第47話 企画説明

「概要は以上です――いかがでしょうか?」


 最早お馴染みとなった、騎士団本部の応接室。集められた面々は団長の颯月、副長の竜禅、軍師の幸成、参謀の和巳――そして、最近綾那の護衛を務める事になった旭だ。

 綾那が教会の子供達の話から着想を得た企画を説明すれば、幸成は「へえ」と声を上げた。


「そんなのが本当に新規入団者獲得に繋がんの? 俺らが魔物の肉を食べる様子を見せるだけで……?」

「厳密に言うと、これ一本では結果に直結しないと思います。ただ、長い目で見れば……ゆくゆくは、騎士のイメージアップに繋がるのではないかと。皆さんにはお忙しい中、何度か撮影にご協力頂く事になると思いますが――」

「私は、颯月様が同意しているのならば異論ありませんよ」


 竜禅がいつも通り抑揚の少ない声色で言う。すると颯月は、どこか難しい顔で腕組みをした。


「いや、確かに面白そうだとは思ったが――俺は正直、ソレが騎士団にとってどう作用するのか、全く予想できてないぞ」

「しかし、綾那殿に否やはないのでしょう?」

「そりゃあ……綾の言う事だから信頼しているし、願いはできるだけ叶えてやりたい」

「ぅぐっ、優しい、好き――!」


 両手で顔を覆った綾那が独り言にしては大きな声量で呟けば、颯月は「ああ、知ってるよ」と満足げに答えた。そんな二人の様子に、幸成は「また茶番が始まった」と半目でため息を吐いている。

 黙って綾那の企画に耳を傾けていた和巳は、「面白そうな試みだと思います」と口を開くと、そのまま話を続けた。


「一般人ウケしそうな、身近な魔物の肉……討伐や撮影のための手間を考えれば、出来るだけ近場の草原で済ませたいですね。例えば――アルミラージはいかがでしょうか」


 初めて聞く固有名詞に、綾那は「あるみらーじ?」と首を傾げた。それは一体どんな魔物だろうかと思っていると、すかさず颯月が説明してくれる。


「角の生えた大きな黒兎だ。例え肉を売りに出せなくても、黒色の毛皮は服飾屋が好んで買い取るし――金色の角も装飾品として人気が高い。小遣い稼ぎにはちょうどいい魔物だな」

「なるほど、兎さんですか……私、兎肉は食べた事がありません。確か、触感や味が鶏肉に似ていると聞いた事がありますけれど」

「ああ、確かに鶏肉っぽいかも知れません。見た目もそう奇抜なものではありませんから、皆も口にしやすいと思いますよ――いくら、食堂に卸す頃には酷い風味になっているとしてもね」


 和巳の提案を受けて、魔物についての知識が一切ない綾那は、「へえ」と相槌を打った。

 確かに、魔物の見た目がゲテモノでは人々の食指も動きづらいだろう。それに、どうせなら『見た目は普通なのにクソまずい肉』の方がもっと面白い。

 上機嫌で笑う綾那の背後で、旭が口を開いた。


「しかし、その動画とやら――演者は誰が? 綾那様は映ってはいけないのですよね」

「え? ひとまず「アイドクレース騎士団の宣伝動画」が世間に浸透するまでは、ここに居る皆さんに頼もうかなと……あ、私と一緒に動いてくれるなら、旭さんにも出てもらいたいかな」

「じっ、自分もですか!? その、そもそも経験した事がないのでなんとも言えませんが、恐らく自分は不向きですよ!」


 目を剥いて顔の前で両手をぶんぶんと振る旭に、綾那は「確かに根が真面目だと、慣れるまでしんどいかも知れないな」と考える。しかし真面目な人間の方が、やってみれば意外とハマリ役だったりするのだが――人には向き不向きがあるため、無理強いをするのはよくないだろう。


