首を傾げた。
「ついこの間、動画でDIYしたじゃん。もう比率曖昧だけど、なんとなく、こう……勘でモルタル作れると思うわ。力仕事は全部メスゴリラに任せりゃ良いし」
「メスゴリラはやめようか」
「ディーアイワイって何~?」
「ふふん、先生が教えてやろう。「ドンドコ」「一気に」「やっちゃいますか!」の略だ」
「たぶん、ドゥイットユアセルフの略だと思いますよ、先生」
「よく分かんねえけど、面白そう!」
静真は自身が街へ出る間、はしゃぐ子供達の子守を頼みたいと言ってきた。しかし陽香は王都の店に興味津々だ。どうせなら己の目で材料を見たいと言って聞かない。
そうして結局、陽香と――アイドクレースで異様にモテてしまう彼女の安全を危惧したらしい――右京も一緒に街へ出る事になった。彼らが戻ってくるまでの間、子守をするのは綾那と颯月の役目だ。
「朔、今の内に昼寝しておいた方が良いんじゃねえのか? いざ作業するって時に、アンタだけ寝ちまうのは嫌だろう」
「えぇ~? 僕まだ眠くないから平気だよぉ。寝たくない~」
「良いからほら、来い」
ぷくーっと頬を膨らませる朔に、颯月は両手を伸ばした。まだ寝たくないとごねていた朔だったが、やはり人に甘えるのが好きなのだろうか。彼は途端にはにかむように笑うと、てててと颯月の元に駆け寄った。
颯月は椅子に座ったまま朔の体を軽々抱き上げて、その小さな背をぽんぽんと規則正しいリズムで叩いている。朔は眠くないと主張していたが、やはりこの時間帯に昼寝する事が癖づいているのだろう。颯月に抱かれてすぐ静かになったかと思えば、やがてスースーと小さな寝息を立て始めた。
(神かな……? どうしてこんなに子供に優しいの? 素敵、好き――!)
颯月と朔のやりとりをひとしきり眺めた後、綾那はテーブルの上に両肘をついて、手の平で顔を覆った。彼は確かに美形だが、和巳のように柔和な顔立ちではない。どちらかと言えば
たっぷりと身悶えた後に綾那が顔を上げれば、颯月は朔の背中を叩きながら、静真と幸輝に「宿題があるんだろう、今の内にやっちまえ」と言って笑っている。その様は面倒見のいい兄のようにも、口うるさい父のようにも見えた。
(もし一生悪魔憑きじゃなかったら、子供がつくれる体だったら――絶対に、子煩悩な父親になったんだろうな)
憐れむ事も同情する事も、綾那がすべき事ではないと思う。しかし颯月には、どうか幸せになって欲しいと思わずにはいられない。この世に神が居るならば、どうして颯月一人にこんな試練を課すのか――と考えて、ふと思い至る。
(この世界の神様って、ルシフェリアさんだよね。今度会ったら、どうにかできないのか――ダメ元で聞いてみよう)
もし仮に、ルシフェリアの力を取り戻せば解決できる事だと言われれば――きっと綾那は、今後一切迷う事なく眷属の討伐に乗り出してしまうだろう。決してそんな簡単な話ではないだろうが、綾那はほんの少しでも、颯月の肩の荷を下ろす手伝いができれば良いと思った。
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