 綾那はふむ、と思案顔になった。そうして考え込んでいると、次は幸成が声を上げる。


「あーでも、まずどんな事をすれば良いのか綾ちゃんのお手本が見たいかも。こういうので生計立ててたって事は、この手のプロなんでしょ?」

「プロと言われると、なんだか恐縮ですが……お手本……家族と一緒に撮ったもので良ければ――」


 綾那は「私室にカメラがあるので、取ってきましょうか」と言いかけて、ぴたりと口を噤んだ。何故ならば、メンバーが映る動画を見たら最後、郷愁に駆られて号泣する恐れがあったからだ。

 綾那はこほんと一度咳払いをすると、気を取り直して口を開く。


「いえ、折角ですから実演しましょうか。例えば……皆さん、颯月さんの所へ集まってもらえますか? そちらがカメラの定位置だと仮定しましょう。うーん……このお茶請けを紹介する動画、という設定で」


 綾那は言いながら、目元を隠すマスクを外した。

 今この場には見知った顔しか居ない。それにもし誰か訪ねて来たとしても、まず間違いなくノックと入室の伺いがあるから、多少は平気だろう。さすがに顔を隠したままでは、演者として全力を出し切れない上に大した参考にもならないと思っての判断だ。


 カメラ――上座の颯月を正面に見据えて、綾那はお茶請けを手に真逆の下座へ移動した。会議机が長いため彼らと距離ができてしまうが、まあ、あまり近すぎてもやり辛いので良いだろう。


(こういうの、もうひと月以上やってないからちょっと緊張する)


 ほんのひと月前には、ほぼ毎日動画の撮影をしていたのに――人生とは本当に何が起こるか分からないものである。

 綾那は瞼を閉じて深呼吸をした後、ぱちりと瞳を開いてスイッチを切り替える。そうして、カメラに向かって飛び切りの笑顔を浮かべた。


「――はい、皆さんこんにちは! 綾那です」


 声は普段よりもワントーン以上明るく、大きく聞き取りやすい明瞭な話し方で、カメラ目線を忘れずに。微笑みをたたえたままこてんとあざとく小首を傾げれば、騎士達が僅かに目を瞠るのが見えた。

 綾那の――いや、『四重奏』の本気はこんなものではない。見る者全て引き込んでみせるという気持ちで、スタチューバーとしての綾那を演じ続ける。


「今日ご紹介するのは~~……ジャジャーン! こちら、王都アイドクレースにあります有名洋菓子店、『パティシエール・プリムス』さんのカステラです! 一口サイズで個包装されているから、お茶請けにもピッタリ!」


 手に取った菓子の包装紙に書かれた情報を読み上げ終わると、綾那はふにゃりと笑う。

 スタチューバーというのは、何か特別な事を話す訳ではない。もちろん中には専門的な知識、用語や、特別な技術があるからこそ光り輝く人物も居るが―――しかし、少なくとも四重奏はそういうグループではなかった。

 当たり前の事を全員で楽しんで動画にする、ただそれだけである。


 だからこそ――というとなんだが、とにかく見た目と愛嬌はピカイチであると評されていた。普段眠たそうなジト目でやる気の欠片も感じられない渚でさえ、動画撮影の時だけは瞳が煌めいてよく笑った。

 何せ、ただでさえ容姿端麗な神子なのだ。そこに加えて愛想が良いとなれば、正に鬼に金棒である。運も実力の内とはよく言ったもので、こればかりは神子として生まれた事を深く感謝しなければいけない。


「『プリムス』は異国の言葉で、「第一」とか「首位の」とかって意味があるみたいです? 街一番のお菓子屋さんって意味かなあ、素敵な名前。これは味に期待大ですよ~早速、実食と行きましょうか!」


 ちなみに、店名の由来にまつわる豆知識の情報源は桃華である。言いながらいそいそと包装紙を剥がしていく綾那を、騎士達は黙ってじっと眺めている。

 ロールプレイでここまで徹底して彼らのことを『カメラ』、『居ない者』として扱えるのだから、確かに綾那は幸成の言う通りプロなのだろう。包装紙を剥がし終わった綾那は、に向かって角度を変えながらカステラを見せる。


「中身はこんな感じですね、はい、ではいただきま~す」


 一口カステラとはいえ、全てを口にすると即座にコメントができなくなってしまう。綾那は半量だけ齧ると、何度か咀嚼してこくりと飲み下した。そして、まるで蕾がほころぶように笑って見せる。


「ん~ザラメもたっぷり付いていて、本当に美味しい! これならいくらでも食べられそう」


 言いながら綾那は、唇についたザラメを舌でぺろりと舐めとった。あまり露骨にすると下品に見えてしまうため、ほんの少し舌を覗かせる程度に収めるのが『お色気担当大臣』のポイントである。

 一旦残りのカステラを包装紙の上に置くと、空いた手でティーカップを持ち上げ、一口飲んではにかんだ。


「だけどやっぱり、口の中の水分が全部持ってかれちゃう。いっぱい食べるならお茶はかかせないかな? ザラメの甘みが苦手な方は、ブラックコーヒーと合わせると良いかもですよ!」


 カップを机に置いて残りのカステラも口に放り込み、飲み下す。そして両手をぱちんと合わせた綾那は、「ご馳走様でした」と言ってにっこり笑った。


「以上、綾那の「パティシエール・プリムスさんのカステラを食べてみた」でした~! では、また別の動画でお会いしましょう、さようなら~!」


 綾那がふりふりと両手を振れば、おもむろに竜禅が片手を振り返したのが見えた。意外な反応に、綾那は思わず作り笑顔ではなく、素の笑みを零してしまう。

 彼は厳粛に見えて独特なマイペースをもっているから、案外ノリが良いのかも知れない。演者としても良いキャラクターになりそうだ。


 続けて彼女は「――はい!」とやや大きな声を出すと、椅子から立ち上がった。


「分かりやすくと思って、ちょっと大げさにやって見せましたけど……イメージとしてはこんな感じです。私は家族四人で、もっと大はしゃぎしながら撮影していましたが――いかがでしたか?」


 綾那の問いかけに、ぽかんと口を開いて眺めていた幸成はハッと我に返ると、大きく頷いた。


「うん、分かった。俺、無理だわ……」

「えっ!? 幸成くん、一番向いてそうなんだけどな……!? あ、旭さんは?」

「じ、自分も無理ですってば!?」


 どこか遠い目をして「とても真似できそうにない」と呟く幸成、そして何度も頷く旭を見て、綾那はショックを受ける。

 幸成は明るく、人懐っこい笑顔が素敵で、十代という若さも相まって華がある。動画の進行上『賑やかし担当』とでもいうのか、グループで動画を撮影するならば彼のような存在は必要不可欠だ。


(あ、でも――)


 綾那はふと思い返す。和巳曰く幸成は「ああ見えて厳格」らしいし、しかも彼は継承権を返上しているとは言え、現役の王族である。私的な部分は別として、騎士団の宣伝動画という公的な場でおちゃらけるのは難しいのかも知れない。

 そう言えば、桃華が誘拐された時の状況証拠集めになれば――と、カメラを向けて現時刻を告げるようお願いした時だってそうだ。彼は初め顔を逸らして、撮られる事を極度に嫌がっていた気がする。


(もしかすると幸成くん、陽キャに見えてとんでもなくシャイ――?)


 これは綾那にとって、想定外の事態である。四重奏で言う陽香のような、明るい進行役。動画内の潤滑油――賑やかしなどを彼に任せようと思っていたのだが、いきなりアテが外れてしまった。

 同年代の旭も嫌がっているし、次に若い颯月はキャラ的にそういうタイプではない。和巳も違うし、竜禅だって意外にノリが良いとは言え、彼の見た目からイメージする印象にはそぐわない。


 綾那としては正直、宇宙一格好いい颯月が出演する時点で勝ちが確定しているのだが――やはり『明るく楽しい騎士団』を演出するためには、幸成にも協力を願いたい。

 綾那が見せた手本みたく大袈裟なキャラを演じずとも、普段の――素の幸成がそのまま撮影できれば、十分に通用すると思うのだが。


 うーんと眉尻を下げる綾那を見て、颯月が口を開いた。


「何も、最初から綾と同じレベルを目指す必要はねえだろう、プロだからこその演技力だぞアレは。成、アンタは普段通りにしていればそれで良い」

「いや、なんて無理だろ、撮ってんだからさあ……」


 ガリガリと頭を掻く幸成に、颯月は「じゃあ、撮られる事に慣れるまで、カメラなんざ見なきゃ良いじゃねえか」と続けた。その言葉に、綾那はぽんと手を打つ。


「それ、良いですね! カメラに向かって呼びかける動画じゃなくて――えっと、騎士の日常ドキュメンタリー……記録映像っぽく撮ってみる、とか? 解説付きで!」

「……記録?」


 首を傾げる幸成に、綾那は笑顔で頷いた。


「はい。普段騎士がどうやって魔物を討伐するのか――どう捌いて、どう食べているのか。カメラを意識せずに済むよう、離れたところから全体の様子を撮影させてもらえればと思います。そうすれば気取らない騎士の日常が知られて、見る側からしても面白いかなって」


 綾那が「颯月さんの言う通り、普段通りの幸成くんが十分魅力的ですからね」と続ければ、幸成はぐうと呻いて眉根を寄せる。


「旭、それならアンタも出られるな」

「えぇっ!? い、いや――!」

「――なんだ、団長命令が必要か?」


 僅かに左目を眇めた颯月の問いかけに、旭はぐっと言葉を飲み込んだ。その横では幸成がげんなりした様子で「職権乱用してんじゃねえ」と呟いている。


「禅?」

「異論ありませんよ」

「和はどうだ」

「そうですね……正直、綾那さんのようにはいかないでしょうが、騎士団初の試みです。やってみる価値は十分にあると思いますよ」

「決まりだな――成、訓練の日程を調整しておけよ。二、三日中には撮るからな」


 有無を言わせぬ颯月に、幸成は深く長いため息で返事した。更には「承知いたしました、そーげつ騎士団長サマー」と、大変不貞腐れた様子で答えてそっぽを向いた。


「他でもないの頼みだぞ? 協力すれば桃華も喜ぶだろうが」

「グッ……ここで桃華の名前を出すなよ――」


 項垂れながら自分が元座っていた席に戻る幸成。和巳もまた席へつきながら、感心した様子で綾那を見やった。


「しかし、先ほどの綾那さんはまるで人が変わったようでしたね。普段のあなたも十分、人目を惹きますが……笑顔や仕草でもっと深みへ引きずり込まれると言うか、なんと表現すべきでしょうね? 夢中になる、とでも言うのか」

「え、本当ですか? 嬉しいなあ」

「だからこそ本当に惜しいですよ。あなたを広告塔にできていたなら、如実にょじつに効果が現れていたでしょうに」


 そう言ってもらえれば、スタチューバー冥利に尽きるというものだ。綾那は照れくさくなってはにかみながら、マスクを付け直すため手に取った。しかし、それと同時に颯月から「綾」と呼びかけられて首を傾げる。


「前々から言おうと思っていたんだが、応接室ではソレ外してろ。邪魔だ。どうせこの場に居るヤツには顔見られてんだから良いだろ? わざわざ個室に囲わんと顔すら見えねえなんて、不便にも程があるがな」

「ええ。確かに、先ほどの笑顔のダメ押しには色々とこみ上げるモノがありました。彼女の身の安全が保障される場所では、積極的に外していきましょうか」


 そう言って頷く竜禅は、恐らく綾那に前の主人――輝夜かぐやを重ねたのだろう。暗に「顔が見たい」と乞われて、綾那は何やら変な気分になる。おずおずとマスクを机の上に置くと、「はい」と小さく頷いた。

 満足げな笑みを浮かべた颯月は、腕を組んでから応接室の面々を一瞥した。


「アルミラージ討伐は二、三日中に行う。成の日程調整が終わり次第だ、良いな?」

「……はいはーい、頑張りマース」


 幸成が気の抜けた返事をすれば、颯月は鷹揚に頷いた。


「撮影は、綾に任せても?」

「はい、お任せください! ……あ、でも、当日までにこちらのカメラの使い方を教えて頂けると助かります、私の場合は魔石も要りますよね?」

「そうだな、手が空いたら試し撮りするか。で、他の役割分担はどうする? 解説とやらは誰が適任だ? 綾の考えを聞かせてくれ」


 颯月の言葉に、綾那はふむと思案する。綾那はカメラマン。撮るのは騎士の記録――ドキュメンタリー映像だ。

 実際に騎士が働く様子どころか、この世界の事すらまともに知らない綾那がカメラマンだからこそ、撮影中は数々の疑問が浮かんでくるだろう。解説付きでと提案したのは、綾那の疑問一つ一つに答えてくれる者が横に居てくれれば、まるで実況動画みたいで面白そうだと思ったからだ。


 適任な人間を考えるが、綾那の中で解説――もとい実況役というのは二パターンある。

 ひとつは冷静沈着なタイプ。落ち着いて実況するから言葉が分かりやすく、状況も伝わりやすいので比較的万人ウケするタイプだ。ただ、冷静すぎるせいで演者の感情が視聴者に伝わりづらく、イマイチ盛り上がりに欠ける側面もある。


 もうひとつは感情表現が豊かなタイプ。これは正直、見る人を選ぶ実況方法だ。とにかく演者の感情がダイレクトに伝わって動画的に盛り上がるが、逆にダダ滑りする可能性もある――演者のポテンシャルに左右される、諸刃の剣だ。

 盛り上がり過ぎると言葉を聞き取りづらくなる場合もあって、果たして状況が正しく伝えられるかと言えば微妙である。


(今回は騎士の日常を伝える動画だから――冷静沈着なのが良いかな。まずは手堅く、視聴者の反応を探っていきたいところだよね)


 であれば、選択肢は竜禅か和巳の二択だ。

 物腰柔らかく丁寧に状況を説明してくれる和巳か、それとも感情は読み取りづらいが、分かりやすく端的に解説してくれる竜禅か。真面目な旭もアリと言えばアリなのだが、彼には瑞々しい若さがあるので、ぜひとも演者に専念してもらいたい。


 綾那はやや俯いて考え込んでから、ぱっと顔を上げる。


「今回は、竜禅さんが適任だと思います」


 明るく楽しい騎士団を演出するつもりとはいえ、実際に騎士になればそれだけではやっていけない。竜禅の話し方にはいかにも騎士らしい硬質さがあるので、動画が締まって良いのだ。

 それに、人間決して見た目が全てではないが――初めの内は、露骨なくらい分かりやすい方が良いだろう。

 新規入団者として男性を集めたいので、ターゲットはあくまでも男性だ。しかしどうせなら、ついでに女性も虜にしてしまいたい。女性が騎士を見てキャーキャー騒いでいれば、それを見た男性が「俺も騎士になって、キャーキャー言われたい」と思ってくれる可能性がある。


 宇宙一格好いい颯月に、中性的な美貌をもつ和巳。できればこの二人には、動画のメインキャストとして長時間映り続けてもらいたい。遠くから騎士のドキュメンタリー映像を撮るカメラマンの隣に立っていては、どうしても映る機会が減ってしまうのだ。


 つまり、綾那と同じくマスクで顔を隠した竜禅が、裏方として色んな意味で適任に思える。意外とノリがよくマイペースなのは分かっているので、何か綾那の思いもよらない言動をしてくれる可能性もある。彼と並んで仕事するのは、とても楽しそうだ。


「分かった。禅、綾のサポートを頼めるか」

「承知いたしました」

「撮影するにあたって必要なものがあれば都度言ってくれ、出来る限り用意する」

「はい、ありがとうございます颯月さん」


 綾那が笑顔で礼を言えば、颯月もまた目元を緩ませる。

 久々の動画づくりで、否応なしにテンションが上がる。しかも、街の外に出るのは初日に森へ落とされて以来初めてなので、本当に楽しみだ。

 綾那にとって「奈落の底」とは、まだまだ未知の世界である。アルミラージという魔物の生態はどんなものか。討伐方法とは。そして噂の魔物肉の味わいは? 当日は一体何が起きるのだろうかと想像すると、わくわくしてくる。


(やっぱり私、スタチューバーなんだな)


 自分の好きな事を再認識した綾那は、きたる撮影日に思いを馳せた。

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